第38話 久しく訪れる『剣』
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沙霧の飯で幾らか腹は膨れたが、俺もそれ相応に『穢れ』を落とす必要が出て来た。
服の洗濯だけは朱音に任せ、俺は沙霧との語らいも兼ねて二人で浸かることにしたのだが。
「……僕の、でしょうか?」
「いや、俺のもあるだろう。溜まったら、白蛇がしているように呪詛返しに使おうか」
「……ここ、現世ですけど?」
「…………すまん。異界のつもりでいたな」
穢れが玉砂利と成し、溜まっていくのは土汚れのそれにも見えかけたが。たしかに、異界側で現世の被害がこの程度。
俺の領域にて同じことを仕出かしてしまえば……同等以上の豪雪地帯になってしまうだろう。白蛇のところは穏やかになるだろうが、こちらはそうもいかん。
桶に流し込んだが、あっという間に山盛りになってしまう。
「! この湯殿でこれだけ出るということは」
沙霧が湯船からいきなり出たかと思えば、禹歩を取る。
呪は唱えなかったが、禹歩だけで黒い玉砂利の呪詛が一枚の霊符へと形を変えたのだ。やはり、白蛇の審神者として修行を受けただけの術士に育っている。
「その霊符、都波に投げるつもりか?」
「砂羽のためにも、いいです?」
「……良い。許可する」
「では」
今度は呪言を唱えて霊符をきちんと昇華させていく。おそらく、最悪の事態を起こすことは容易に想像出来ても……いい加減、俺たちも限界だったからな?
最悪の人柱を得て、半神扱いにさせられた我らにとっては。
霊符が消えたあと、少し冷えたのか沙霧はまた湯船へと戻って来た。
「はは。凍えそうか?」
「鵺の道もがっつり凍っていますからね。乾かすのに、このお湯使っていいです?」
「だな。流石に俺も冷えるのはごめんだ」
さっ、と水を上げ。霧のように湯殿の中を温め直してから風を送ったのだが。
「げほげほ!? あっつ!!?」
俺でも沙霧でもない、男の声が入り込んできた。聞き覚えがないわけではない、むしろ知人だ。しかし、かなり久しい。
どれくらい様変わりしたのか、湯の霧をかき分けて顔を見てやろうとした。壁際に、咳き込みを繰り返す黒の軍服を着た若い男が。外見だけなら俺の方が少し上くらいだろうが、そこまで月日が経ったのだな?
「久しいな、我が剣。……直也よ」
「げほ…………っと、お久しゅうございます。狼王」
「再会が、まさか出来るとはな?」
「全然変わってねぇな、熊公」
「……その呼び名は寄せ」
最後の対面したのは、剣としての就任以来だから五年くらい前か?
沙霧も久しく会っていなかったため、本当に彼なのか判らなかったにしても。呪符五枚を急ぎで揃えるのはよろしくないので、きちんとしまわせた。




