第62話 名がわからない
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とろとろ、とろとろ。
蕩けてしまい、最上の形を成すのは小さな小さな姫君の役目。
我らは人外。
わたくしこそが人外。
などと、砂羽だった『ちぃ姫』の形がどんどん変わっていく。
俺の作った馳走を糧に、腹ペコだった魄は肉も骨も形を変えていきたがるんだ。
前はいつだったか。俺も転身を繰り返したせいで、具体例には覚えていない。百年以上はおそらく、この姫とも会合していない。
「……態と、中つの姫に似せて」
素戔嗚尊の流れを汲む姉に嫁いでもらえるように、外側を固めて。
この狭間に気配は感じるが、俺が行く意味はない。俺の役目は蕩けてしまいそうな、俺のちぃ姫の形を整える手を握ってやれることだ。
ぷくっと膨れたり、しぼんだり。汗が滝のようにあふれては塩となり。
湯殿に入れてやりたいが、姫が目を覚ますまで形が整わない。それを勝手に決めていいのは俺の役割ではないからな。
「……ちぃ姫、早く起きてくれ。早く、俺に真名を呼ばせてくれ」
月読の娘。
天と地であれば、地の姫。
されど、天と中を優先せねばならない役割を持つもの。
我らはそれを見届けねばいけない。
白蛇様が現世へ戻ったのは、十二神将のほとんどが転身への道筋を辿ったことで理解していた。四神相応の中に残してあるのなら、姫が目覚めれば解放するのみ。
起きたばかりの姫には酷な仕事をと思っても……それが逡巡する理とくれば、俺にも否とは言えない。
『騰蛇様』
自信なさげな姫が、俺の名を呼ぶときの嬉しそうな声をあげてくれるあの声が聴きたい。とろとろと蜂蜜のように甘く、俺の心を揺さぶるその声を。
「二度とにはさせない。月読様の娘御であれば……冥府の焔を扱う俺の妻だ」
だからこそ、早く起きて欲しい。
早く、俺の口から睦言を言わせてくれないか。
いつかの俺たちではなく、今の『騰蛇』としての俺を受け入れてくれるのであれば……馳走はいくらでも作ってやる。この邸の女主人として、早く目が覚めてほしい。
俺から雫が落ちて、顔を濡らしてしまう。布で拭いてやるとまだ血色が残った唇に……そっと重ねてやった。霊力は衰えていないものの、俺の拙い神気も与えてやるために。
「……早く、来てくれ。素戔の剣」
お前の添う相手は庭で狭間のために動いてくれているぞ。どんな姫か確認したいところだが、こっちの姫を二分化してたら『砂羽』のままだ。
二股なんざ、絶対したくないから見たくない!! 早く来い、直也!!
姫の手を少し強く握ると、庭の方で何かが衝突する音が聞こえてきたが。姫が起きないし、向こうは向こうでいいのだと行くのをやめておく。
巻き込まれて、ちぃ姫が散々な目に遭うのが嫌だしな?
次回は土曜日〜




