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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第1章

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06 事故が起きるのでは

 そんな訳で、と男は肩をすくめた。

「若い騎士がひとり、いなくなったんですよ」

「若い?」

 仮面の男は聞き返した。

「ヘズオートか。トリッケンか」

「レヴシー・トリッケンです」

 答えてユーソアは目をぱちくりとさせた。

「フェルナー殿は、本当によくご存知だ」

「そうだ。よく知っているぞ」

 くぐもった声が小狡そうに響いた。

「俺に嘘をついたり、隠しごとをしたりすればすぐに知れると思え」

「まさか、嘘も隠しごともいたしません」

 騎士は心外だという顔を見せた。

「〈シリンディンの騎士〉が次なる神殿長殿に嘘などつくはずがない。どうかこのユーソア・ジュゼをご信頼いただきたい」

「信頼だと」

 ヨアティアは鼻を鳴らした

「己の利のために団長の殺害など口走る男が、何をほざく」

「私は断じて、そのようなことは」

 ユーソアはかすかに笑った。

「事故が起きるやもしれません、と申し上げたのみ」

「食えん男だな」

 仮面の下でヨアティアはにやにやした。

「いつやる」

「申し上げましたように、トリッケンの行方が知れぬという問題が生じています。この状態では……」

「何故だ」

 眉をひそめて、ヨアティアは問う。

「むしろ好機ではないのか。トリッケン、アンエスカと姿を消せば、民たちにも動揺が走る。それを治めるためには年若いヘズオートよりお前の方が適任だ」

「それは、判りません」

 ユーソアは顔をしかめた。

「クインダン・ヘズオートは民に信頼篤く、若さは問題にならない」

「自信がないのか」

 挑発するかのように、ヨアティアは言った。

「あの『理想的な騎士』に負けると」

「――いえ」

 年上の騎士は、真剣な顔つきを見せた。

「負けませんとも。たとえ相手が王姉殿下の恋人でも……天才剣士でも」

「何を言っている?」

「いえ」

 何でもありません、とユーソアは笑みを浮かべた。

「ときにフェルナー殿。ルー=フィン・シリンドラスのことをどうお思いですか」

「何?」

「よくお仕えしていると聞きますが」

「ルー=フィンが? 俺に?」

 ヨアティアは繰り返し、はっと笑った。

「大した冗談だ」

「ですが、彼があなた方ご兄妹のお世話をしていたかと」

 戸惑ったようにユーソアが言えば、ヨアティアは詰まった。

「む。そうだな。それなりに」

 何とも曖昧な言い方で、ヨアティアは齟齬をごまかした。

「あれが、どうした」

「いえ、トリッケンのことで、アンエスカが彼に詰め寄りましたので」

 ユーソアは腕を組んだ。

「いささか、意外で」

「あれはもともと父……前神殿長の飼い犬だからな。アンエスカには気に入らないこともあるだろう」

「ですが団長は、彼を信頼しているようでした」

「上辺だけだ。騎士の頭数が足りないから、仕方なく、腕のいいあれを雇ってるんだろうさ」

 ヨアティアは決めつけた。

「――もっとも、トリッケンは騎士の任務をつらく思って、国から逃げ出したものと思われます」

 息を吐いて騎士は告げた。

「アトラフ殿をご存知ですね」

「ああ。昨日シリンドル入りして、王陛下(・・・)にご挨拶に行ったらしいな」

 男は含み笑いをした。

「彼が、見たそうなのです。国境の手前で、シリンドルから離れる方角に向かっている少年を」

 その外見的特徴はレヴシーと一致し、アトラフは入国の際、国境に誰もいないのを訝しく思った――と語った。

 それは、彼らの前に〈青竜の騎士〉が現れたすぐあとのことであり、クインダンは信じ難いという顔をしていたが、客人を嘘つきだと糾弾することもできず、ただ呆然としていた。

 そのときには「ハルディール」はもう休んでおり、話の続きは明日――つまり今日ということになっていた。

「やはりな」

 知ったようにヨアティアはうなずいた。

「〈シリンディンの騎士〉などと言っても、かつてのような崇高さとはほど遠い。トリッケンは逃げ出し、お前はこう(・・)だ。ルー=フィンも本心から忠義など抱いてはいまい。アンエスカはそれが見抜けぬか、或いは判っていても黙らざるを得ない」

 くすりと彼は笑った。

「ヘズオートだけは昔ながらの騎士像のようだが、却って道化だな」

「そうかもしれません」

 ユーソアも笑った。

「ルー=フィン・シリンドラス」

 ゆっくりとユーソアは呟いた。

「あの男には、騎士の資格などない。過去の罪に目をつぶってその座を許す団長などどうかしている」

 吐き捨てるように彼は言った。ヨアティアは仮面の下で面白がるような表情を浮かべていた。

「あんな奴が騎士になってるようじゃ〈峠〉の神もお嘆きだ。私は思うんですよ、フェルナー殿。騎士団は生まれ変わるべきじゃないかと」

「ほう?」

「レヴシー・トリッケンの逃亡は崩壊の序曲だ。いまの騎士たちは、もう誰ひとり、その地位にいる資格がないものと思っています」

「アンエスカもヘズオートもか」

「団長には責任がある。ヘズオートもトリッケン逃亡の徴候を見損なった」

「お前はどうなのだ」

 ヨアティアがもっともすぎる指摘をすれば、ユーソアは笑った。

「本当に全員、いなくなってしまうのはどうかと思いませんか」

「は。自分だけは罪がないという訳だ」

「先達とて過ちを犯す。それを正しながら伝統を保つは、義務でもありませんか」

「よく口が回ることだ」

「心底から思うことを述べております」

 目を伏せて騎士は言う。

「どうでしょう、フェルナー・オーディス殿。トリッケンが消え、ヘズオートが消え、ルー=フィンが消え、アンエスカが消えてしまえば、〈シリンディン騎士団〉はどうなります?」

「お前の言う通り、崩壊だろう。そして」

 仮面の男は鼻を鳴らした。

「お前の望む通り、唯一残ったお前の望むままだ。言いなりになる馬鹿を集めるもよし、父上が考えたように、他国に名誉を売るもよし」

「私の騎士団となります」

 ユーソアはヨアティアの台詞をろくに聞いていなかったように、熱っぽく言った。

「新たな騎士団の長は、ハルディール陛下を支え、新たな神殿長と協力し合う。素晴らしい体制とは思いませんか」

「悪くない」

 一度は露と消えた神殿長の座を繰り返し提示され、ヨアティアはにやついた。

「もとより、俺はそのつもりでいた。いや、アンエスカは邪魔だったがな」

「では決まりですね」

 ユーソアは薄く笑みを浮かべた。

「近々、事故が連発するでしょう。トリッケンの逃亡を信じないヘズオートが、たとえば峠の危険個所などを見回りに行き、そこから足を踏み外すようなことが」

 静かに騎士が言えば、仮面の奥から含み笑いが聞こえた。

「面白い。こんなに面白い男とは思っていなかったぞ、ユーソア」

 満足げにヨアティアは言う。

「口だけではないところを見せてみろ」

「お任せを」

 同じ笑みを保ったまま、〈シリンディンの騎士〉は丁重に礼をした。

「それにしても」

 彼は笑みを消して首をかしげた。

「フェルナー殿は、レヴシーの件などはお聞きになっていませんので? エククシア殿は何もお伝えしないのですか?」

「今後は、アトラフが連絡役を務める」

 少しむすっとしてヨアティアは答えた。

「エククシアは、俺を手駒のひとつのようにしか思っていない。奴らの一族のように、言えば何でも聞くと思っているのだ」

「一族?」

「アトラフのような奴らだ」

 ヨアティアは適当に答えた。

「もっとも、俺も馬鹿ではない。この顔が騒動を呼び起こすことは判っているし……」

「――はい?」

「いや、仮面だ、仮面」

 咳払いをして、彼は訂正した。

「支度が整うまで、ふらふら出歩くような真似はしない」

「支度と仰いますと、次期神殿長としての発表というようなことですか」

「その辺りだ」

「陛下とフィレリア殿の婚約と同時期ということになるやもしれませんね。祝福の雰囲気に包まれれば、反対意見も出にくい」

「どうだろうな」

 仮面の下で反逆者の息子は唇を歪めた。

「お前の思うようには、簡単ではないかもしれんぞ」

「どういう意味で仰っているのです?」

「いや」

 ふん、と彼は笑った。

「お前はそのとき、自分の約束を後悔することになるかもしれんと、そういう話だ」

 そんなふうに言ってヨアティアは手を振った。ユーソアはその言葉を考えるようにわずかに首をかしげたが、何も言わなかった。

「明日」

 その代わり、不意にユーソアは言った。

「明日だと?」

 ヨアティアは繰り返す。

「ええ、明朝」

 ユーソアは少し言い換えた。

「レヴシー失踪を受け、アンエスカは穢れの期の見張りを一名に減らしました。これは私に時間ができるということでもあれば、クインダンにせよルー=フィンにせよ〈峠〉という人目につかないところでひとりになることも意味します」

「は」

 ヨアティアは笑った。

「〈シリンディンの騎士〉を神に最も近い場所で殺そうというのか」

「私は事故が起きるかもしれないと言っているだけに過ぎません」

 騎士は薄笑いを浮かべた。仮面の下でヨアティアはにやにやした。

「明日の朝、迎えに上がりましょう」

「迎えだと。どこへ連れる気だ」

「もちろん、あなたの神殿です」

 さらりと彼は言ってのけた。

「麓の神殿に、客人用の部屋を一室、ご用意します。いつまでもこちらではご不便でしょう」

「不便どころではない」

 ヨアティアはむっつりと言った。

「奴らは俺に、この狭い小屋に日がな一日籠もっていろと言う。律儀に守ってやる必要もないが、この顔……仮面で国をうろつく訳にもいかんしな」

「いったい何の願掛けなのかお伺いしていませんが、お尋ねしてもよろしいものでしょうか」

「願掛けか」

 ヨアティアは鼻を鳴らした。

「父の復讐、というのはどうだ」

「……〈白鷲〉タイオスが殺害したという話のことですか」

「何だと」

 ヨアティアは動じた。

「何故」

「フェルナー殿ご自身が、陛下にそう申し上げたと聞いておりますが」

 目をしばたたいてユーソアは言った。ヨアティアはしばし不自然な沈黙をして、そうだ、その通りだと取り繕った。

「穢れの期が終われば、フィレリア殿と陛下のご婚約も進みます。騎士団長の交替、神殿長の交替と進むには、近くにいていただいて連絡を取りやすい形がいい」

「うむ。そうだな」

 ヨアティアは鷹揚にうなずいた。

「だがボウリスはどうするのだ」

「彼は自身の幼い息子をまだ後継に決定していません」

 ユーソアは言った。

「それ故、フェルナー殿を後継という形にすることは可能です。それから」

 しれっとした顔で、ユーソアは続けた。

「また事故が起きるのではないかと案じております」

「はは」

 男は笑った。

「面白い。いいぞ、ユーソア。気に入った」

 繰り返し、彼は言った。

「有り難き幸せに存じます」

 騎士は丁重に礼などした。

「では明日」

 彼はまた言った。

「お迎えに、上がります」


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