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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第1章

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05 団長にまで何かあったら

 昨夜は珍しいものが見られた、と彼は言った。

「よりによってアンエスカがルー=フィンに疑いを抱いて、俺たちの前であいつを糾弾したんだ」

「まあ」

「アンエスカらしくないと、俺とクインダンでとめたけどな」

「そうよ」

 女は同意した。

「騎士団長らしくないわ」

「……もっとも、俺としちゃ」

 ユーソアは呟いた。

「団長は何か気づいているんだと思う。あいつはやっぱり……信頼なんか、していい奴じゃないんだ」

 彼は両の拳を握り締めた。

「あいつ、本当に、レヴシーを殺ったのかもしれない」

「まさか」

 女は目を見開いた。

「そんなこと、するはずがないでしょう」

「どうしてだ」

 ユーソアはますます強く、両手を握る。

「俺は最初、レヴシーは逃げ出したのかもと思ったんだ。実際、十代にはきついと思う。俺みたいに巧いことやれるでもないし」

「アンエスカ団長に釘を刺された件と言い、謹慎の件と言い、巧いことやっているようには、見えないけれど」

「それはともかく」

 彼は咳払いをした。

「しかし団長は、そうは思ってなかったみたいだ。クインダンが思わないのは、まあ、あいつはああいう奴だから、任務が嫌になったりしないんだろうが」

「あなたは、なるの?」

 女は尋ねた。男は目をしばたたいた。

「まさか」

「よかった」

 ほっとしたように女は笑んだ。男は神妙な顔つきをした。

「俺は、〈シリンディンの騎士〉でありたいと思ってる。あの人がちゃんと俺を見ていることも承知だ。だから多少の……」

「多少の?」

「いや」

 何でもないと彼は手を振った。女は心配そうな顔を見せた。

「信じているわ、ユーソア。お願いだから、騎士たちの間に亀裂を生むような真似はしないでね」

「俺がやってる訳じゃない」

 青年は顔をしかめた。

「ルー=フィンだ。あいつが騎士団に居座ってることが、俺は本当に、気に入らないんだ」

「団長も認めたことでしょう」

「だが団長も疑い出してる」

「まさか……」

「どうしてだ!」

 ユーソアはまた言った。

「反逆者の隣で人々を脅し――ニーヴィスを殺した男だぞ! どうしてそんな男を騎士と認められるんだ! 一緒に国を守ろうなんて、思えるはずがない!」

「ユーソア、ユーソア」

 女はなだめるように呼んだ。

「落ち着いて」

「……すまん」

 彼は謝罪した。

「俺が、もっと早く、騎士になることができていたら。あの出来事の間、シリンドルにいたら。考えても仕方のないことなのに、何度も考えちまう。だが」

 息を吐き、ユーソアは首を振った。

「あんたに言うべきことじゃ、なかったな」

「いいのよ」

 女は首を振った。

「私には、何でも言って頂戴。その代わり、余所では言わないこと」

「……ああ」

 ユーソアはうつむいた。

「すまない。本当に」

 繰り返される謝罪に、女は許しを繰り返した。

「それにしても、団長がそんなふうに言うなんて」

 女は首をかしげた。

「ねえ、ユーソア」

「うん?」

「団長のことが心配に思えるわ」

「……そうだな」

 ユーソアは同意した。

「疑っていたとしても、もっと上手にやれる人だ。いや、そうするつもりだったのかもしれない。最初は、ルー=フィンとふたりで、話をするつもりで」

 人員を割けないと言いながら〈峠〉へふたりで行くなどと言い出したのはそのためではないか、とユーソアは推測した。

「もしかしたらアンエスカは、レヴシーを息子みたいに思ってるのかもしれないな。クインダンやレヴシーくらいの子供がいてもおかしくない年齢なんだし」

「そうかもしれないわね」

「それで、らしくもなく、キレちまったのか」

 考えるようにユーソアは言った。

「やっぱり、団長には、ちょっと休んでもらった方がいいのかもしれない」

「でも、肯んじないでしょう」

「だな。規定の休暇だって、例の平定からこっち、一日も取ってないみたいだ」

「ハルディール様にお休みがないものね」

「下手をしたら」

 ユーソアの視線が下方を向いた。

「無理がたたって病の精霊(フォイル)に憑かれるだとか、思いがけない事故に遭うだとか……あるかもしれないな」

「あら、縁起でもないわ」

 女は顔をしかめた。

「レヴシーの行方が知れないということだけでも、十二分に大問題でしょう。団長にまで何かあったら」

「騎士団崩壊、かね」

「何てことを言うの」

「そんな顔するなよ、大丈夫」

 ユーソアは、そこで笑みを浮かべた。

「俺がいるだろう?」

 その台詞に、女は笑った。

「私を口説くの?」

「いや。いやいや」

 男は苦笑した。

「いくら俺だって、まさかそんな」

「ふふ、冗談よ」

 女はまた笑って、それから真剣な顔をした。

「無茶はしないでね、ユーソア」

「大丈夫、危ないことなんか何もないさ」

「男はみんな、そう言うわ」

 ふう、と女は息を吐いた。

「『自分だけは大丈夫』。いくら〈峠〉の神だって、誰も彼もみんな守る訳にはいかないのよ」

「判ってるさ。神の加護があるから大丈夫、なんて不遜なことを言ったつもりはない」

 騎士は片手を上げた。

「でも俺は、あんたを残して死んだりしない。そう、決めたからな」

「まあ」

 その言いように女は目をぱちくりとさせた。

「ユーソアったら」

 それから、声を上げて笑う。男は笑われたことにがっくりした顔を見せた。

「そんなに笑わなくてもいいじゃないか」

「ごめんなさい、だってやっぱり、口説かれてるみたいなんだもの」

 女は笑いながら目頭を押さえた。

「ああ、笑いすぎて涙が出ちゃったわ」

「その……」

 彼は言葉を探した。

「すまん」

 出てきたのは謝罪のそれだった。

「何を謝るの?」

 女は尋ねた。

「いや……」

 ユーソアは何を言っていいのか判らないというような顔をした。

「すまん」

 彼は繰り返した。

「俺、もう、行かないと」

「そうね。こんなところで油を売っている場合じゃないでしょう」

 女は笑いを納め、そして涙を拭いた。

「どうか、レヴシーを見つけて」

「ああ」

 生きていればな――という言葉を飲み込み、ユーソアは手を振った。


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