第17話 表と裏の審神者
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「沙霧。先にお前の対のところへと行ってやれ」
「……いいのですか?」
砂羽のことは神将たちに任せたけれど。こちらはそうもいかない。異界のこちら側が『平穏の手前』ほどに穢れが落ち着いたのであれば、現世側はそうもいかないことは分かりきっているけれど。
ここ三年は、向こうと行き来出来なかったのに……大丈夫かなと思ったが。白蛇様が、風呂桶の中にある禍々しい玉砂利を見せてくださったので、納得が出来た。
「これをあちらの『蛇水』に投げ入れてくれ。都波家は自業自得だが、我らには関係がない」
「……承知しました。初代側の人間として、僕自身が投げ入れてきます」
「頼んだ」
本当は抱えたくないが、けじめとしてその風呂桶を構えてから退室する。廊下には誰もいないが、とっとと捨ててこようと飛翔の術で『蛇水』と呼ばれる川へと急ぐことにした。
銀の湯が漂って、蛇にも見えるから『蛇水』とも呼ばれたけど。本来は違う名らしい。この玉砂利で戻るかわからないが、桶をひっくり返してじゃらじゃらと水の中に落としていく。
「……おぉお」
銀の湯がぶくぶく泡立ち、色も湯殿に多い薬湯のそれと同じになった。触れば、いつもは痺れるそれが今日はぬるま湯のに変わったのだ。
「……よし!」
覚悟を決め、湯桶を放り投げてから蛇水の中へ飛び込む。湯殿に浸かってのんびりしたいくらいの温かさで、頭が溶けそうになるのを堪えた。潜水するように、下へ下へと向かえば。色の境がある銀の湯が見えてきた。
そして、その向こうから赤い影が見えてくるのも!!
「沙霧殿!」
「朱音! 大丈夫!?」
赤と黒の狩衣。懐かしい顔に会えて、嬉しくないわけがない。
僕の、僕だけの……対であり、最愛。
二つの神がお与えくださった、本当の僕の。
これまでの贄姫たちには悪いけど、朱音は僕だけの嫁御なんだ。互いに仕える主神たちの審神者という道具ではあれ。
寄り添うが、必要以上は先に進まないお互いの男神と女神。その側仕えだと知ったら、砂羽はどう思うだろう?
「何が!? 何があったんだ!? 向こうは久方ぶりに吹雪いて、こちらが通り易いのだが!!」
「……酷い?」
「……屋敷全体が凍りつくほどに」
「…………事情説明するから、向こうに行こう。白蛇様の現状も伝えるから」
「相わかった」
潜水の能力は彼女の方が上なので、矢羽のように飛び出していくのに……僕も、出来るだけ付いて行くけど全力ですら追いつかない。岸に飛び出した時には、顔を出したところから凍りつきそうだったので、湯の川から出にくかった。
「ははは。お前でも寒いか、沙霧」
雄々しい体格。右に隻眼。
腹の底から喜んでいる声を聞くのはいつ振りだろうか。
久しく、『鵺の道』を使わずに異界から飛び出したが。砂羽をあの井戸に投げ込んでくれた、僕の子孫らの方が大変だろうに。狭間に隠してあるが、ここからそこは意外と近いんだ。
「狼王様……白蛇様とお会い出来ますよ? 行かれますか?」
「……魅力的な誘いだが、やめておこう。こちらに連れて来ては……凍えるで済まない」
「了解致しました。実はまた贄姫がこちらに投げ込まれたことで、ここの呪詛が落ち着いたのです」
「……ほぉ?」
砂羽の事を少し伝えて、氷の眼をするんだから……多分だけど、いい加減腹立ってたこの方の怒りで、都波の家は断絶だね。あと、朱音と僕らを引き離した方の家も。
狼王様は隻眼の反対にある布を剥がし、朱色の瞳を露わにすればそこから、幾つもの火花が瞬きと同時に起こり……空へ昇っていくと、駆ける狼の群れと変わっていった。




