暗澹
─私は噂に殺された─
─────
私はどこにでもいる普通の女子高生だった。
そう言ってしまえば誰でも簡単にその称号を得られると思われるかもしれない。
しかし『普通の女子高生』でいるには努力が必要だった。
少しでもみんなと違うことをしたら一瞬で宇宙人でも見るような目で見られる。
私は中学生の時にイジメられていた。
クラスの中にいるボスに嫌われたからだ。
その子は頭もよくて運動ができる。
先生のお気に入りになるような子だった。
私はその子に淡い憧れを感じていた。
『こんな女の子になりたい』
そしてなんとか彼女と友達になれた。
彼女は絶対的な存在で、例え明らかに間違っているとわかっても彼女がイエスと言えばイエスだった。
私はなんでも彼女の真似をした。
彼女が髪を切れば私も切った。
─私は彼女になりたかった─
だから勉強も運動も頑張って彼女に追いつこうとした。
しかしある日、私は頑張りすぎてしまった。
いつも1番だった彼女を追い越してしまったのだ。
彼女は初めての負けに激怒した。
「友達なのにひどい」と言われた。
それから私は彼女の友達ではなくなった。
無視され続け、透明人間のように扱われた。
私の席はゴミ箱と呼ばれ、生ゴミや虫の死骸が置かれるようになった。
先生は「イジメは悪いことだ」と言っていたが、それ以上の深入りはしなかった。
先生もわかっていた。
彼女の「先生」じゃなくなったらどうなるかということを。
私は学校に行けなくなり、自殺未遂までした。
両親も病んでしまい、離婚した。
私は父親の祖父母に預けられることになり、運良く転校できて新しい人生をおくっている。
一軍ではなくていい。
二軍でいい。
私が出した結果はそれだ。
そこの微妙なラインの友達をみつけ、目立つわけでもなく、嫌われるわけでもない絶妙な位置をキープし続ける。
それはすごく神経を使うことだ。
いろんなところに気を配り、時にはわざと失敗してみせたりもした。
勉強は完璧にこなし、平均点を取れるように調整した。
そうやって日々の努力によって私は今、『普通の女子高生』という称号を保っている。
────
私はいつものように友達とどうでもいい話をしながら部活に向かっていた。
私はテニス部に所属している。
かなり頑張らないと試合には出られないくらい人数の多い部活だ。
私はそこそこ頑張っていて、「もう少しで試合に出れたのに残念だったね」というポジションをキープしている。
羨望の眼差しより同情される方がいい。
私はダブルスを組んでいた。
ペアには絶妙に上手くない子を選んだ。
それも彼女から「組もう」と言わせるように仕向けた。
同じくらいの能力を装うのは勉強のそれよりも難しい。
スポーツになると相手がいるわけだからそれにも合わせるとなるとかなり大変だった。
それでも私は部活をやめなかった。
『普通の女子高生』でいるために。
普通の女子高生はSNSが大好きだった。
私は自分の個人情報を晒して何が楽しいの?と思っているが、全くやっていない人は『普通』から外れてしまう。
私は「不細工だから」と言って顔出しはせず、学校や住所などがバレない写真を厳選し、週に1回くらいのペースで投稿をしていた。
くだらないものでいい。
目に止まらないものでいいのだ。
私は興味のないネイルやスイーツの写真を撮った。
友達は何にでも『イイネ』をしてくれる。
それが1つか2つついていればいい。
「疲れたねぇ。次の試合には出られるといいね!」
「そうだね!練習頑張ろうね!」
何よりも大事なのが『同調』だ。
私は試合になんて出たくなかったがペアのこの子が出たいと言うなら私も出たい体でいないといけない。
そして大事なのが彼女より多く失敗をしてはいけないことだ。
「お前のせいで!」ということになりかねない。
『お互い様』になるようにうまく調整する。
私は日々そうやって生きてきた。
普通に笑い、普通に泣いて、群れから追い出されぬように。
しかしそれは突然やってきた。
『噂』
────
『○○高校2年生のA子さんは実はサッカー部のエースのBくんとつきあっている』
女子高生はこの手の噂が大好物だ。
あっという間にその噂は拡散され、一体誰なんだろうね?と、みんなはA子さん探しを始めた。
Bくんは誰もが知っているサッカー部の男子だ。
本人は「俺じゃない」と言っているが、他に該当する人はいない。
Bくんは勉強もできて運動もできる、間違いなく一軍男子だった。
それなのに浮いた話の1つもなく、告白されても断るだけで『女子には興味がないのかも』なんていう噂も立っていた。
私はそういう話に全く興味がなかったわけだが、一緒に「誰なんだろうね、気になるね」と話を合わせていた。
そんな噂も3日経てばみんな気にしなくなる。
他に興味がいってしまうからだ。
私もすっかりそんなことは忘れていた。
しかしある日の部活終わりに私はテニス部の仲間たちに囲まれてしまう。
テニス部には一軍女子もいた。
その子が先頭を切って私にこう言った。
「ねぇあんた、親友を裏切って楽しいの?」
「えっ?」
親友とはペアを組んでいる子だろう。
その子はなぜか泣いていた。
「ミナ、どうしたの??」
「どうしたの?じゃないよ。あんたミナがカケルのこと好きだって知ってたんでしょ?それなのに隠れてカケルとつき合うとか、いったいどんな神経してんの?」
ミナに好きな人がいるなんて初耳だった。
しかも私がそのカケルっていう人とつき合っているなんてありえない。
「カケルなんて人、知らないけど…」
「はぁ?噂になってんの。知らばっくれんじゃねーよ!」
「本当に知らないの!ミナ、私に彼氏なんていないの1番よく知ってるでしょ?なんとか言ってよ…」
ミナはこちらを向かなかった。
ずっと泣いて他の部員たちに慰められていた。
「ダブルス解消だから。ミナにはシングルで次の試合に出てもらう。シングルはもう要らないし、ペアのいないあんたは部活に来る意味ないから。もう来なくていいよ。」
「そんな…」
そう言い切ると部員たちは部室から私の制服と荷物を外に投げ捨てた。
私は中学生の時のことを思い出した。
ここで言い返しても悪化するだけだろう。
私はジャージのまま荷物を拾い、家に帰った。
家に帰った私はまっすぐパソコンの前に行った。
おばあちゃんがいつもと違う様子に驚いて部屋まで見に来た。
「どうした?なんかあったのかい?」
「なんでもないよ!」
「すぐご飯にするからね。」
「はーい!」
ここでおばあちゃんを心配させてはまた同じことになりかねない。
私はネットで例の噂を調べた。
それはすぐに出てきた。
名前は出ていなかったがA子さんに私の写真が使われていた。
目に黒い線が入っているがどう見ても私の写真だった。
誰かが隠し撮りしたような写真だった。
─誰がこんなことを─
私の今までの努力は何だったのだ。
私はミナにメッセージを送った。
しかしブロックされたようでいつまでも既読にならなかった。
────
私は祖父母に心配されないようにいつも通りに過ごした。
もしかしたら誤解を解けるかもしれないと部活の用意もしてきた。
私は校門のところでミナをみつけて声をかけようとした。
「橋田さん、おはよう!」
急に知らない男子の声がした。
私が振り返るとそこには『サッカー部のBくん』がいた。
「今日部活ないんだ。一緒に帰ろうよ。ミスドの新商品食べてみたくてさー。寄ってもいい?おごるからさ!」
─何この人─
私はこの人と話したこともない。
ミナはこの様子を見ていた。
そしてすぐに泣きそうな顔をして走って行ってしまった。
「橋田さん?具合でも悪いの?」
Bくんは優しく声をかけてくる。
私は「大丈夫です。」と言ってその場から逃げるように学校に入っていった。
────
教室に入ると、みんなは一斉にこちらを見た。
すでに噂は広まっているようだ。
私は誰とも目を合わさないように俯くことしかできなかった。
─なぜこんなことに─
Bくんは罰ゲームでも受けているのだろうか。
賭けをしている可能性もある。
何にせよ、彼が演技をしているのは明白だ。
昨日まで話もしたことなかったのに、いきなり「一緒に帰ろう」はおかしすぎる。
その日一日、ミナは私と目も合わさなかった。
────
放課後、私は部活に行く気持ちにもなれず、しかし教室から出るのも怖かった。
Bくんのアレが続いていたらと思うとどうしていいかわからなかった。
私がその気になったら「そんなわけねーだろ!」とドッキリ大成功とでも言わんばかりにバカにされるのだろう。
動画を撮って拡散されるかもしれない。
私が誰もいない教室にいるとBくんがやって来た。
「橋田さん、何してるの?帰ろうよ。」
私はBくんを視界に入れてすぐにまた視線を戻した。
「俺、なんかしたかな…」
「あの、私をからかって楽しいですか?はっきり言って迷惑なんですけど。」
「えっ?何言ってるの?」
「私、あなたと会話したの今朝が初めてなんですけど。」
「ちょっと待って?なにこれ、ドッキリか何か?」
Bくんはスマホの待受画面を見せてくれた。
そこには笑顔のBくんと私がいた。
─なにこれ?─
私の記憶にはない写真がそこにある。
画像を加工したのだろうか?
しかしドッキリにしては手がこんでいる。
「機嫌直してよ!わかった、シェイクもつけるからさ!橋田さん好きでしょ。」
Bくんは私の腕をつかみ、私を教室から引っ張りだした。
忘れ物でもしたのか、ジャージ姿のミナと廊下ですれ違った。
─最悪だ─
そのまま私はBくんに連れ回された。
私がどんなに素っ気なくてもBくんは楽しそうだった。
─この罰ゲームが早く終わりますように─
────
翌日、放課後にBくんに呼び出された。
「橋田さん、ひどいよ…俺、悪いけど許せない。もう、話しかけて来ないで。」
Bくんは悲しげな顔でそう言うと走り去っていった。
─やっと罰ゲームが終わったのか─
私は一安心した。
ミナに事情を話せばもしかしたらわかってもらえるかもしれない。
私はテニス部を覗いた。
それをあの一軍女子にみつかってしまった。
「あんたいい加減にしなさいよ!どこまで性格が悪いの?このアバズレ女!ミナに近づかないで!」
そう大声で言われて、私は走って逃げた。
裏切り者からアバズレ女になっていた。
何かがおかしい。
────
私は家に帰るとまたパソコンで自分のことを調べた。
そこにはまた違う噂が書かれていた。
『A子さん、Bくんという彼氏がいるのにC先生と浮気』
私の写真とともに担任の先生の写真も載せられていた。
─なにこれ…なぜこんなこと─
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「アイラー!先生が来たよ!降りてきて!」
私は驚いて下に行くとそこには担任の先生と校長先生がいた。
─あの書き込みのことを怒られるのかな─
私はそう思ったが違った。
「申し訳ありませんでした!」
担任の先生は玄関で土下座をした。
校長先生も隣で深く頭を下げている。
おばあちゃんは驚いて2人を家にあげた。
家にあがった二人の先生は祖父母の前で土下座をした。
「この度はこのようなことになり、大変申し訳ありませんでした!責任を取って辞職させていただきます。」
担任の先生はそう言って涙を流した。
─そんな、こんなイタズラでそこまで─
祖父母は急に「孫を傷物にされた」「許せない」と言い出した。
─おじいちゃんもおばあちゃんも何を言ってるの?─
私は声も出せずにいた。
先生を巻き込んでこんな大掛かりなイタズラを仕掛ける意味もわからない。
唯一の味方である祖父母まで巻き込んで…
私はわけがわからなかった。
次々と私に関する噂が立ち、それが現実になっている。
─それとも私が無意識に起こしていることなの?─
私はますますわけがわからなくなった。
翌日、学校へ行くと担任の先生が辞職したと言われた。
私はみんなに睨まれた。
若くて優しくて思いやりのある、今どき珍しいタイプのいい先生だった。
私は何が起きているのかわからなくなった。
堪えきれなくなって私はカバンを持って教室を出た。
走って学校を出た。
そんな私を誰も追いかけて来なかった。
────
私は行くあてもなく、薄暗い公園にいた。
昼間だっていうのに背の高い木が生い茂って陽のあたる場所はほとんどなかった。
私はスマホでその後の私の噂を確かめた。
そこにはまた新しい噂が書かれていた。
『A子さん、万引きで補導される』
もう笑うしかなかった。
私はどこかで万引きをするらしい。
その薄暗い公園の前にパトカーが停まった。
制服の警察官二人がこちらに歩いてくる。
「こんにちは、カバンの中を見せてもらっていいかな?」
私は万引きなんてしていない。
学校からまっすぐここに来た。
私は警察官にカバンを渡した。
「これ、どうしたのかな?今日発売の化粧品だって言うんだけど、レシートあるかな?」
そこには見覚えのないマスカラやリップクリームが入っていた。
そして私に防犯カメラの写真を見せた。
「これ、あなただよね?署まで一緒に来てくれるかな?」
「私、そんな店に行ってません!今日は学校へ行って、それからすぐにこの公園にいました!」
「でもほら、このカバンについてるぬいぐるみ、一緒だよね?」
写真に写っているカバン、それはどう見ても私のカバンだった。
────
私は警察署に連れて行かれた。
おじいちゃんが迎えに来てくれて、お店の店長と警察官に何度も頭を下げて謝っていた。
私も謝るように言われ、わけもわからず泣きながら謝った。
おじいちゃんのおかげて大事にはしないとお店の人は許してくれた。
帰り道、おじいちゃんは一言も喋らなかった。
「ごめんなさい。」
「もういい。もうするな。」
おじいちゃんはそれだけ言って、その後私と目を合わすことはなかった。
────
私は怖くなって学校に行けなくなった。
そして外にも出られなくなった。
私はカーテンを閉めきった薄暗い部屋で布団に丸まっていた。
おばあちゃんは心配してくれていたが、おじいちゃんに「ほっとけ」と言われて私に声もかけなくなった。
私はとうとうひとりぼっちになった。
スマホを見ると私についてのまとめサイトができていた。
そこにはBくんやC先生とのことの他にもたくさんのことが書かれていた。
『A子さんの趣味は動物虐待』
『A子さんは露出狂』
『A子さんは身代わり受験で高校に入学』
どれもこれも身に覚えのないことだった。
そして最後に書かれていたのはこれだった。
『A子さんはイジメで友達を自殺に追い込んだ』
─これが本当なら私のせいで誰かが死んでしまうじゃないか─
私はおそるおそるスマホで調べた。
『○○高校2年生の女子生徒が遺書を残して学校の屋上から飛び降り、死亡しました。』
それはニュースになっていた。
ニュースには見覚えのある人が映っていた。
─ミナが死んだ─
私は怖くなってスマホを投げ捨てた。
その瞬間私のスマホに着信があった。
覗くと知らない番号だった。
すぐに家の電話が鳴り、玄関でチャイムが鳴った。
「橋田さん!お友達のことでお話伺えませんか?!」
外から男の叫ぶ声が聞こえる。
窓からチラッと覗くと家の前には車が並び、カメラを持った男の人たちがたくさんいた。
私が覗いているのに気がつくとフラッシュが一斉に光った。
おじいちゃんとおばあちゃんは疲れ果て、怒鳴るのもやめてしまった。
それから数日間、同じことが続いた。
おじいちゃんとおばあちゃんは耐えられなくなって親戚の家に逃げた。
今私はこの薄暗い家に一人だった。
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食べることもできず、水を飲むのがやっとだった。
窓の外にはまだ記者がいる。
スマホの電源は落としたままだ。
怖くて見ることもできない。
─何もしてないのに─
私の頭の中はそればかりだった。
何度も何度も考えた。
─私はどこで失敗したのだろうか─
あんなに考えて、努力して、『普通の女子高生』を演じていたのに。
私は薄暗い部屋の天井を眺めていた。
─もう考えるのも疲れた─
私の人生は終わったのかもしれない。
もう何も考えられない。
急にパソコンの電源が入り、検索バーに私の名前が打ち込まれた。
私はそれを遠くからぼんやりと眺めた。
そして開いたページにはこう書かれていた。
『A子さん 家の窓から飛び降り自殺をはかる。真下にあった石に頭をぶつけて死亡。』
私は布団から出て窓を開けた。
フラッシュが一斉に光る。
私はそのまま飛び降りた。
人生でこんなに光を浴びたのはきっと初めてだ。
そんなことを考えながら飛び降りた。
─うまく石に頭をぶつけられるといいけど─
────