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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第4章

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09 何だ、こんなのかよ

 何でそういうことになったんだ、とタイオスは首をひねっていた。

「簡単ですよ」

 と、サング。

「自分の推論を試したいのです」

「まあ、その推論とやらが当たってて、巧いこと行くなら大歓迎だが」

 キルヴンの町へやってきてたかだか半刻で解決のめどが立ったなら、こんなにいい話はない。感動的なほどだ。

 あのあとコズディム神官はさっさと部屋を出てしまい、残された彼らは揃って目をぱちくりとさせて、それから仕方なくキルヴン邸へとやってきた。神殿に居残っている訳にもいかなければ、相談もしたかったからだ。

「なあ、リダール」

 タイオスは少年に話しかけた。

「お前は、ヴィロンからもっと何か聞いてたりしないのか」

「いえ」

 少年はふるふると首を振った。

「僕にもずっと、あんな調子でした」

「未確定のことを言明したがらないというのは、それほど不審なことでもありません」

 サングがそんなことを言うので、タイオスは片眉を上げた。

「お前さん、突っかかってたじゃないか」

「あれは一種の挑発です。タイオス殿もやっていたじゃありませんか」

「そういうことか」

 戦士は苦笑した。

「乗ってもらえなかったがな」

「クライス・ヴィロン。『あの若さにしては優秀だ』と言うのではない。将来を期待されてと言うのでもなく、現状の能力で神官長の座に就いているようですね」

 魔術師は知ったような口を利いた。

「もとより、八大神殿は人材潰しが得意ですから、若き成功者などはそうそう出ない。彼は非常に稀ですね」

「けなしてんのか褒めてんのかどっちだ」

 思わずタイオスは呟いた。

「ただの事実です。神殿は年功序列の傾向がありますので、優秀な若手は老人の醜い嫉妬によって潰されがちだ。それを超えて神官長になったということは、余程強力なつてがあるか、そうでなければ、ありとあらゆる邪魔立てをくぐり抜け、老人たちがどうにも否定できないほど、とてつもなく優秀だということになります」

 魔術師が淡々と言うので、タイオスはうっかりそのとげとげしさを見逃してしまうところだった。

「私は彼を五十代の熟練神官と同じように考えるべきでした」

「まあ、要するに、神殿は気に入らないがヴィロンの能力は認めるって訳だな」

 それなら手短に言え、と彼は内心で思ったものの、言っても改まらないだろうということは容易に推測できたので、敢えて言わないことにした。

「じゃあ、奴の考えにはそこそこ信頼性がありそうってことか。つまり、可能性が」

「可能性は何にでもあります」

「ええい、そういうことを言ってんじゃねえ」

 タイオスはばんばんと卓を叩いた。

「公正に。神官への偏見抜きで。お前はあいつが『フェルナーを救う』ことができると思うか、と」

「やり方も聞いていないのに、推測など立てられません」

 きっぱりと、サング。

「彼個人の資質は、認めます。ですが、前例のない事態をどう納めるか、納められるのか、それは想像すらろくにできません」

「ううむ」

 タイオスはうなった。

「じゃああれか。やらせてみるしかないと」

「危険な賭けと言えますが、ほかに賭け札がないのですから仕方ないとも言えます」

「どういう意味で危険だって言うんだ?」

「奇襲の機会は一度きりということです」

 指を一本立てて、魔術師は告げた。

「彼らが、本当にタイオス殿が逃げたと信じているとは思えません。『どうせ戻ってくる』と思っている」

「なめられてんのか、買いかぶられてんのか」

 戦士は唇を歪めた。

「事実でしょう。あなたは『どうせ戻る』つもりだ」

「そりゃ、ハルをあのままになんざ、しておけるかよ」

「ハル?」

 リダールが口を挟んだ。

「それは、ハルディール王陛下のことですよね? 陛下がどうなさったんですか?」

 少年はいくばくかの好奇心と、それから、話に聞いているだけの「少年王」への親愛――もしかしたら、「お話の登場人物」に対する親愛――からくる危惧とでもって尋ねた。タイオスはじとんとリダールを見て、息を吐いた。

「何でもない」

「ええ?」

 不満そうにリダールは顔をしかめた。

「『何でもない』って感じじゃ、ありませんでしたよ。僕には内緒なんですか?」

「ああ」

 戦士は肩をすくめた。

「内緒だ」

「ずるいです、タイオス」

「世の中には知らなくてもいいことというのがあってな……」

「フェルナー殿がハルディール陛下を乗っ取ったというのは、そんなに、知らなくてもいいことですか」

「え」

「サング、てめえ!」

 彼の気遣いを一(リア)で粉砕してくれた魔術師にタイオスは怒鳴ったが、いつも通り、サングは平然としていた。

「むしろ、きちんと告げておくべきでしょう。タイオス殿はフェルナー殿を救うことより、陛下をお助けすることの方を重視している、と」

「――どっちも助けられりゃ、いちばんだ」

「それはもちろん、最上です。ですが最上への道は細く険しい。戦士殿はそれくらい、承知の上と思いますが」

「そりゃあ、俺は承知だ。だが」

 リダールは戦士じゃない。そう言おうとして、彼はまた嘆息した。

(ガキ扱いもほどほどにせんとな)

(こう見えてもこいつは十八なんだし、将来はキルヴンの町を背負って立つ身だ)

(そうじゃなくても、こいつが友だちを助けたいと思っていることを知りながら、俺はいざとなったらフェルナーを見捨てると決めてることを黙ってようなんてのは卑怯……いや)

(裏切りと言っても、いいわな)

「そうだな。サングの言う通りだ」

 彼はまっすぐにリダールを見た。

「そうだ、リダール。フェルナーはいま、お前の身体を使ったように、ハルの身体を使ってる。俺はお前のときと同じように、それを見過ごせない。フェルナーがエククシアたちに利用されていることは判っているが、あいつではなくお前を助けたように、俺はハルを助けるつもりでいる」

「タイオス……」

 リダールは目をぱちぱちとさせ、与えられた情報を考えるかのようだった。

「もっとも、お前に関しちゃ『俺が助けた』とも言えんな。奴らにお目こぼしいただいたみたいなもんだ。だが今回は期待できんだろう。する気もないが」

 戦士は鼻を鳴らした。

「ヴィロンの『救う』方法が、フェルナーを冥界に送ることでも……いや、たとえ獄界に送ることでも、俺はそれを採る」

「仮にも神官が、『獄界に送る』ことを『救う』とは言わないと思いますけれど」

 サングが口を挟んだ。

「うるさい。たとえだと言ってるだろう」

「――判りました」

 リダールはうなずいた。

「獄界云々はともかく」

 少年は胸の辺りを押さえた。そこには、魔除けの玉が下げられている。

「タイオスがそういうつもりでいるということは判りました。タイオスの立場であれば当然と思います。でも僕は」

 少年は顔を上げた。

「僕は、フェルナーが救われることを願ってますし、できることをしていきたいです」

「……ああ」

 タイオスはうなずいた。

 リダールの気持ちも、判っている。彼だって、救えるものなら救ってやりたい。どれだけ「生意気で腹の立つクソガキ」でも、被害者だ。

 しかし同時に、難しいと理解している。この「難しい」はほぼ「無理」と同義だということも、彼は理解している。リダールはまだ、理解できていない。夢を、期待を抱いている。

 そこが少しだけ痛くて、済まないような気持ちになる。

「とにかく、ヴィロンを連れて行くのが唯一にして見込みのある案だな。こうなったら今日は早いとこ休んで」

 と、彼が言い終えない内だった。

 ばたん、と窓が開いた。

 はっとして戦士は、とっさに剣に手をかける。

「リダール!……何だ、そいつら」

「シ、シィナ!」

 例によってシィナが、窓から入ってきた。

「何だ、ガキか」

 ぽろっと言ったタイオスは、シィナから睨まれた。

「何だよ、リダール。このオヤジは」

 本当に本当の「子供」からこう言われるのは致し方ない。タイオスはおそらく親と同年代か、下手をしたら年上なのだ。

「何度か話した、タイオスだよ。〈シリンディンの白鷲〉の」

 にこやかにリダールは紹介したが、シィナは目をぱちくりとさせた。

「うええっ!? こんな、冴えないオヤジが!?」

「悪かったな」

 これにはつい、呟きが出た。

「何だ、こんなのかよ。お前がやたらと褒めるから、もっと色男を想像してたのに」

 さんざんな言われようである。

「生憎、〈白鷲〉は顔で選ばれる訳じゃないらしい」

 肩をすくめて彼は言った。サナース・ジュトンはいい男だったようだが、どうやらたまたまだ。

「でもまあ、いいや」

 シィナは気を取り直すように首を振った。

「すごい戦士なんだろ? ちょうどいい、手伝ってもらおうぜ」

「はあ?」

「ま、待って、シィナ。タイオスは、それどころじゃなくて……」

「『それどころ』って何だよ。お前、キルヴンの町存亡の危機を大したことないって言うのか?」

「存亡の危機だなんて、大げさな……」

「危機感ねえなあ!」

 シィナは呆れたような声を出した。

「奴らが、悪い魔法使いの大群なのは明らかだろ! この町を滅ぼすつもりなんだって!」

「そんな」

「おいおい」

 タイオスは顔をしかめて口を挟んだ。

「何ごとなんだ?」

「お聞きしてみたいものですね」

 と、サングが続け、シィナはびくっとした。

「ま、魔術師!」


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