07 喧嘩すんな
神殿は魔術師の訪問を断るかもしれないが、リダールが「ヴォース・タイオス」を拒否することはないはずだと、タイオスはのんびり待っていた。裏でどういうやり取りがあったにせよ、彼らはふたりとも、数分と経たずに奥へと案内された。
「タイオス!」
喜色満面で立ち上がったのは、もちろん、リダール少年である。
「わあ、きてくれたんですね! びっくりしました。でも嬉しい驚きです。ゆっくりできるんですか?」
その問いかけにタイオスは苦笑した。ハルディールとよく似た反応だ。
これは彼らが似ていると言うより、ヴォース・タイオスが彼らに与えている影響が似ている、とも言えただろう。
「サング殿まで!……何だか意外な組み合わせですね?」
リダールは首をひねった。
「そうでもありません」
サングは答えた。
「リダール殿がここにいる理由を考えれば」
「あ……」
そこで少年は笑みを消した。
「な、何か、判ったんですか!」
「すまん」
タイオスは素早くリダールの期待を制した。
「何も判ってない。むしろ俺が、訊きにきたんだ」
「そう、ですか」
リダールは目をしばたたいた。
「戦士と……魔術師か」
そこで、じっと座っていた人物が声を出した。
「神殿に入り込んで神官の意見を聞こうとは、なかなか、面の皮の厚い魔術師もいたものだ」
「他者の言葉を無闇に否定せず、きちんと考察を進めることは重要と考えます。たとえそれが、あまりに的を外した意見でも」
「おいおい。待て待て」
タイオスは手を振った。
「喧嘩腰になるな」
「私が、いつ、そのような?」
「いま。思い切り、やったろうが」
「矢を射かけられれば盾をかざすは道理ではありませんか、戦士殿」
「鏃のない矢みたいなもんだったろうが。少し黙ってろよ」
厳しくタイオスが言えば、サングは肩をすくめた。
「そっちもな。いくら招かれざる客でも、神官サマならもうちょっと慈愛ある発言をお願いしたいね」
それから彼は神官にも言った。
(こいつ、若いな)
改めて神官を見れば、黒髪に青い瞳が印象的な――珍しいな、とタイオスは思った――まだ二十代の青年というところだった。
(その割には何つうか)
(自信に満ちたご発言)
「クライス・ヴィロン殿です」
リダールが紹介した。
「ヴィロン殿、こちらはヴォース・タイオス殿と、ええと」
「アルラドール・サングと申します」
サングの完名を知らなかったリダールは紹介に迷い、サングは自ら名乗った。
「ヴィロン神官は、コズディム神官とお見受けしますが」
特に黙る気はないようで、サングは確認するように言った。ヴィロンはうなずいた。
「フィディアル神官ラシャとリダール殿の要請で、協力をしている」
「へえ、コズディムの。……サング、何で判った?」
「神官服と印章を見れば一目瞭然でしょう」
「んなこと、知るか」
「ついでに申し上げれば、ヴィロン殿は神官長でいらっしゃる」
サングは自身の左肩を叩いた。ヴィロンのそこを見れば、記章がつけられている。成程、それが神官長の証なのだろうとタイオスは理解した。
「若いのに、やるねえ」
タイオスは素直な感想を洩らした。
「優秀って訳だ。結構結構」
年寄り臭い調子で彼はうんうんとうなずいた。
「じゃあヴィロン神官はみんなご承知、ってことでいいのか?」
タイオスはリダールに確認した。少年はうなずく。
「ちょうど、その話をしていたんです。タイオスがやってきたと聞いたときは、僕、夢を見ているのかと思いました」
「現実だ」
苦笑してタイオスは答えた。リダールはまた嬉しそうに笑みを浮かべる。
その笑みは、タイオスとの再会に対するものだけではなかった。少年の言葉は、こう続いた。
「ヴィロン殿が仰るには、フェルナーを救う方法は、あるとのことなんです」
「何」
タイオスはぱっとヴィロンを見た。サングも神官に視線を移す。
「まじか。どう、救う」
「どう、とは」
「だから。『救う』にもいろいろ、あるだろう」
「失われた肉体を生じさせることは不可能だ。それ故、何かしら、代替が必要となろう」
「……それはあんまり、いい感じがしないんだが」
「代替」としてのリダールだった。ヨアティアだった。いまは――ハルディール。
「誰かしらの身体を乗っ取らせるなんてんじゃ、解決にならんぞ」
念のためにタイオスは指摘した。ヴィロンは肩をすくめた。
「無論。そうしたものは、憑き物と言う。そうであれば我らはそれを祓うべき」
「あれは死霊憑きではありません」
サングが口を挟んだ。
「『祓う』ことは、優秀な神官長殿でも無理かと」
「魔術師に何が判る?」
「判ることもあります」
「ええい、火花を散らすな」
タイオスはまたしても仲裁した。
「お前らはどっちも若くて優秀。大変、結構だ。だが変に意識して喧嘩すんな。頼むから」
「失敬な。喧嘩などした覚えはありません」
「ごく普通に返答をしているに過ぎない」
「俺にはお前らが、相手の後ろに相手の組織の看板を見てるようにしか見えんのだが」
中年戦士は腕組みをしてふたりを睨んだが、どちらもどこ吹く風という様子だった。
「もっとも、この件に関しては魔術師の言う通りであると認めよう。除霊、浄霊、どちらもフェルナー・ロスムの件とは相容れない」
「ではどのような対応をお考えです?」
「魔術師に理解できるとは思わぬが」
「誤りの指摘を怖れるのであれば、仰らなくて結構です」
タイオスはもう、何も言わないことにした。
(好きにやってくれ。本当に喧嘩になればとめるが)
(何だかんだと、話は進んでるみたいだしな)
下手にタイオスが疑問を挟んだり的外れなことを言って話を逸らしてしまうより、任せるのがよさそうだ。彼はそう判断した。
「フェルナー・ロスムは死霊ではない。どちらかと言うならば生き霊の一種と考えることができる」
「それはなかなか、面白い」
サングは否定しなかった。
「その境界はどこに?」
「肉体がその働きを止めることにより、『死する』。死んだ身体に魂はとどまれず、浮遊する。そしてラファランが導かれる。これが通常の流れだ」
講義するように、ヴィロン。
「だがフェルナーの場合、生きている間に魂を引きはがされた可能性がある」
「引き」
黙っていようという考えを忘れて、思わずタイオスは声を出した。
「んなことが、できるのか」
「意識を浮遊させる、これは修行を積んだ神官であれば可能なことだ。鳥が飛ぶように空中に意識を飛ばし、実際に目で見るようにとはいかないが、離れた場所で起きていることを知ることができる。これは『生きながら魂を飛ばす』行為であり、危険が伴う故、滅多なことでは行わないが」
可能だとヴィロンは繰り返した。
「その状態に似ていると言えよう。但し、神官が行うのはあくまでも自らに対してのみ。他者の魂を飛ばすことはない」
「『できない』の誤りでしょう」
魔術師は指摘した。
「できぬかどうかは、やってみなくては判らぬな。ただ、言ったように危険な行為。神官たる者、他者で『試してみる』ことなどはせぬ」
神官は答えた。
「成程。物は言い様です」
「我らは、神術のためなら何を犠牲にしてもよいなどとは思わぬのだ」
魔術師と違って、とヴィロンは言わなかったが、タイオスには聞こえた気がした。
「おそらく、誰に対してもできるというものではあるまい。何らかの仕込みが必要だろう。フェルナーは標的とされ、魂を奪われ、そして死んだ」
「その予断はどこからくるのです? つまり、ライサイの能力の限界に対してですが」
「魂を引きはがされれば、人間はやがて死ぬ。邪魔者の排除にそうした手法を取るのであれば、犠牲者は増えているであろうからだ」
「増えていない、という確証はどこに」
「少なくともヴォース・タイオスは死んでいないな」
「俺か」
タイオスは片眉を上げた。
「連中は、まだ俺には生きていてほしいらしい。『幻夜』とやらまで、な」
「幻夜」
神官は繰り返した。
「幻夜か」
「――判るのか?」
タイオスは驚いた。イズランですら、知らないようだったのに。
「何なんだ、幻夜ってのは」
「幻の夜。実際の夜ではない、夜のことだ」
「……あんまし、説明になってないぞ」
彼は顔をしかめた。
「だが、そうとしか言いようがない」
ヴィロンは肩をすくめた。




