03 ご苦労だった
どういうことなんだ、とイリエードは詰め寄った。
「あれは何だ、魔術なのか。あんたらは町んなかでの魔術を禁じてるだろう。さっさと捕まえたらどうなんだ」
魔術師イズランを前に彼が苦情を申し立てたのは、不気味な出来事に出会ってから数日ほど経った日のことだった。
彼とモウルは、歴戦の戦士の冷静さで「人間の破片」に対処した。即ち、タイオスが適切と考えたのと同じように、魔術師協会へ行った。町憲兵隊に訴え出たところで仕方ないと判っていたからだ。
だが状況を話してみたところで協会の答えは「調査します」に過ぎなかった。調査ではなく対処をしろと戦士は言ったが、「調査の結果、その必要があればそうします」――悠長なことを言うな、とイリエードは怒鳴った。
しかしモウルが彼を諭した。必要と判断すれば協会は動くし、動かないことを決めたとしたら脅してもすかしてもなだめても泣き落としでも動かない連中なんだから怒鳴っても仕方ない、とかつての戦士は言った。
そこで彼らは見張りを――より慎重に――継続しながら、イズラン・シャエンからの連絡を待った。
そしてようやくやってきたその機会にイリエードの鬱憤が爆発したところだった。
「あの酔っ払い以外にも、あいつらにつっかかろうって阿呆は出てくる。いや、既に粉々かもしれん」
苦い顔で彼は言った。
「早く何とかせんと」
「何故だ?」
とイズランが問い返してきたのを聞き、イリエードはぽかんと口を開けた。
「な、『何故だ』ぁ!?」
「何を素っ頓狂な声を出す」
面白がるようにイズランは言った。
「お前は、自分の勤める店にさえ問題が起きなければそれでいいのではなかったのか」
「そりゃ、最初はそう言ったさ。だがなあ、マールギアヌの、ラスカルトの、世界の危機だと言ったのはそっちだろう。人を乗せといて、『ありゃ嘘です』かい?」
「事実だ」
魔術師は肩をすくめた。
「お前の協会への報告はずいぶん役に立った。連中の能力については、ほとんど未知だったからな」
「……おい」
「精神、記憶の調整のみならず、肉体にも外部から変化を与えられるとなれば、これは厄介だ。氷のつぶてを投げつけたり、冷気を風鎌に乗せたりするのとは訳が違う。芯まで、或いは芯から凍らせてしまうとは」
「おい」
「それだけの能力を持つ種族であるからこちらへの進出を目論んだ――とも言えるが、何故、いまなのか。それが判らん。たまたま、ライサイが野望を持ったと言うだけなのか」
「おい!」
ばん、とイリエードは卓を叩いた。
「訳の判らんことをごちゃごちゃぶつぶつ呟いてんじゃねぇぞコラ」
彼が言えば、イズランは少し笑った。
「何が可笑しい」
「いや。そうした態度はその年代の戦士に顕著なのか、それとも友人の癖をどちらかが真似るようになったのか、と思ってな」
「あぁ?」
「いや」
何でもないと魔術師は手を振った。
「連中は何も、人間を氷像にして回っている訳ではない」
それから魔術師はそう言った。
「もしもそのような目的があるなら、被害はもっと圧倒的に多いはずだ」
「それは、そうかもしれんがな」
イリエードはあごを撫でた。
「だが……」
「杭だ」
「はあ?」
「奴らは魔力線に杭を打ち込み、何かの固定を目論んでいる」
「杭? 固定?」
「リゼンだけではない。スマドール、ウィスタ、エネーヴル、タクラズ、キルヴン、ジンシル、ニトルトス、イーセール……」
イズランは呪文のように地名を並べ立てた。
「そして――シリンドル」
「何だか判らんが」
その地名は、特にイリエードの記憶を刺激しなかった。
「あんたは奴らを化け物だと知り、俺に見張りをさせておきながら、いざことが起これば素知らぬふり。あんた、何のために俺を雇ったんだ」
「判っているではないか」
イズランは言った。
「見張りだ」
「あのなあ」
戦士は息を吐いた。
「俺だってそれなりに場数を踏んでるし、『人々が危険なのに放っておけるか』なんて青臭いことを言うつもりはない。だが実際、人が死んでる。……死んでるんだよな? あれは」
ついイリエードは確認した。イズランは簡単にうなずいた。
「砕かれれば異論の余地はないが、全身が氷のようになった時点で、もう死んでいると見てよかろう」
実に淡々とイズランは言った。
「――何とも思わんのか」
「何を思えと?」
「罪悪感とか、そういうものを覚えんのかと言ってるんだ」
「的外れもいいところだ」
イズランは肩をすくめた。
「私が凍らせた訳ではない」
「だが、知っていた」
「知らなかったと言ったはずだが」
「じゃあ、いまは知っていると言い換えるさ。何故、対策を取らん?」
「それは私の務めではないからだ」
「なら何のために見張ってる」
苛々とイリエードは尋ねた。
「『自分は何でも知っている』ふりでもしたいためか?」
「イリエード」
魔術師は顔をしかめた。
「お前は何だ? 雇われ戦士の身で、雇い主に意見か」
「雇われの身だって、意見くらい言うもんさ。忠誠を誓った訳でもあるまいし」
戦士も渋面を作った。
「それくらいの権利はあると思うね。うるさければあんたは俺をクビにすればいい」
「ではクビだ」
あっさりとイズランは言った。
「これまでの報酬は払おう。ご苦労だった」
「おい。おいおい」
イリエードは両手を上げた。
「短気を起こすなよ」
「熟慮の結果だ、イリエード。次はもう少し、賢い男を選ぶことにしよう」
「じゃあ、俺なんかどうだ?」
と片手を上げたのは、これまでじっと黙っていたモウルであった。
「おやっさん……」
イリエードは苦笑いを浮かべて〈縞々鼠〉亭の親爺を見た。
「俺ぁこのガキより年食ってる分、余計なことは言わんがね」
モウルは澄まして、四十男を「ガキ」呼ばわりした。




