第61話 とろとろ蕩けて②
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腕に抱えるだなんて、何百年ぶりだ? あと、百年は互いの顔を直に見せ合うなどないと思っていたのに。細くしなやかな腕が、俺の背に回されている。
最後に縋ってくれたのは、役目を与えられた時か。となると、二百年近くは衣越しにでも触れていなかったな?
「……月兎。よく、ここまで来てくれた」
とりあえず、鵺の道を沙霧に抱えられたにしても身体が冷え過ぎてしまっている。湯殿へ直接向かうしかない。急いで向かえば、まだ凍らずに掛け流しが動いていた。
衣服など気にせずに湯船に浸かれば、月兎は荒い息遣いで咳を繰り返した。
「……大丈夫か?」
「……え。いいえ! あの子……が、砂羽が……そんな!!」
「ゆっくりでいい。沙霧も……お前と似たように、感じただろう」
「…………あの子が、中つ姫」
「うん? お前たちが会った姫がか?」
幾度か問い掛ければ、その度に首を振る様子を見ると……俺が水鏡越しに見た『都波砂羽』でない者が月兎に施した眼帯を取ったのか。
あの狭間から月兎と沙霧を追い出すにしても、砂羽や十二神将がいたはずなのに……彼らだけにしたいとくれば。
神話の初期の初期。天と地以外の中つの姫が……わざわざ顔出ししてきたということか? 直也が知れば、とんでもなく驚くで済まないのに苦笑いしか出てこない。
「たし……私、あれ以上……あそこには!」
「良いんだ。こちらへ来ていいと、天の理を持つ姫君に追い出されたんだろう? 月兎が気に病む必要がない」
「…………いいの? 貴方の、ここに居て」
「ああ、いいんだ。俺も我慢したくない」
数百年振りに、契約でない夫婦の会話をしたのはいつぶりだろうか。神の声を聞く霊媒者として、それぞれ性別の違う『審神者』を置き。
人柱のようにして、現世と狭間へ引き離された国津神らの子孫が俺たちだが。まさか、ほとんど百二十年くらいの誤差で、触れ合う日が来ようとは。
よく顔が見たいと長い髪を避けてやれば、薄い青の瞳には大粒の涙がはらはらと溢れ落ちていた。俺の霊力を抜き取られれば、ただのか弱い女となるのは相変わらずだ。
しかし、これ以上布で染み込ませる必要もない。軽く口づけをし、引き寄せてまだ泣き続ける俺の女を抱きしめることにした。
「……私のところに来た、あの子はちぃ姫かもしれません」
「……それで直也が妹に似ていると言ったのか。赤児だった、裏八王の斎王に等しい姫」
狭間の真の主。審神者を必要とせず、人外に嫁ぐのが末の役目とくれば……穢れを剥がすだけでなく、取り込むのもあの姫にはお手のものだろう。
なら、俺たちはお払い箱というものか。腹も減ってきたので、もう少し湯に浸かってから沙霧らの様子見もしようと月兎と決めたよ。
次回は木曜日〜




