11 危ないだろうが
「魔物と言っても生き物ですから、急所を貫かれたりですとか、血を大量に流したりですとか、そうしたことがあれば人間と同じように死にます。ですから魔術師に限らず、ある程度以上の技能を持つ戦士が集まれば決して怖ろしいばかりの相手ではありませんが……」
「問題は、報酬もなしに剣を振るおうって戦士はあんまりいないってことだ」
戦士は言い切った。
「てめえの命を守るためなら、この場合、下手に戦いに参加するよりもどっかに逃げちまった方がいい。俺ならそう思うね」
「タイオス殿が『そう思』っているとは思えませんが」
「何の関わりもなければ、だよ。いちいち言わんでも判るだろうが」
「きちんと言っていただかなくては判りません。魔術師とて、人の心を読む訳ではありませんから」
「……根に持ってんな」
タイオスはぼそりと呟いた。
「何にせよ、あくまでも現状です」
サングは首を振った。
「彼らの個体数がどこまで増えるか、判りませんので」
「淡々と言うな、淡々と」
「大仰に言えばよいのですか?」
「侵略だなんて。本当なら大変なことじゃないですか」
リダールはおろおろしたように言った。
「もちろん、大変なことです」
「父上に……」
「お話ししたところで、失礼ですが、何にもなりませんでしょう。キルヴン閣下がリダール殿の言葉を真剣にお聞きになったとしても、首都に注進すれば笑い者です」
「そんなの、やってみなくちゃ」
「やらずとも判ることもあります」
あくまでも魔術師は冷静だった。
「とにかく、リダール殿、それからシィナ殿でしたね。あなたたちは、そのローブの者たちに近寄らないことです。ご友人にはお話ししてもかまいません。笑う者もいるでしょうが、信じる者もいる。風評になって人々が怖れ、避けるようになれば、被害もそう増えない」
「被害? 被害だって?」
シィナは目を丸くした。
「どういう意味だよ? あの『呪い』……」
「呪いではありません。ソディエには、人間の身体を氷のように固まらせてしまう能力があるのです」
「え……」
「そ、それってつまり」
リダールとシィナは息を呑んだ。
「あなた方の見た『若旦那にそっくりの彫像』は、その若旦那そのものだということです」
容赦なく明かされる事実に、少年たちは目と口をあらん限りに開けていた。
「そ、それじゃ、若旦那は……」
転がっていた頭部。どんなに想像力がなくても、頭部を落とされた人間が生きていないことくらいは判る。シィナは蒼白となった。
「お気の毒ですが」
淡々とサングは言った。
「仮に、そうして像を破壊されなくとも、術が完成された時点でおしまいです。魔術による呪いであれば解く術もありますが、魔族の技は我らのものと違う」
「じゃ、じゃあ、町の人たちが危ないじゃないか!」
リダールは悲鳴のような声を上げた。
「風評が広まることを待ってなんかいられない。すぐに、どうにか」
「どうすると言うんです? お父上の名を以て、彼らは危険人物だから近寄るなとでも触れを? 意味もない混乱が起きるだけです。町憲兵隊に排除でもさせますか? 町憲兵たちの氷像ができますけれど」
「そんな……」
「気の重いことでしょうが、地道に噂を流すのが一番です。タイオス殿を駆り出して彼らと喧嘩などは、なさいませんよう」
これはリダール、シィナのみならず、タイオスへの忠告でもあった。戦士はうなる。
「だがなあ、放っておく訳にも……」
「協会に調査依頼をしたのですから、何かしら協会が動きます」
「意見は割れてる、と言ったのはお前じゃないか」
「関係する街町と周辺にある協会が一丸となって対抗するということには意見が割れているということです。魔術師にだって『自分たちの街』ですとか『故郷』だとかいう概念はありますから、そこを守るくらいは、放っておいてもやります」
きっぱりと魔術師は言った。
「もとより、ああして人間を殺すことは、彼らの目的ではないはずです。彼らは人間を『家畜』……餌として、囲い込みたいのですから」
「何だって?」
タイオスは口を開けた。
「餌、だあ?」
「何も食肉として食らうのではありません。そういう種族もいますし、ソディエが絶対にそうではないとも言えませんが、少なくともカヌハの村に『宗主への生け贄』というような風習はない。おそらく、異なるでしょう」
「おいおい」
曖昧だなとタイオスはうなった。
「でも、それじゃ何なんだよ、餌ってのは」
シィナが気丈に問うた。
「先ほども少し申し上げましたが、心の動き、感情……波動などと言われるもの。魔族はそれを食します。食らい尽くされれば死にますから、安全ではありませんけれど」
サングはそんな説明をした。非魔術師たちが完全に理解できたとは言えなかったが、少なくとも「頭から丸かじり」ではないらしい、ということは判った。
「協会の動向が心配でしたら、私から注進していきましょう。他協会とは言え、導師の言葉は重んじられますから」
「導師」
リダールは驚いた顔をした。だがさすがにと言おうか、「うわあ、サング殿は導師だったんですか。すごいですね」というようないつもの能天気な言葉は、彼から出なかった。
「ちょっと待て」
またしてもタイオスは言った。
「注進して、いく?」
「ええ」
「どこに、行くんだ」
「自協会へ戻ります」
サングは答えた。
「ソディエが人間を殺めている例が、これで五件確認されました。判明していないだけの事例もありそうです。連絡だけならこの場で済みますが、もう少し話を進めなくては」
「仕事って訳か」
タイオスは腕を組んだ。
「ま、何つうか、あれだ。しっかりやれ」
戦士が言うと、魔術師は意外そうに片眉を上げた。
「……何だよ」
「いえ。途中で投げ出すのかと詰られるのではと」
「俺がお前さんに何か頼んでた訳じゃないだろうが。往路の短縮は助かったさ。復路に予定だけかかっても、半分だ」
「ヴィロン殿を同行するなら、神殿にも神殿同士で移動できる仕組みがあるはずですから、もっと短くなるでしょう」
「そりゃ有難い」
「ただ、ひとつだけ」
サングは指を一本、立てた。
「彼には気をつけて」
「は?」
タイオスは目をぱちくりとさせた。
「彼? ってのは、ヴィロンのことか?」
「ええ、そうです」
「同行させるなと言いたいのか?」
「そうは言いません。決めるのはタイオス殿ですし、彼の考えがどのようなものであれ、有用かもしれないという意見は既に述べました」
「じゃ、何だ。その『気をつけろ』ってのは」
「そのままです。気をつけてください」
「おい……」
「では、わたくしはこれで。お三方とも、ゆめゆめ、忠告をお忘れなきよう」
その言葉を最後に、アルラドール・サングはふっと姿を消した。タイオスは顔をしかめ、リダールは目を見開き、シィナはびくっとした。
「き、消えた」
「魔術師だからな」
タイオスは知ったようなことを言ったが、内心では疑問が渦巻いていた。
(ヴィロンに気をつけろ?)
(まじで優秀だと言ってたくせに、何なんだ)
(「神官なんか信じるな」ってことかね)
サングはずいぶん、ヴィロンに突っかかっていた。ヴィロンの方でも同様だったが、やはり魔術師と神官の間には軋轢があって、「信じろ」とは言いたくないのだろうか。戦士はそんなふうに考えてみたものの、「それだ」という感じはしなかった。
「――さて、お前さんたち」
「魔術師の戯言」に頭を悩ませていても仕方ない。心の隅にだけ留めておくことにして、彼は気を取り直すように手をぱちんと打ち合わせた。
「サングの言ったことは、まじだぞ」
たぶん、と心のなかでつけ加える。
「そいつらには近寄るな。やばい奴らだと吹聴するのはいいが、やりすぎて目をつけられることのないようにな」
「でも……それだけじゃ」
「魔術師協会を信用しろ」
彼はリダールの言を制した。
「正直、胡散臭い連中ではあるが、それでも」
息を吐いて、戦士は続けた。
「奴らは人間だ」
「本当に……魔物とか、侵略とかって」
呆然と、シィナ。
「オ、オレ、〈空飛ぶ蛇〉亭に行ってくる! 親父さんたちに話さなきゃ」
タイオスはすんでのところで、くるりと踵を返したシィナを捕まえた。
「コラ、待て」
「何だよ、放せよ、クソオヤジっ」
「その店は、さっき言ってた、連中もよく利用するところなんだろ? お前がぎゃあぎゃあ喚いてみろ、奴らに聞かれる。目立つ真似はするな」
「んな、んなこと言ったって」
「それから」
こほん、と中年戦士は咳払いをした。
「二階の窓から出入りなんかするな。危ないだろうが」
「落ちたりしねえよっ。オレはリダールみたいに鈍臭くないんだからよ!」
「コラ」
彼は繰り返した。
「その乱暴な言葉遣いも改めろ。女の子だろうが」
「うっせぇ!」
少女はくるりと反転すると、思い切り戦士の向こうずねを蹴った。
「古臭えんだよ、クソオヤジ!」
「うおっ」
思わぬ反撃にタイオスは手を緩め、シィナは彼の手から逃れると、へへんと笑った。
「オレはキルヴンの町を守るぜ! おっさんはそこで、びくびくしてな!」
「こらっ、待てと」
「シィナ! 待ってよ!」
リダールも叫んだが、シィナがとまる気配はない。タイオスは舌打ちした。
「どいつもこいつも、クソガキだ」
「す、すみませんタイオス。大丈夫ですか」
「ありゃずいぶん元気のいい嬢ちゃんだが、女子供に蹴られて本気で痛がってたら情けないだろ」
大丈夫だ、とタイオスは手を振る。
「すみません、シィナはいっつも、あんななんです」
「お前が謝ることじゃない」
彼は苦笑した。
「そんなことより、〈空飛ぶ蛇〉とやらの場所を教えろ。あの調子じゃ嬢ちゃんは、俺の心配してる通りに騒ぎ立てるぞ」
「や、やりかねないです」
シィナの友人はうなずいた。
「案内します!」
「よし」
急げ、と戦士は指示し、少年は真剣にうなずくと走り出した。




