第69話 我らの儀①
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ああ、あにぃ。狼と偽り、龍の目を持つただひとりの裏八王の後継者。
何代何十代、この時を待っていただろうか。私たち、天孫たちはずっとずっとこの時を待ち焦がれていたのだ。ちぃ姫のいる狭間から出てこれたのだから、もういいだろうか。
私が『砂羽』だときちんと名乗っても。
直也様に連れられ、あちらも廊下からこちらを見下ろしてくださっている。
であれば、きちんとした『儀』は執り行わなければならない。直也様も気づいたのか、少しふらついていた私の身体を支えてくださった。
「我、中津の姫として……裏の八王第三代を引き受けます」
「……では、それを赦そうか」
「……赦していただけますか?」
これは形式的な儀ではあれど、言霊を必要とする正式な『呪法』と変わりない。私たちがお互いを赦し合わなければ、この先も何代かけて同じ呪法が繰り返されてしまう。それを防ぐのは、本来ちぃ姫の『咲夜』の役目ではあったが。これ以上あの子に負担をかけさせたくない。
種の交配。
つまりは、近親結婚のやり過ぎを皇室の人間たちでやり過ぎたのだ。真似をして、軍もほかも。その膿が穢れとなり、呪箱を作る『表の八王』として沙霧らのような審神者の犠牲者が多く出た。
だからこそ、この儀はきちんと執り行わなければならないのだ。言霊は、口から出た吐息に霊力や神力が加わって呪が発動するのとまったく同じなのだから。
「……赦そう。我が妹よ」
狼王と仇名のある、あにぃの言霊が降り注ぐと……私の肉体が作り替わるのか、直也様に支えていただかないと嫌な音を立ててしまうだけ。
嗚咽のような濁声も出てしまうが、直也様は気にせずに抱えてくださる。このたしかなぬくもりがなければ、私は耐えられなかっただろう。ずっと、鵺の道の狭間にある穢れの中で『魂の核
』を維持していただけの亡霊だったのだから。
咲夜がようやく、鵺の道を通らなければ『砂羽』もこちらに帰ってこなかったもの。
だから、この痛みはまやかしでもなんでもない。きちんとした現実の痛み。髪が伸びる感覚もあったが、きちんと痛みを逃がしながらも身体をよじる。それがどれくらい続いたか、感覚としては一時間も経っていないはず。
痛みが過ぎ去り、荒い息を整えていると目の前にあにぃが居て……乱れた髪を優しく梳いてくれていた。
「…………あ、にぃ」
「酷な儀式だが。もう百二十年も差を空けるのはやめておこう。ちぃにも酷でしかない」
「……そ、ね」
「くまこ……じゃなくて、兄者。これで、一端終わりなのか?」
「中津の部分としてはね。現世側は相変わらず酷いらしいが、それはそれだ。土地の生まれ変わりには我々は必要以上に関われん。龍の末裔くらいしか、俺には権限がないからな?」
「……カミさんは?? あれ??」
「ん? さっきから向こうにいるが?」
「は!?」
直也様は白蓮のあねぇに全然気づいていなかったので、あれはただの式神かと思ったのだろう。あにぃの霊力を剥がしたあねぇの魅力は他を多く引き寄せてしまうので、私が必要以上に身体を作り替えないと直也様が他所を見そうだもの。
だから、ぎゅっと抱き着いてこっちを見てとこぼせば……耳が赤くなるくらい効果はあったみたいね?
「さて、狭間のちぃはしばらくゆっくりさせておこう。こちらはこちらで、土地の分配から始めなければ」
「……あにぃ。向こうのあねぇたちは?」
「都波の土地で、多分儀をしているはずさ」
「……邪魔しちゃ、ダメね」
それこそ、天地の子孫らの交わる儀式ですもの?
次回は火曜日〜




