第64話 兄者、弟者①
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鵺の道を単身じゃない状況で移動するのは久しぶりだったが。
熊公のとこで、一旦静寂を保ったはずなのに……また『崩壊』が始まったのか、うねりにうねり……綾雅を置いていかないように注意すんのが大変だったぜ。
「お……い、意識保ってるか!?」
「……な、とか」
俺が『剣』であることで、道の中でもギリギリ魂がバラバラにならないでいるが。これだけの濁流の中、もうひとりを誘導しようと動くのには気を付けなくちゃいかんのがキツい。
そろそろ、熊公のところに到着してもいいはずだが、一向に辿り着く気配がない。
(……態と、道が誘導している??)
『剣』が今必要としないのか。次代の八王の長となり得る可能性があり、数百年もあの地に埋められた『継子』の熊公を。
もしかしたら、狭間に引き離した白蛇の婆を沙霧が連れてった?? あそこの長は婆のはずなのに……ってことは、俺の『妹』だと錯覚した都波の姫がなんかしたのか?!
『剣』と知った俺を引き込むためか。素戔嗚尊の剣を継承している、裏八王の俺を従えるとは良い度胸だな!!
と、怒りが込み上がってきそうな時に。綾雅の手が離れていくのがわかり、意識を切り替えた。
「綾雅!? あ、兄者!!?」
連れて行かねば行かんのは、剣である俺の役目ではなかったのか?
引き離す濁流の中では、俺も流されているので追いかけようにも出来ない。仕方がないが、道の誘導通りに向かうしかなかった。
(くそっ。『鵺』自体はどっかに行っているし、尾も見えねぇ)
獅子の顔、虎の身体。蛇二頭の尾を持つ雌雄の鵺。
大陸の大妖怪とされているが、実際は中途半端な門番だとも言われている。その門番抜きに、道を行き来出来る存在は『半神』であれ少ないはず。
とくれば、もうこれは『神本体』らが動き出したかもしれないのか。
兄側である綾雅を引き離して……態と、互いの対面のために動いてくれたと?? もしかしたら、熊公も白蛇の婆も念願の邂逅をしてたら。
(……邪魔出来んな)
そして、バシャっと打ち上げられた感覚があり、ずぶ濡れだったが道の外に出ることが出来た。熊公のとこと同じように、湯殿の中だった。
「……あったけぇ」
服を着たままだが、まだ使用途中だったのか温い空気が心地よい。とは言え、浸っていても意味がないので。いつでも『剣』を抜けるように気をつけながら廊下に出てみれば。
囃子もないのに、朗々と謳う女の声が聞こえてきた。
「〜♫」
あの姫かと思ったが、水鏡で見たおとなしめなガキじゃなかった。
単衣のみだが、袖を掛布のようにしてゆらりと振り……化粧もない顔立ちはどんどん幼さから妙齢の女のそれに変わっていく。濡れたままの長い黒髪はふわりと舞っては落ちていく様がやけに色っぽい。
正直言って、直視し続けていけないはずなのに……はやる鼓動が止まらないでいた。
『会えた』と、直感でわかるくらい、もう足が既に塀から飛び降りるのに動いているほど……あの女は逃していけない相手だと分かったんだ。
『剣』と唯一、相対していい……黄泉路から戻ってきた姫君。
その子孫だと理解して手を伸ばせば……彼女は謳いと踊りをやめてこちらへ手を伸ばしてくれた。
次回は木曜日〜




