第6話 最初のおにぎり
両手で掴んだことで、出来立てのお米の温もりが伝わってくる。ほかほかとした熱さは、決して嫌なものではない。
ゆっくりと落とさないように気をつけながら、口元にお米の塊を近づけてみた。騰蛇様が食べて良いとおっしゃったのだから、これは私への食事。
口を少し開けて、もぐっと噛んでみると。口の中に、適度な温かさ以外に優しい甘味と少し辛いと思える塩気を感じた。
だけど、その味は今私のお腹が欲していたものだとすぐに理解出来た。
「おいおい、急いでも俺は取らないぞ」
騰蛇様にそうおっしゃっていただいたが、私は夢中でお米を食べ出した。もぐもぐでなく、ガツガツとした勢いで口の中に入れては噛んでいく。温かく、しかも生まれて初めて『美味しい』と実感出来たその食事は、あの家にいた時のものとは比べようがなかった。
半分を食べたときには、お米ではなくふんわりした食感の薄紅の何かが入っていた。それにも塩気は感じたが、お米と食べるともっとお米が欲しくなるくらい、不思議な食べ物だと思ったが。似たような食べ物をどこかで食べた覚えがあった。
「これは……?」
「魚だ。鮭というが、常識もまさか身につけていないのか?」
「魚ですか? ふっくらしてて……干からびていないです」
「……マジで碌な食事、させてなかったみたいだな?」
騰蛇様はまだ怒っていらっしゃったが、ここに私を利用していた親たちはいない。遠慮なく、食事をしていいとおっしゃっていただけたので二つ目も同じように食べていると。
口の中が、覚えのある衝撃を受けたのだった。
「……酸っぱい?!」
おそらく、梅干しというもの。あの家では非常に酸っぱいものをお米と無理矢理食べさせられていたが、こちらは少し違っていた。少し酸っぱかったが、後から爽やかな風味と甘味がお米と一緒にやってくる。種も丁寧に抜いてあったので、食べたい思いが強くなるともぐもぐと食べ進めた。
「気に入ったみたいだな。そいつは握り飯。言い方変えれば、『おにぎり』だな」
「……おにぎり、ですか?」
そう言えば、あの家で出されたお米の中に、騰蛇様のような美しい仕上がりでないお米の塊を出された時もあった。あれは冷たくてもそもそしていて食べにくい食事だった。それをお伝えすると、騰蛇様は息を長く吐かれ、頭をかしかしと撫でて下さった。
「審神者にさせるくらい、自分の子どもを道具としか扱わない存在。俺ら十二神将を怒らすには充分な理由だ。荒神とかと勘違いしてくれた、落とし前についての理由づけにもちょうど良い」
「ほーんと、だよ!」
扉が勢いよく開くと、天一様が大きな包みを抱えながら入って来られた。ぷくっと頬をふくらませながら怒っていらっしゃるようだけれど、私はつい可愛いと思ってしまった。こちらに来ると、大きな卓の上にその包みを置かれたが、すごく大きな音がした。
「お? 既に捌いてくれてたのか?」
「もっち〜! 砂羽っちへのご馳走に使ってよー。あ、騰蛇お得意のおにぎり食べさせてたのー?」
「おう。空腹の人間にはまず握り飯だろ?」
「そだね? 砂羽っち可愛い顔してるから、ふっくらしたら美人さんになりそう〜!」
「か……かわいい、ですか?」
『癒しの巫女様』の時に、一度とて言われていない言葉をかけられ。私はおにぎりのお皿を落とさないように抑えたが、きっと顔はすごく赤いだろう。おにぎりの温もりがうつったかのように、頬が熱く感じたのだから。