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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第4章

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05 得策かもしれない

「で? 極端な命令は聞かなかったとして、それでどうなんだ」

「いささかの破綻は受け入れてしまう」

 サングは答えた。

「王陛下の殺害は無理でも、命令を聞かないくらいのことは、ライサイの指示で可能になるでしょう」

「確かにな」

 タイオスは息を吐いた。

「ハルの命令を無視して、俺に剣を突きつけ続けやがった」

 そのあとで結局引きはしたが、一度目のそれは聞かなかったのである。

「だが、ハルは、いま」

 いまの「ハルディール」はハルディールではない。ライサイ側はフェルナーの命令を聞かせたいはずであり、ルー=フィンを逆らわせる意味はない。

「騎士団長殿はどうです?」

「う」

 ルー=フィンがアンエスカの命令を聞かない。それはなかなかの厄介を引き起こしそうだった。

「ライサイがやろうと思えば、騎士団を分裂させるくらいは容易かと」

「それは『いささかの破綻』なのかい」

「自らの意見を通すことが国のためになる、と思うこともありましょう。普段のルー=フィン殿であれば、自制の重要性も判っているでしょうが」

 サングは首を振った。

「もはや外部からの揺さぶりで彼の目を覚ますことは不可能に近い」

「それじゃやっぱり、ライサイにやらせるしかないのか?」

「いまのところは、それしかないと申し上げるしかありません」

「……くそ」

 たとえライサイに「お願い」などしたところで、向こうは目的があってやっていることだ。タイオスが見返りに何を差し出そうと聞くはずがない。

「ですが、彼があのような状態では、うちの陛下や姫君が文句を言います。私とイズランも少し考えますので、あまり落胆なさいませんよう」

「……それもいささか、安心できる答えじゃないが」

「彼があのままでもよいのですか?」

「それよりは、お前さんに貸しを作った方がましかもしれんな」

 仕方なくタイオスは認めた。

「まあ、なるべく、お前さんが考えてくれ」

「私の方がイズランより『まし』だとお思いですか」

「ぶっちゃけて言えば、そうだ」

「では、ご信頼に沿うよう努力いたしましょう」

 「信頼している訳じゃない」――とはいちいち言わない方がいいな、とタイオスは口をつぐんだ。

「では、参りましょうか」

 それからサングは、語調も変えぬままで話題を換えた。

「どこに」

 タイオスは当然の問いを発した。

「あちらです」

「『あちら』には何があるってんだ」

「それはもちろん」

 当然のように、サングは続けた。

「キルヴン邸です」

「てめ、やっぱり、人の心を読んでるだろう」

 タイオスは魔術師を罵った。サングは肩をすくめた。

「何を言っているのです。あなたがキルヴンの町に用があると言って、リダール・キルヴンに会う以外の理由があるのでしたら、ぜひとも教えていただきたいくらいです」

 サングの台詞はもっともと言えた。と言ってもタイオスとて本当に読心を疑った訳ではなく、半分冗談と言おうか、「お前を全面的に信じてはいないぞ」との主張の一種である。

「ついてくる気か?」

「お望みでしたら」

「俺があんたに、ついてきたいのかと訊いてるんだがね」

「ですから、お望みならばと答えています。私個人にそうする必要性はありませんが、タイオス殿が求めている情報を考えるならば、魔術師の知識は有用でしょうから」

「この野郎」

 彼はうなった。

「ついてきたいなら、素直にそう言え。俺の要望だったってな形を作っておこうなんて卑怯な」

「私自身の要望であるという形を作るのは卑怯ではないのですか?」

 さらりとサングは返し、タイオスは反論できなかった。

(全く魔術師って奴は)

(口ばっかり、ぺらぺらぺらぺらと回りやがる)

 という感想が公正ではないことを戦士はよく知っている。「魔術師」として生計を立てるだけの魔力がある者たちは、一部の例外を除いてとても有能だ。ただ、いかに優秀な魔術師たちでも、面と向かってつき合えば決して「気持ちのいい奴ら」ではないことが多い。たいてい「寡黙で何を考えているか判らない」或いは「小難しいことばかり口にして賢さを見せつける」。

 サングもイズランも、見せつけるという感じではないがよく喋る。そして判りにくいことを言っては説明しない。または正論のような屁理屈を語る。

 有用だと理性は言うが、うんざりだと感情は言った。

 ともあれ、彼がキルヴンの町にやってきたのは、確かにリダールに会うためだ。そして、もちろん、雑談にやってきたのではない。

(リダールは、フェルナーを救う方法を模索してた)

(いまでも続けていて、もし何か、進展があれば)

 「フェルナーを救う」にも、いろいろあるだろう。もしかしたら、やはり結局、冥界に送ることが最良だという答えになるかもしれない。

 だがいまのタイオスには、それでもいい。フェルナーへの同情が完全に消え去った訳ではなく、利用されているだけで気の毒だという思いはまだあったが、それでもハルディールを救うことの方が大事だ。

 それは何も、彼が王だからというようなことではない。単純に、ハルディールの方が親しくしており、より強く、救いたいと思うからだ。

 知り合いを天秤にかけなければならないとすれば、それがたとえ〈命の天秤〉でも、躊躇せずに計る。それは戦士として培ってきた能力のひとつでもあった。ふたりの戦士仲間が危機に陥ったとき、彼ひとりで両方を救うことはできず、かと言って迷っていれば両方とも死ぬ。どちらならば助けられるか、或いはどちらを助けるべきか、冷徹に一(リア)で判断しなければならないこともあるのだ。

 迷った末に両者を失う〈ヒュラクスの紐〉のような状況に陥ることがないように。

(無駄足、の可能性もある)

 彼は考えた。リダールは何も掴んでいないか、もしかしたら諦めていることも。

(だが、サングのおかげで、時間は短縮できた。無駄足でも、次のことを考える時間はあるさ)

 一旬は覚悟していた道のりが、一瞬である。こればかりは便利だと言わざるを得ない。

(それに、無駄足でなかった場合)

(帰りにもこいつの術を使う手がある)

 話をいくらか洩らしても、つき合わせる方が得策かもしれない。タイオスはそんなことを考えた。

(実際、こいつの言う通りなんだよな)

(魔術師の知識が必要かもしれん、と)

 たとえば「それなら魔術師協会に行って誰か雇う」と言えないのは、財布事情もあれば、手間の問題もあった。サングなら、いちいち説明しなくても、フェルナーの状況をよく知っているのだ。

(イズランだと、どうにも抵抗があるんだが)

(こいつなら、まあいいか)

 魔術師として底が知れぬ、不気味だ、と感じさせる度合いはサングの方が上だったが、それでもイズランよりましだと思える。これは何なのか、とタイオスは考えてみた。出た結論は、実のところはサングに騙されているのかもしれないというようなことだったものの、上手に騙されているなら向こうの勝ちだ、仕方ない、とも思った。

「ところで、サングよ」

 キルヴン邸を目指して歩きながら、タイオスは黒ローブの魔術師を見た。

「ティエはその後、どうしてる」

「は?」

「〈ホルッセ劇団〉だよ」

 首都公演は、と続けた。ああ、とサングはうなずいた。

「つい先日、日程が決まりました」

「ん? つまり、公演は決まったんだな」

 日程を知らされたところで、たぶん、行けないだろう。もとよりタイオスとしては、「公演が決まったかどうか」を尋ねたつもりである。

「お前さんの目から見て、どうだ。あれは、首都でも受けそうか」

「既に『評判の劇団だ』という噂が存在していますから、問題ないでしょう。殿下のご招待という尾ひれもつけば、自分で判断のできない多数の輩が知った顔で褒め称えるでしょうし、好評の内に終わることになるかと」

「空っぽの好評、って言いたいのか?」

 タイオスは片眉を上げた。

「そのようなことは、決して。ただ、条件は上々だというだけです」

 前評判がよければそれだけ、「何だ、評判ほどじゃないな」という声は必ず出る。人気への嫉妬もあれば、期待が大きすぎるということもあるだろう。だが「王子殿下の推薦」という看板がつけば、中身にがっかりしても貶めにくい。つまり、悪評判は出回りにくい。サングは淡々とそんなことを語った。

「かと言って、殿下の気に入りだからと無闇に褒め称えることもないでしょう。城下の民たちは、殿下のご機嫌を取る必要もないのですから。要するに、公正な高評価だけが出回る。これが好条件です」

「まあ、言いたいことは何となく判ったが」

 タイオスはあごを撫でた。

「それなら俺の『受けそうか』って質問に『受けそうです』と答えりゃそれで終わることでもある」

 説明が過剰と言うか、話を短くすることを知らないんじゃないか、とタイオスはこっそり考えた。

 その過剰な説明が、何かを隠すためであるとは、このときの彼には知る由もないことだった。

「――これはこれは、タイオス様に、サング様」

 約束も何もなく訪問したキルヴン伯爵の館で、にこやかに彼らを出迎えたのは、初老の使用人ハシンであった。

「いきなり、すまんな」

 タイオスはまず謝罪した。

「あんたがいるってことは、リダールもいるはずだな?」

 キルヴンの町か首都カル・ディアかで迷ったのだが、いつまでもカル・ディアにはいないはずだと踏んでいた。いなければ魔術師協会でも使ってそこまで行けばいいと思っていたし、サングがいるなら簡単なことだが、当たり(レグル)を引き当てたのであればそれでよい。

「いえ」

 しかしハシンは否定した。

「何?」

 タイオスは目をしばたたいた。

「あんた、リダール専属という話じゃなかったか」

「ああ、失礼を。こちらの町にいらっしゃるかということでしたら、確かにいらっしゃいます。しかしいまは、ご不在で」

「成程」

 そういうことかとタイオスはうなずいた。

「すぐ戻るか?」

「今日中には、お戻りになるかと」

「ふうん、そうか。……今日中!?」

 思わずタイオスは目を見開いた。

「リダールにしちゃ、ずいぶん、遅いんじゃないのか」

 それとも、と彼は腕組みをした。

「実はこっちに、悪い遊び友だちでもいるのか」

「いえ、そのようなことは」

 ハシンは少し笑った。

「近頃は活発に出かけておいでで、私としては僭越ながら安堵しております。一時期はずっと、書物と睨めっこでございましたから」

「……ふん、それじゃ」

 諦めたのか、とタイオスは思った。

(リダールのためを考えるなら、それは健康的だ)

(死んだ友だちのことをいつまでも引きずっているようじゃ)

(……まあ、普通に「死んだ」のとは違う訳だが)

「どちらにお出かけですか」

 サングが尋ねた。そこでタイオスは、自分の考えが的を外していたと知る。

「フェルナー殿のことで、神殿に行っていらっしゃいます」


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