05 団長にまで何かあったら
昨夜は珍しいものが見られた、と彼は言った。
「よりによってアンエスカがルー=フィンに疑いを抱いて、俺たちの前であいつを糾弾したんだ」
「まあ」
「アンエスカらしくないと、俺とクインダンでとめたけどな」
「そうよ」
女は同意した。
「騎士団長らしくないわ」
「……もっとも、俺としちゃ」
ユーソアは呟いた。
「団長は何か気づいているんだと思う。あいつはやっぱり……信頼なんか、していい奴じゃないんだ」
彼は両の拳を握り締めた。
「あいつ、本当に、レヴシーを殺ったのかもしれない」
「まさか」
女は目を見開いた。
「そんなこと、するはずがないでしょう」
「どうしてだ」
ユーソアはますます強く、両手を握る。
「俺は最初、レヴシーは逃げ出したのかもと思ったんだ。実際、十代にはきついと思う。俺みたいに巧いことやれるでもないし」
「アンエスカ団長に釘を刺された件と言い、謹慎の件と言い、巧いことやっているようには、見えないけれど」
「それはともかく」
彼は咳払いをした。
「しかし団長は、そうは思ってなかったみたいだ。クインダンが思わないのは、まあ、あいつはああいう奴だから、任務が嫌になったりしないんだろうが」
「あなたは、なるの?」
女は尋ねた。男は目をしばたたいた。
「まさか」
「よかった」
ほっとしたように女は笑んだ。男は神妙な顔つきをした。
「俺は、〈シリンディンの騎士〉でありたいと思ってる。あの人がちゃんと俺を見ていることも承知だ。だから多少の……」
「多少の?」
「いや」
何でもないと彼は手を振った。女は心配そうな顔を見せた。
「信じているわ、ユーソア。お願いだから、騎士たちの間に亀裂を生むような真似はしないでね」
「俺がやってる訳じゃない」
青年は顔をしかめた。
「ルー=フィンだ。あいつが騎士団に居座ってることが、俺は本当に、気に入らないんだ」
「団長も認めたことでしょう」
「だが団長も疑い出してる」
「まさか……」
「どうしてだ!」
ユーソアはまた言った。
「反逆者の隣で人々を脅し――ニーヴィスを殺した男だぞ! どうしてそんな男を騎士と認められるんだ! 一緒に国を守ろうなんて、思えるはずがない!」
「ユーソア、ユーソア」
女はなだめるように呼んだ。
「落ち着いて」
「……すまん」
彼は謝罪した。
「俺が、もっと早く、騎士になることができていたら。あの出来事の間、シリンドルにいたら。考えても仕方のないことなのに、何度も考えちまう。だが」
息を吐き、ユーソアは首を振った。
「あんたに言うべきことじゃ、なかったな」
「いいのよ」
女は首を振った。
「私には、何でも言って頂戴。その代わり、余所では言わないこと」
「……ああ」
ユーソアはうつむいた。
「すまない。本当に」
繰り返される謝罪に、女は許しを繰り返した。
「それにしても、団長がそんなふうに言うなんて」
女は首をかしげた。
「ねえ、ユーソア」
「うん?」
「団長のことが心配に思えるわ」
「……そうだな」
ユーソアは同意した。
「疑っていたとしても、もっと上手にやれる人だ。いや、そうするつもりだったのかもしれない。最初は、ルー=フィンとふたりで、話をするつもりで」
人員を割けないと言いながら〈峠〉へふたりで行くなどと言い出したのはそのためではないか、とユーソアは推測した。
「もしかしたらアンエスカは、レヴシーを息子みたいに思ってるのかもしれないな。クインダンやレヴシーくらいの子供がいてもおかしくない年齢なんだし」
「そうかもしれないわね」
「それで、らしくもなく、キレちまったのか」
考えるようにユーソアは言った。
「やっぱり、団長には、ちょっと休んでもらった方がいいのかもしれない」
「でも、肯んじないでしょう」
「だな。規定の休暇だって、例の平定からこっち、一日も取ってないみたいだ」
「ハルディール様にお休みがないものね」
「下手をしたら」
ユーソアの視線が下方を向いた。
「無理がたたって病の精霊に憑かれるだとか、思いがけない事故に遭うだとか……あるかもしれないな」
「あら、縁起でもないわ」
女は顔をしかめた。
「レヴシーの行方が知れないということだけでも、十二分に大問題でしょう。団長にまで何かあったら」
「騎士団崩壊、かね」
「何てことを言うの」
「そんな顔するなよ、大丈夫」
ユーソアは、そこで笑みを浮かべた。
「俺がいるだろう?」
その台詞に、女は笑った。
「私を口説くの?」
「いや。いやいや」
男は苦笑した。
「いくら俺だって、まさかそんな」
「ふふ、冗談よ」
女はまた笑って、それから真剣な顔をした。
「無茶はしないでね、ユーソア」
「大丈夫、危ないことなんか何もないさ」
「男はみんな、そう言うわ」
ふう、と女は息を吐いた。
「『自分だけは大丈夫』。いくら〈峠〉の神だって、誰も彼もみんな守る訳にはいかないのよ」
「判ってるさ。神の加護があるから大丈夫、なんて不遜なことを言ったつもりはない」
騎士は片手を上げた。
「でも俺は、あんたを残して死んだりしない。そう、決めたからな」
「まあ」
その言いように女は目をぱちくりとさせた。
「ユーソアったら」
それから、声を上げて笑う。男は笑われたことにがっくりした顔を見せた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないか」
「ごめんなさい、だってやっぱり、口説かれてるみたいなんだもの」
女は笑いながら目頭を押さえた。
「ああ、笑いすぎて涙が出ちゃったわ」
「その……」
彼は言葉を探した。
「すまん」
出てきたのは謝罪のそれだった。
「何を謝るの?」
女は尋ねた。
「いや……」
ユーソアは何を言っていいのか判らないというような顔をした。
「すまん」
彼は繰り返した。
「俺、もう、行かないと」
「そうね。こんなところで油を売っている場合じゃないでしょう」
女は笑いを納め、そして涙を拭いた。
「どうか、レヴシーを見つけて」
「ああ」
生きていればな――という言葉を飲み込み、ユーソアは手を振った。




