第4話 里へ①
「あ、の……?」
騰蛇様のお知り合いのようだけど、この方も神様なのだろうか。先ほどからじっと私を見ているけれど、何のためにしているのだろう。たしかに、私は癒しの能力を失った無能な人間になったので、特に価値というのはない。騰蛇様がおっしゃったように、貧弱で外見の取り柄もほぼない女だ。
あの父親が、力が無いのなら生贄にするという行為に相応しい程度の存在。それが今、何故か神様に囲まれているけれど。
「……うん。ちょっと面倒な呪にかかってる。本来の能力を引き出せないように、封印されているね」
「自分で対処しようにも、体力と気力が激減してんだ。しかも、利用してたこいつの親は『荒神』への供物にしようと、審神者に仕立てたが雑で失敗してる」
「だねぇ? なにその親。この現世でまだ新興宗教的な事業で、娘を利用して金吸い取ってんの?」
言葉の意味はよくわからないが、御二方のお話によるとあの親たちは私を使って人を癒す以上の何かをしていたのだと。なら私は、とても悪い仕事をしていたのだろうか。
「あ……の」
「お?」
「んー?」
私の呼びかけに、御二方は気づいてくださったが、私は今不安に思っていることをきちんと口にしようと顔を上げた。
「私は、とても悪い事を……してしまったんでしょうか!?」
はじめは嬉しかった。自分の持つ能力で他の人の傷などを治すことが出来たのを。だが次第に『癒しの巫女様』と言う存在として、周りの誰とも普通に会話すらすることがなくなった。
教養なども、ほとんど癒しの仕事に関連することばかりで『普通』を知らない。基本的な知識程度は最低限詰め込まれているが、それだけだ。
人間らしい生活を送ることなど、一度とてなかった。だから、『善い』『悪い』がだんだんとわからなくなった。成長するにつれて、依頼がどんどん舞い込んで治す仕事の日々が過ぎ、寝食もろくに取れずに疲れていくばかり。
そのため、己の『善いこと』が実は『悪いこと』だと気付かないでいたのだ。
「……まあ、そうだな」
答えてくれようとしたのは、まだ私を抱えてくださっていた騰蛇様。私は彼を見上げると、騰蛇様は怒っていなかったが不思議な笑顔でいらした。
「……では、私は」
「だが、悪いのはお前じゃない」
「え?」
「呪……呪いを調べたけど、意趣返しに近い感じ。妬まれたんだよ、他の術師とかに。その矛先が親に行くはずが君に植え付けられたんだ」
「いしゅ……うえ?」
「あ、ごめん。難しい? 簡単にいうと、利用されてた君は悪くない。悪いのは君の親」
「わかる……のですか?」
「そりゃぁ、曲がりなりにも。僕だって神の一員だからさ」
やはり、この方も神様。
とてもお美しい朱色の翼は近くで見ると、ふわふわしているように思う。少しだけ、触ってみたいなどと大それた感情を持ったが、すぐに考えるのをやめた。
「けど、審神者にしたところで……呪は本来かかるべきあいつらに向かう。そのために、里へ連れて行こうとした」
「英断だね。僕も大賛成。えーっと、君の名前は?」
「! 都波、砂羽です……」
「じゃ、騰蛇は砂羽をしっかり運んで。僕は先行って準備してるから」
翼を持つ神様は、羽ばたいたと思ったら奥の方に飛んで行かれた。すぐに遠くへと離れてしまい、騰蛇様の方はまた宙を蹴って前へと飛んだ。
「もうちょいだからな。しっかり掴まれ!」
また私もしっかりとしがみついて、落ちないようにしていれば……鼻に何か良い匂いを感じ取った。甘かったり、香ばしいなどと様々な。その匂いが、止まっていたお腹の音をさらに大きくしていくような気がして、非常に恥ずかしい。騰蛇様は飛ぶことに集中しているのかなにもおっしゃらなかった。
「着いたぞ」
とん、と騰蛇様が飛ぶのをやめて止まられると、私の身体をゆっくりと下ろして立たせてくださった。少しふらついたが、前を見るように促されれば。目に見えた光景は見たことのないものばかりで。
「……わぁ!!」
店、というものなのか。あちこちから湯気と共に、いい匂いの漂う素敵な日本家屋の建物ばかり。匂いはそれぞれを邪魔せずに、私の鼻をくすぐるだけでなく身体まで満たしてくれるような優しい温もり。
そしてその匂いに釣られ、空腹を訴えるお腹が我慢できずに音を立ててしまう。
「十二神将の里だ。十二の家があり、俺の家もここにある。行くぞ、砂羽」
「あ、はい!」
はじめて名を呼んでいただいて、ピンと背筋を伸ばしてしまうくらいびっくりしたけれど。手を繋がれ、その温かさに胸の奥がまた音を立てた。
その感情が何かわからないが、今は騰蛇様に着いて行こうと手をしっかり握り返した。