第66話 審神者の鍵明け
★ ☆ ★
とろとろ、とろとろ。
朱音の上に倒れて、どれくらいが経ったのだろうか。時間も感覚も鈍っていてわからない。
『審神者の役目』は、裏八王の長が就任するまでの傍仕え。
器そのものを媒介に、外見を幼く維持し続け……数百年も、長の妻に傍仕えする審神者と主を交換してきた。僕は、その中の最後。
都波家で、八王の家の中では『贄箱』という役割で使い物にならないからと、生霊の依り代にされて穢れを多く受けてきた身。当時の姉であった『癒しの巫女姫』からすれば最低最悪の呪物扱いの弟だったのに。
あの人は、覚えてくれてたんだ。
意識がとろとろしているけれど、感覚としてはまだ『沙霧』の意識をぎりぎり保てている。呪物が完成した僕はあの古井戸に投げ捨てられ、狭間と呼ばれた異界の里……白蛇様のいる里の傍仕えに置いてもらうことになった。
審神者という、小間使いとして鵺の道を行き来し、白蛇様の本来の夫でいらっしゃる狼王様の傍仕えが決まるまでは僕一人が傍仕えだったけど。朱音が来たら、現世に帰るのは厳しくなってきた。
朱音が来た時期が戦乱の世を幾度も繰り返していたこともあり、狼王様がなかなか裏八王の長になる兆しが来ないため……僕らは寄り添えなかった。審神者として、『鍵』として。
裏八王の長に相応しい『次代』らが決まらなければ、僕と朱音も解放されないのだ。連鎖し続けてきた呪物のそれを解放するにも、別の呪物が必要だったのだ。
その最後がきたのは、つい最近。
都波ではちぃ姫だと思ってた『砂羽』だった。姉の子孫かと思ったが、それもはっきりしない。なぜなら、砂羽そのものが呪物で象った存在でしかないのは今の僕にでもわかったからだ。
(……どれだけ残してきたんだ、あの家は。砂羽が砂羽じゃない……巫女姫って呪物に仕立て上げていただけだなんて)
あの楽しい時間は、僕らにとっても最後の晩餐に近い状況だったんだ。
審神者を終えて、次代にもうこの連鎖を伝えないために『砂羽』にたくさん美味しいものを食べさせて。十二神将らも『僕』から解放するために……ぎりぎり、八王の意識を持つ騰蛇だけを残すように仕向けて。
(……悲しいじゃん。こんな始まり方)
狼王様に白蛇様……ううん、月兎様はお渡しすることが出来たけれど。もともと、呪物の一端だった僕と朱音が起き上れるかもうわからない。頼むから、直也たちは間に合ってほしい。僕らより、あとの世代の子たちがこの鍵開けのためだけに募らせたのは……何十代も前からの習わしのせいなんだ。
僕も、審神者になってそれがわかっただけ。消えていい存在は僕だけでいい。朱音は残してほしいけれど、溶けていく表面の下が涙でよく見えない。
「頼む。……僕は、いいから」
助けてほしい人はたくさんいるけど、朱音は本当に残して。久しぶりに見たんだ、砂羽に笑いかけた時のあの笑顔は。本物だったから。
「こらこら。自暴自棄になるんじゃない。起きなさい、俺の傍仕え」
朱音の手をつかんでた上に、温かくて大きな手が添えられた。なんとか起き上がると、涙の向こう側に我が主の狼王様が月兎様とともに立っていらした。
次回は火曜日〜




