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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第4章

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04 固定される

 頭が、痛い。

 これは、文字通り「頭痛がする」という意味でもあれば、比喩的表現でもあった。

「頭痛ですか」

「何でもよくご存知のことで」

 彼は皮肉っぽく返した。相手は片眉を上げた。

「タイオス殿はあまり愚かしいことを仰らないものと思っておりましたが、買いかぶりでしたか」

「何?」

 ヴォース・タイオスは、何を言い出したのかと相手を眺めた。

「『魔術師とは、目が合っただけで、自分の心を全て読んでしまう能力の持ち主である』」

「んなことは、考えてないさ」

 戦士は手を振った。

「ただ実際、お前さんの術のおかげで頭痛はする」

「私の術は何度か体験しているはずですのに、まだ慣れませんか。となりますと、あまり合理的な言い方ではありませんがタイオス殿は魔術と『相性が悪い』か、或いは根底に何か、抵抗があるのやもしれません」

「まあ、正直に言えば、胡散臭くも思うわな」

 もっとも、と彼は続けた。

「魔術云々、魔術師云々じゃなくて、胡散臭い」

 タイオスは両腕を組んだ。

「何で協力する?――サング」

 問われて、アルラドール・サングは肩をすくめた。

「どういう答えをお望みでしょう」

「俺の望みなんざ、関係ないだろうが。本当のことを言え。イズランの指示か」

「私が彼の指示に従う謂われはありません」

 きっぱりとサングは答えた。

「ただ、少し様子をうかがいましたら、窮地に陥っていたようなので、お助けしたまでです。何か文句が?」

「文句はない。疑問があるだけだ」

 彼は魔術師をじろじろと見ながら言った。

 あのとき――。

 「医者」と称する人物の顔を見たとき、彼はあんぐりと口を開けたものだ。病気のふりを忘れて「何しにきた」と尋ねそうになったが、その寸前で、黙っているよう声をかけられた。これはもちろん、魔術による言葉だ。見張りの僧兵は彼らのやり取りを知らない。

 タイオスはとにかくここを出なければならないということを簡潔に伝え、サングは判りましたと言って、タイオスを難病に仕立ててしまった。

 本物の医者を人質に取るより抵抗はなかったが、どうしてまたこいつが、という疑問はその瞬間から彼に張り付いたままだ。

「これがイズランなら、また俺に恩を売ろうとしているとか思うところだが」

「イズランの方がよろしかったですか」

「そうは言わん。お前らのどっちでも、胡散臭いことには変わりない」

「心外です」

 サングは顔をしかめた。

「彼と同じ扱いとは」

「同じ扱いはしてないさ。ただ、一部を抜き取りゃ同じとこもある」

 タイオスは二本の指で、少量を示すような形を作った。

「窮地のようなので助けたと、そんな台詞を俺が信じて『それはどうも有難うございました、サングさん』と言うとでも思ってんのか?」

「礼を言われたくて助けたのではありませんが」

「様子をうかがいにきた、そこが重要じゃねえか」

 ふん、と戦士は鼻を鳴らした。

「何で俺の様子なんか見にきたってんだ。イズランに言われたからじゃないなら、お前の意思か。理由は何だ」

「気になったからです」

 サングは簡潔に答えた。

「偶然お会いして、お話ししたことが、あなたをシリンドルに向かわせた。こうした事象は〈定めの鎖〉によるものであり、私に責任などはないのですが」

「別に責めちゃいない」

「やはり、絡んだ鎖の行く末は気にかかります。正直に申し上げるなら、あなたの帰還によって描かれる絵を鑑賞に行きました」

「観賞だとう?」

 タイオスは嫌そうな顔をした。

「その辺、やっぱり、イズランと同じじゃねえか」

「いくらか彼に影響を受けていることは否めません。シリンドルの話は彼から聞いているのですし、あなたを知ったのも彼の話によってなのですから。ですが私は〈峠〉の神や〈白鷲〉に興味はない」

「護符にはある……んじゃなかったかい」

 戦士は慎重に尋ねた。

「ええ、あります」

 魔術師はあっさりと認めた。

「ですが、奪う気はありません。私が持つことには何の意味もない。〈白鷲〉の手にあってこそですから」

「それは〈白鷲〉に興味があるってことにはならない訳か?」

「似て非なることです」

 それが魔術師の理屈であるようだった。

「まあ、だが結局、お前にも目当てがあるってことだ。もっとも、それでいい。何の見返りも求めない『善意』なんざ、俺は信じない」

「ほぼ同意できます。しかし」

 サングは片眉を上げた。

「タイオス殿は、シリンドルの方に対しても、同じように仰るのですか?」

「う」

 タイオスは詰まった。

「あいつらは……変わりもんだよ。ハルも、クインダンも、レヴシーも、普通ならちょっと信じられない『善人』だ。ルー=フィンもな。罪を犯しちゃいるが、根底は『神のため』『国のため』『人々のため』。そう口にすることで自分が気持ちよくなりたいだけって人間もいるどころか普通だと思うが、奴らは本気だ。だからこそ」

 彼は息を吐いた。

性質(たち)が悪い、ということにも、なる」

「殊、ルー=フィン殿のことですか」

「ああ。……って、待て」

 戦士ははたとなった。

「てめ、さては、知ってんな!?」

「『窮地を知った』と申し上げましたでしょう。もちろん、くまなく詳細を知っております」

「この、野郎」

 タイオスは拳を握り締めたが、殴りかかるような真似はしなかった。正面から魔術師を殴れるとは思えないということもあれば、ここでサングを殴っても何の解決にもならないということもある。

「そうだった。俺は魔術師なんざ金輪際信じないと決めてたんだった」

 その代わり、彼はぶつぶつと呟いた。

「では、忠告も要りませんか」

「何だと?」

「ルー=フィン殿のことです。以前、ミヴェル殿の件でイズランと考察したことがありますが、偽の記憶は時間が経てば経つほど確定していく、というのは見解の一致したところでした」

「時間は、経ってるな」

 タイオスは低く呟いた。

「ミヴェルんときの、比じゃない」

「仰る通りです。どんな矛盾(レドウ)も、彼のなかでは片が付いてしまっています」

「そうみたいだな」

 渋々とタイオスは同意した。とんでもない無茶苦茶を真顔で言うルー=フィンの姿は、まるで悪夢だ。

「そして、次の段階です」

「次、だと?」

「ええ。疑念を抱かなくなる、という段階」

 魔術師は淡々と言った。

「初期ならば、片づいたはずの矛盾も、他者からの指摘で揺らぐことがある。ミヴェル殿はそれで迷ったと聞きます。ですが確定した記憶は、言うなれば固定される。強固に糊付けし、固く釘を打ったように、ぴくりともしなくなる」

「揺らがない、のか」

「ええ」

 揺らぎませんとサングは繰り返した。

「ですが、それだけでも済まない。これは術中に完全に陥っているということでもありますから、術者の命令には疑問を抱きません。思えば、ミヴェル殿は既にその段階であったという可能性もあります」

「既にってのは、何だ」

 タイオスは顔をしかめた。彼女は揺らいでいたと言ったではないか、と。

「つまり、タイオス殿やジョード殿のことを忘れてしまう前から、ということです。盲目的にライサイを信じる様子は洗脳の一種、そう言って悪ければカヌハという村の文化が作った特質とも思いましたが、それだけでは済まされないのではないかと」

 魔術師は言い、戦士は言われたことを考える。

「ライサイが村人全員に、何だかの術をかけてるってのか?」

「多くは『教育』に任せておき、疑問を抱いた者だけにかける、というやり方でも充分だとは思います。私とイズランは『隙を固定する』と表現しました」

「隙だって?」

「ええ。『ライサイは絶対である』という価値観。これはカヌハ独特の文化によって自然と教育されていきますが、あれだけ閉鎖的な社会であっても、疑問を抱き、揺らぐ者が出ることはある。そこを揺らがないように」

 固定、とサングは釘を打つような仕草をした。

「ただ、誰でも彼でもそうして術をかけていたとは考えにくい。ただの村人ならば、始末してしまう方が簡単であるやも」

「始末」

 タイオスはうなった。

「ミヴェルは〈しるしある者〉とかって言われてたんだったな。ライサイやエククシアには格段に劣るものの、権力を持つ層だった。つまり、そこを『始末』するのは不自然だし、逆らわれてもかなわんから、あらかじめ術……隙の固定を?」

「ほぼ、仰る通りだと思います」

「『ほぼ』ってのは何だよ」

 片眉を上げてタイオスは尋ねた。

「逆らわれては『かなわない』と言うより『面倒だ』の方が適切でしょう、という程度です」

「あ、そ」

 言葉尻などどうでもいい、と少なくとも戦士は思うが、魔術師は思わないようだった。

「もっとも、あまりにも当人の価値観と違うこと……たとえばルー=フィン殿の場合であれば、ハルディール陛下を殺害しろなどという命令は難しいでしょうが」

「怖ろしいことを言うな!」

 タイオスは怒鳴った。

「たとえです。それに、さすがに無理だと申し上げています」

 表情ひとつ変えず、サングは返す。

「そうは言うが……」

「何です?」

「いや」

 何でもないとタイオスは手を振った。

(そうは言うが、ちょっと前までハルはルー=フィンにとって、両親の仇の息子だったんだぞ)

 彼は嫌なことを思い出していた。

 実際のところは、判らないままだ。前王の仕業だったかもしれないし、前神殿長の企みだったかもしれないし、そのどちらでもなかったかもしれない。

 だが彼らは、調査を進めなかった。判らないままでおくことにした。それもまた決断だとタイオスは思うし、ルー=フィンもいまではハルディールを憎んでいないどころか、心から忠誠を誓っている。

 もとより冷静な青年は、恩人たるヨアフォードの言葉さえなければ、仇の息子に仇討ちなどはおかしいと考えたはずだ。

 だがその辺りの記憶をもいじられたら。

 そう思うとタイオスはぞっとした。

 忠誠を誓った王の殺害は騎士の禁忌でも、仇討ちのため、近寄る機会を増やそうと騎士になった――などと記憶を変えられたら。

 ぶんぶんとタイオスは首を振った。

(大丈夫だ。そんなつもりなら、これまで機会はいくらでもあった)

(奴らはハルを殺したいんじゃない。そのはずだ)

(だからこそ、あんなふうに)

 乗っ取った。フェルナーに乗っ取らせたのだ。

「タイオス殿?」

「何でもない」

 戦士は繰り返した。


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