第5話 里へ②
「あ〜? 騰蛇ぁ?」
騰蛇様とゆっくり歩いていると、前方から小柄な女性がこちらにやって来た。小柄ではあるが、女の象徴とも言える胸の部分が異様に大きい。おそらく、貧弱な私よりも倍以上にあるだろう。
「おう、天一。今日の狩りの成果はどうだ?」
「猪二頭、鹿も二頭かなあ? うまいこと罠にかかってくれてー」
「そいつは良い。分けてくれねぇか? こいつに食わしてやりてぇ」
くん、と軽く腕を引かれ、その女性の前に立たされた。女性の顔立ちは、とても愛らしく大きな水色の瞳が特徴で髪は艶やかな金色。天一と呼ばれていたのと、ここが神様の住まう場所ならば、この方も神様のはず。あの翼を持つ神様のように、天一様にもじっと見つめられたがすぐに手を掴んでぎゅっと握られた。
「何この子!? 人間にしてはすっごい細いじゃん!? お腹空いてない!? 天一がなんでも材料持ってくるから!!」
「糞親連中に、審神者にさせられたが呪が幾つかかけられてる。腹も異常に減ってるから、材料いいか?」
「いいよいいよー!! えっとえっと! 名前聞いてもいいー?」
「と、なみ……砂羽です」
「砂羽っちね! わかったわかった!! ばびゅんと行ってくるー!!」
不思議な呼び方をされたあとに、天一様はすぐにどこかへと行ってしまわれた。その足の早さに驚いていると、騰蛇様から軽く頭を撫でていただけた。
「気に入られたようだな。あいつも十二神将の天一。なりはガキみたいな女だが、力強さは下手すると俺以上だ」
「……お強いのですか?」
「趣味は狩りと解体だしな。とりあえず、材料の心配がいらんなら家に行くぞ」
「は、はい」
また優しく手を引かれ、すぐ近くにあった建物の中に入ることになった。私はあの家の外にほとんど出た事がないので、家の造りというのはよくわからない。けれど、手入れの行き届いた様子から、ここは良い場所なのは少しわかった。
お部屋に行くと思ったのだが、たくさん道具がある場所に連れて行かれ、椅子に座るようにと騰蛇様に指示されたのだ。
「凝ったもんはちょっと待っとけ。簡単なのをすぐに食わせてやる」
「……ご飯ですか?」
「握り飯くらいだ」
白くて大きな箱から、また小さな箱を取り出し。中から薄紅色の塊のひとつをつまんだ。軽く匂いを嗅ぎ、大きな卓の上に置く。次に、銀と木が合わさった不思議な作業場に向かわれた。見たこともない箱や道具に興味引かれたが、勝手に動いてはいけないと思って静かにする。
騰蛇様は黒い箱の蓋を開け、少し丸っこい板を使って中を軽く混ぜた。そうして持ち上げたそれは。
「……お米」
冷たいものではない、ほんのり湯気が立った艶やかなお米だった。ごくりと自然にツバを飲み込むほど、空腹に支配されていた私の身体が欲しているもの。
騰蛇様は、私の呟きが聞こえたのか緩く笑われた。
「今作ってやる」
水、塩、黒い板は海苔と呼ばれていた食材。
それと先ほどの小さな箱に入っていたものを、お米の中に包み込み。皿に盛り付けた、小さいお米の塊を私の前に差し出してくださったのだ。
「これ……食べて、良いのですか?」
「良いって言っただろう?」
膝に乗せたその皿は、食べ物の温もりがそのまま伝わってくるくらい、とても暖かくて。
自然と、手を伸ばしてしまい、はじめて手づかみでお米の塊を口に運んだ。