第37話 現世での対策は
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記録でしか目にしていなかった、『天変地異』とやら。
夏なのに、豪雪が吹き荒れる時こそ『繋ぎ目』がほころぶ刻だと……上層部のごく一部も絵空事だと笑ってはいたものだが。
「……現実に起こってんだから、それは笑えんな?」
自転車や馬車だと危険、と言われるくらいに勤務先に閉じ込められてしまった。
雪掻きの道具など、倉庫の奥の奥に仕舞い込んでいるため。塀の内にあるから、ほとんど外と同じだ。食料の備蓄を久しぶりに使おうにも、水道なども凍りついて水も使えやしない。
いきなりの天変地異ゆえに、下っ端連中は焦りが隠せずに帰れんと凍えているばかりだ。俺のような中尉くらいが一喝でもしねぇと、道具を取りに行こうともしなかった。
「全く。つい先日、噂を耳にしたばかりなのに……。八王家の何処かが、とうとう竜王への怒りにトドメを刺してしまったようだよ」
一喝のあとに、後方からやって来た眼鏡野郎だったが。いなかったのは情報収集していたところか。こいつは並の軍人程度の体力しかねぇから、その機転の良さで俺と同じ地位にいるもんだ。
「どこの阿呆だよ。そいつら」
「胸糞悪い、悪徳商法で有名な八王の分家だ。……君の家も巻き込まれた『都波』だよ」
「……何しやがった?」
「贄姫を排出してしまった、と。簡単に言うと呪いに仕立てた『人柱』を清水の井戸に投げ捨てた」
「……ばっか、じゃねぇか??」
使い物にならなくなったら、塵と同じ?
たしか、被害に遭った……俺の従姉妹より幼い『巫女姫』が癒しの役目を引き受けていたとは、一応聞いてたが。
『……みこ、姫様は悪くない』
従姉妹は今、呪詛返しされた穢れに苦しんでいる。もともと体が弱いから、穢れを都波家の巫女姫に浄化してもらうのに大金をはたいた。結果、一時的には治ったように思えたが……一週間前には穢れとして、そいつが戻って来た。
苦しむ従姉妹のために、訴えようとしたものの。あいつは、姫は悪くないと言い切っていた。腐った家の連中のことなど、知ったことかと前は思ったが。
朔夜が八王の家側の人間として集めた情報が確かなら、一番の被害者としてその『巫女姫』が殺された可能性が高い。
そして、現世側の何処かで鎮座している『竜王』の怒りが……吹雪として出た。
知識が足りない俺ですら、最悪事態を起こした都波の当主とやらに訴えたかったぜ!! 従姉妹の様子も心配だが……その巫女姫が受けた穢れを『浄化』するために、竜王はお怒りとくれば。
「……熊公、大丈夫かよ」
「…………竜王をそう呼べるのも、君くらいだね」
「あいつのガタイ見ると、熊だぜ?」
狼王も、誰かが与えたあだ名のようなものらしいが。ここ数年、こちらが会えていなくても……俺が行けた『あそこ』はそのままだろう。数百年以上昔の盟約により、現世と異界の支柱となった憐れな男の住まい。
この天変地異ですら、唯一無事な場所であるのなら……逆に確かめに行く必要がある。竜王の分家側の『剣』としても。
俺の決意がわかったのか、朔夜は眼鏡の奥で苦笑いしやがった。
「君の所在地は適当にしとくよ。こちらの指示くらいは私でなんとかする」
「……助かる」
この建物で、『繋ぎ目』を開けても良い箇所を探してから。剣の鞘で軽く床を叩く。薬湯のような色に変わったら、瞬時に飛び込んだが。
(……沙霧ら、大丈夫か?)
見た目はガキでも、俺よりはるかに歳上の少年の姿が過るくらい。
鵺の道のどこもかしこも、濁流だらけで遠泳が得意な俺でも無事に辿り着くか心配になったぜ……。




