第68話 裏八王の長に
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まだ信じられない事態も状況も多々あるけれども……だが。
俺が仇名の『狼王』とかではなく、羽生霧也という真名を名乗っていい日が本当に来るとは思わないでいた。多くの種を預かり、一粒飲み込んでは生きながらえる呪物扱いされていただけなのが。
実は、皇室の末席ともいえる『裏八王家』の宗主に任命されるだなんて、夢みたいだ。直也のように警護を担う『剣』となってきた子らはここ数百年見てきたが……まさか、それらはすべて『まやかし』扱いだっただなんて。
つまり、俺の警護にいた『剣』そのものは直也ただひとり。天孫の中でも中つ姫を迎える裏八王の継子のひとり。文字通りの剣を司る八王の長へと就任出来る男だ。ほかは俺が月兎のために隻眼にしていた霊力が視せていた『まやかし』。穢れそのものと言っていいかもしれない。
それはほかにも、天津姫や月詠の姫らも同じく。
さらには、審神者としての側仕えにしていた『呪箱』そのものだった沙霧や朱音も同じだったとは。やはり、神々本家には末席の俺などが適うはずもない。それは男側が誰も同じことを思っているだろう。
沙霧はずいぶんと骨格が変化したが、俺の羽織でぎりぎり隠せるかどうかまで成長してしまっていた。
「大丈夫か? 沙霧」
「……ろ、お……さま」
「難しいか。湯殿へ行こうか。朱音も運んであげよう」
「け、ど……よご」
「こらこら。親の言うことはちゃんと聞きな。実際の親じゃないけれど、縁戚のままだから親代わりの言うことは聞くこと」
「お……や?」
「ああ。月兎……いや、白蓮は俺の妻だからな」
「……はい」
俺の霊力が剥がれ、出会ったときのようにしおらしくなってしまっているが。白蓮の本来の性格は控えめで愛らしいからな? 今日出来るかわからずとも、褥で存分に可愛がるつもりではいる。ともあれ、それは他の裏八王らも同じだから、まずは親らしく床の準備くらい『普通』に整えさせてやらねば。朱音も随分と成長したが、まだ体液がそれなりにあふれた以外は布団が汚れていなかった。
「ふむ。女性が最初というからな。沙霧、少し歩けるか? いきなり、お前が朱音を持ち上げるのはしんどかろう。湯殿までは俺が運ぶ」
「あ……はい」
「白蓮は少し動けそうだったら、式神を使って各部屋を整えてくれないか?」
「お任せください」
「では……む、やはり白蓮より小さいから軽い」
年齢的にも十代終わりの肉体にしては細身な分、軽過ぎた。これでは食事を豪勢にして食べさせねばあとあとの肉付きにも問題が出てしまうだろう。沙霧は関節の痛みに耐えながらも起き上がり、俺のあとについてこれそうではあった。
「……狼王様。まだ真名で呼ばぬ方がいいでしょうか?」
「嫌な仇名だとは思っていたが、俺の真名を知って利用価値を見出す連中もいるだろう。しばらくはやめてくれ」
「……直也はあれですが」
「あれはいい。とはいえ、実質兄弟か息子とは……感覚の差を詰めたせいで違和感がない」
「親しみやすさを出したのは、狼王様でしょうに」
「はは。それはそうだった」
湯殿とは距離がそこまでなく、湯舟に沙霧が入ってから朱音を渡してやったが。いきなりの温かさに驚いたのかすぐに目を覚ました。
「へ? あ、え?? 誰ですか!? あれ、なんか声低い??」
「僕だよ、朱音。沙霧だ」
「こっちは狼王だが。……ふむ、なかなかに愛らしくなったな。朱音」
「ろ、お……?? 沙霧ぃ?? そんなにも大きく??」
「君もね」
「お前もな」
「はいぃい!?」
二人の邪魔をするわけにはいかんので早々に退散し、白蓮のところへと戻れば。廊下に出ていたのか、泉の奥を見るようにして立っていた。
「霧也様。……道が」
「ん?」
鵺の道が光るような光景が泉に置き、そこから直也がひとりの女性を抱えて出てきたのだった。年齢相応に似合いなことから、彼女が本来の都波の巫女姫だった『砂羽』なのだろう。水鏡で見たちぃ姫の面影を少し残していた気がした。
次回は土曜日〜




