第65話 兄者、弟者②
★ ☆ ★
直也と引き離され、私はまだ数度しか通っていない『鵺の道』の中で溺れそうになってしまっていた。
適性者がいないと、そこは常世にも通じてしまう裏道のひとつなのだが。八王家の『剣』である直也抜きに、何故引き離されてしまったのか。
わけがわからず、もがく以外に身動きが取れず、道というか川の流れのように流されていくばかり。
(し……ぬには!? 使命……だけ、じゃない。私の……俺の! 姫を!!)
皇室を外側から御守りする八王家。その宗主の家から、さらに裏部隊の『裏八王』の宗主に選ばれるのは……末の子どもの誰か。
つまり、直径の直也が『剣』であるなら。それは素戔嗚尊の化身と同じ。
逆に天照はどこかに姫が潜んでいる。その彼女へ嫁ぐことが可能なのは、八王の末でも未婚の男のみ。
(つまり……爪弾き扱いにして、軍事機関に飛ばされた……俺だけだ)
直也はそもそもが裏八王の子どもなので、どこの八王にも忌み嫌われた存在に扱われていた。
俺は俺で、綺麗よ玉よとちやほやされつつも……逆に綺麗過ぎて、手が出せないと見合いは全て断られた。結果、髪も適度に切ってから軍部でのし上がれたものの……この始末だ。
だが、わざわざこの事態のためであるのなら……それでいい。
口から摂取した、道の水が腹に入ると力が湧いてくるように感じた。もともとが常世のものだと言われていたが、この際どうだっていい。
直也は直也で、もしかしたら道へ連れて行かれたかもしれない。自分の姫である中つの方へと。
(だったら、俺も……どこだ)
下手にもがくよりも、従う意味でじっとしてみると道の流れに進むように身体が動いていた。ならば、従うまでだと水をもうひと飲みした。
長いようで短い川流れが終わった先には、道から顔を出した俺を覗き込む少女との対面が待っていた。
「あら、意外に早かったわね? あにぃ?」
「み……お?」
その呼び方をするのは、赦された裏八王の姫となる存在。
俺の妻となる者には許された呼び名。つまりは、裏八王家では宗主とも言えるただひとりのちぃ姫なのだ。そして俺は、たった一度だけ彼女と遊んだ記憶があり、呼ばれた記憶も戻ってきた。
その嬉しさが込み上がってきたのか、眼鏡はどこかにいってしまったのか、前がよく見えない。
「あらあら、感動屋さんね? 貴方も直あにぃも」
「……どれだけ、待たせたんだ」
入り口から這い出し、瞬時に抱き止めても『美桜』は何も言わずに俺の背を撫でるだけ。道から出てわかったが、ここはどこかの邸の跡だと……気が落ち着いてから教わったが。
こんな場所に、愛らしいその姿を幾度も醜く変化させた上で待機していたと言うのか。俺と直也の、さらに下の裏八王に入る『ちぃ姫』が整い始めた矢先。
この瞬間を狙って、俺たちをそれぞれ会わせたと言うのか。
裏八王の宗主は、本来の狼王殿のところに戻る循環を占いも無しに読み解いた女たち。
彼女らを『癒しの巫女姫』と仕立てて、贄姫と称して今まで裏八王に捧げたのは。この瞬間のためだったのか。
口からポツポツと出たそれらを告げれば、美桜はただただ背を撫でてくれた。
「だって、審神者たちが岩戸の鍵だもの。彼らの順番が来たから……我らもその時に動いただけ」
「……そう、か」
もう無造作に泣く必要がないのであれば、俺も直也もこれで成就したと言うことなのだろうか。
次回は土曜日〜




