第60話 とろとろ蕩けて①
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何が起きた?
あれは……砂羽なのに、砂羽じゃない。白蛇様を抱えながら、鵺の道を通って現世に向かっているんだけど……白蛇様の息遣いが荒いのが止まらないでいた。
封印……と前に白蛇様がおっしゃっていた隻眼にしていた布を簡単に外した砂羽。僕のことを『弟』って言った時に肝が冷えたような悪寒を感じたけど……あれには覚えがあった。
まだ僕が、ただの人間で。都波では爪弾き扱いだった、呪いの穢れを受けるだけの子どもだった頃。
癒しの巫女姫だった、姉様のひとりが……たしかそうだった? どんな名前だったか思い出すのもあやふやでしかなくなっていたが、今思い返せば『巫女姫』に名前がある必要がない。穢れを受ける僕自身も。
では、名付けてくれたのは?
誰だったかと思い返しても、うまく引き出すことが出来ない。とにかく、狼王様のところに抱えている白蛇様をお渡しするのに必死だった。
溶けてしまう。
とろとろ、とろとろ。
貴方の相手も蕩けてしまうから、早く早く。
鵺の道で普段なら無視できる『幻聴』が耳に響いてうるさい。僕を信じて、白蛇様はまだ荒い息遣いのまましがみついてくださっているんだ。
「……頑張ってください、白蛇様。貴女を受け入れてくださるのは狼王様のみです!」
はるか昔、八王と呼ばれる家々が散り散りになる前。
天と地。中つ国がそれぞれの長を引き離したせいで、彼らの子らも何処かへと別れてしまった。もう一度戻すために、彼らを引き合わせる門番らが狼と蛇だった。
その名を引き継ぐ者こそ、真の門番だと言い切ったのも誰だったか。
僕の聞く伝承ですら、今もうろ覚えでしかない。鵺の道の出口が見えてきたら、もがく勢いで地面を蹴った。
「……はぁ……はぁ!」
間違いなく、狼王様のところへ出たはず。確認しようにも子どもの姿では成人の女性を抱えての移動がなかなか大変だった。まだ僕は身体を作り変えてはいけない。
それをしていいのは、今白蛇様を受け取ってくださった狼王様の前でも駄目だから。
「こちらは気にするな。朱音のとこへ行ってやれ」
始まっているのは朱音もなのか、駆け寄ってくる気配もない。朦朧しそうな意識で彼女の気配を辿ったが、屋敷の中としかわからないでいた。だが、もう『沙霧』という少年から男になっていいのなら……地の姫となった、僕の知る砂羽にとっても兄貴分になっていいのだろう。
少しずつ、ほどけてきた記憶を頼りに朱音のところへと向かう。もうずっとそうしていたかのように、寝所のひとつで彼女は石のように眠っていた。
「……お待たせ、僕の朱音」
外見は蕩けてしまってあの姿はなく、ただの女の子がこんこんと眠っていただけ。僕は倒れ込むように横へ体を落とすと、成長が始まったのか骨が軋む音が聞こえるのだった。
次回は火曜日〜




