第3話 人間扱いじゃない
「ははは! やっぱりな、やつれていたから満足に飯も食っていなかったんだろ」
騰蛇様は叱ることもなく、ただ楽しげに笑っているだけだった。身体の不調を知らせるものでしかないそれは、あの家ではあまり良くないものだと私は思っていた。
食事というのは、決まった量と決まった献立のものを毎回口にしていただけの行為。間食や夜食、体調不良の時などに違ったものを口にすることは許されず……白米と野菜の煮物と青菜のお浸しに少しの味噌汁。ほとんど毎回それだけだと、育ち盛りの身体には物足りなかった。たまに粗末な肉と魚は出たがやはり同じだった。一度、母親にももう少し欲しいと告げた時には。
『あなたには必要ないことよ』
と言われた時の、強い否定の意思を持つ瞳に逆らえず。以来、文句も言えずに与えられた量を守ることにした。お腹が空いても、先程のような音を出しても、常に我慢することで紛らわせた。
それが、神様の前で起きたことに、私は思わず申し訳なくて両手で顔を覆った。
「た……大変、申し訳ありません!!」
「あ? 別に悪いとか言ってないだろ?」
「で、ですが!」
「こんな細っこい上に肉付きも悪い身体にしたのは、審神者にさせた親のせいか? 今時、人身御供にする生贄にも贅を尽くさないっつーと……よっぽど性根の悪い連中だな」
「……とう、ださま?」
私が謝罪しているのには気にしていらっしゃいのに、あの父親とかには苛立ちを覚えたような物言い。たしかに私の育ての親ではあるが、私を道具にしか扱っていないところを省みると、良い親と言う存在ではなかった。
癒しの能力を失ったと分かれば、厄災への生贄にと簡単に殺しても良い扱いをするくらいだったから。
けどそれを、出会ったばかりの神様に怒っていただけるとは思わず。目尻が熱くなり、ひと筋の涙がこぼれ落ちた。
「は? どうした!?」
涙がお召し物に落ちて、濡れたことが分かったのだろう。けれど、私は自分の感情の制御がうまく行かず、ただただ声を押さえながら泣くのを止められなかった。
「……っ。も、し……わ、け」
「いい! なんだ? そんなに腹減った……じゃないな。お前の親が、酷い奴だと自覚してなかったのか?」
「う……し、しら……なく、て」
「……わかった。やっぱ、連れていくぞ。お前を里に」
「? さと……?」
騰蛇様は、担いでいた私を横抱きに変えてから草むらを軽く蹴った。途端、騰蛇様の身体ごと宙に浮かんだ。びっくりして、慌てて騰蛇様のお召し物を軽く掴んでしまう。
「しっかり掴まれ。落としはしないが、少し急ぐからな!」
とおっしゃって、また地面を蹴るように足を動かすと強い風が頬に当たり、目を開くことが出来なかった。前向こうにも風が強過ぎて向きすら変えられない。だから、騰蛇様のおっしゃるようにしがみつくことにした。
(……温かい)
ぎゅっとしがみつくと、はじめて感じる体温というものが心地よく感じた。神様だけど、冷たくもなんともない。とても温かな存在に少し心が落ち着いくると、頬を伝っていた涙が途切れていくような気がした。
親にすら感じたことのない感情を、この方は私にお与えくださる。『さと』と言うのはよくわからないが、あの父親から審神者という生贄にされたので私はもう現世では用済みでしかない。
これから神様の住まう場所に連れて行ってくださるのだろうか。そう思うと、胸の奥が少し音が鳴ったのと身体のあちこちに痛みが走り、重みも感じてまぶたが自然と閉じていく。
辛いのではなく、不思議と心地良い感じだった。これが、『安心』と言うものなのか。
それにうれしいも加わってくると、余計に浅い眠気がやってきて顔を騰蛇様の胸に預けてしまった。お腹も空いたが、このまま寝たいと思ってもいると、上からその眠りを止める声が響いてきた。
「ばっか!? なに人攫いしてんの!? 騰蛇!!」
騰蛇様より、少し高めの声を持つ男性だった。私は眠気がどこかに行ったのか、勢いよく上を向いてみれば。宙には、大きな朱色の翼を持つ美しい男性がこちらを見下ろしていたのだ。
「ちげぇよ! 事情持ちだが、連れて来ただけだ!!」
「へ? 違うの? んじゃ、何その子。めちゃくちゃ細いけど……まさか、この時世に生贄?」
「まさかのそれ」
「うっそーん……」
駆けるのをやめた騰蛇様の前にまで来られたその方は、私の顔を覗き込むようにじっと見つめてきた。薄い翠の瞳は、私の心を探るようで心臓がドキドキと高鳴るような感覚を得たのだった。