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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第4章

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03 誇りが、残るなら

 おかしい、ということになったのは、十の刻を越した頃だった。

「クインダン、どうだった」

「やはり、〈峠〉の方にもいませんでした。行き違いになったということもなさそうです」

「ユーソア」

「自警団の担当は、国境に誰もいなかったので妙だなと思ったそうですが、何か至急の用があったのだろうと考え、特に報告はしなかったとのことです」

「ルー=フィン」

「今日、彼と交替する任はありませんでした」

「そうか」

 アンエスカは腕組みをした。

「いったいレヴシーは、どうしたのか」

 少年騎士の行方が知れなくなった。

 カル・ディアル方面の国境警備に向かったところまでは判っているが、次の番の青年が訪れたときには既にその姿はなく、戻ってくるはずの館でも、夕刻以降は誰もレヴシーを見ていない。

 麓の神殿にも〈峠〉の神殿にもおらず、彼の両親の自宅にもいない。騎士になる前に彼がよく遊んでいたという友人たちも、今日は会っていないと言った。

「嫌になった、んですかね」

 ぼそりとユーソアが呟いた。

「あの若さで〈シリンディンの騎士〉ってのは立派ですが……若い分、そのきつさをよく判ってなくて、『こんなはずじゃなかった』と」

「ユーソア!」

 クインダンが鋭い声を出した。

「レヴシーは、そのような少年ではない!」

「怒鳴るなよ」

 顔をしかめて、ユーソアは言った。

「そうやって決めつけるから、却って愚痴のひとつも言えなくなるってこともある。成人してたって、まだ十代なんだ。遊びたい盛りだし」

「それもまた、決めつけと言えるな」

 アンエスカが静かに言った。ユーソアは首をすくめて謝罪した。

「ルー=フィン」

 騎士団長は銀髪の若者を呼んだ。

「は……」

「お前は、どう思う」

「どう、とは……」

「レヴシーはどうしていると思う、と訊いている」

「私に、判るはずもありません」

 彼は答えた。アンエスカはじっとルー=フィンを見て、そうかと呟いた。

「ではユーソア。自警団の話の続きを聞こう。『妙なこと』というのは何だ?」

「それがですね」

 気を取り直したように、ユーソアは説明をはじめた。

「西から、ローブを着てフードをかぶった数十人もの奇妙な連中が歩いてきたって話があるんですよ。それを見かけた町びとが仰天して、自警団に報告したらしいんです。でも宿に泊まってる形跡もないし、飯屋でも見られていません。そいつは夢でも見たんじゃないのか、って結論になってるようですが……」

「気にかかるな」

 渋面のまま、アンエスカは呟く。

「明日の一番で、クインダンとユーソアは、その目撃したという人物から直接話を聞くように」

「はい、団長」

「了解です」

 彼らはぴしりと敬礼を決めた。

「穢れの期にある現在、本来であればわれわれは最低でもふたり、〈峠〉に行っていなくてはならない。いまは事態を重く見て、全員を集めたが……」

 〈峠〉の神殿への入り口を示す二組の柱。決められた品の奉納を済ませたのち、彼らは神殿に入る者がないよう、そこで見張っていなくてはならない。穢れの期を知るシリンドル人はわざわざ訪れぬし、南からの旅人もそうそやってこないが、疎かにできない、これは騎士団の決まりごとだ。

「――レヴシーの行方が知れず、灰色ローブの小集団が実在するとして、その訪問目的が判らない現状で神殿の警備に二名を割くことは難しい」

 渋面を作ってアンエスカは言った。

「このあとは麓の見張りを僧兵に任せ、峠には南側にひとりだけ配置する」

 これは騎士団長として苦渋の決断と言えた。前例のないこと――少なくとも記録上は――だからだ。

 騎士たちは何も言わず、ただ彼らの団長を見ていた。

「ただ、明日の朝はルー=フィンと私が」

 アンエスカは、先ほどと同じ視線をルー=フィンに送った。

「〈峠〉の神殿へ」

「団長と、ですか?」

「何か不満か?」

「いえ、そのようなことは」

 銀髪の騎士は戸惑った顔をした。

「しかし、人員を割くことができないとなれば、私ひとりでも」

「いや」

 アンエスカは首を振った。

「私とだ」

「はい、団長」

 繰り返された指示に、ルー=フィンは敬礼をした。

「しかし、アンエスカ」

 遠慮がちにクインダンが声を出した。

「レヴシーのことは……」

「無論、放っておく訳にはいかない」

 彼は腕組みをした。

「だが、もはや各家の灯もほとんど落ちている。暗いなか、我々だけで探し回るのは困難だ。ひとりは〈峠〉に戻ってもらわなくてはならないということもある」

「僧兵や自警団の手も借りたら……」

「――それが狙いであれば?」

「何ですって?」

「いや……」

 アンエスカは曖昧に首を振った。

「何でもない」

「レヴシーが任務を疎かにするはずも、無論、騎士の任と国を捨ててどこかに去るはずもありません。何か、不測の事態が」

「最悪の事態を思えば、もう遅い、ということになる」

「団長!」

 クインダンは顔色を青くして叫んだ。

「何ということを」

「言わねば事実が変わるか? 最悪の事態を招いたなら招いた、そうでないならそうでない、それだけのことだ」

「俺は、そうではないと信じます!」

 クインダンはきっぱりと言った。

「それは『望み』だ、クインダン。私も無論、望んでいる」

「ですが」

 アンエスカの言いようは、レヴシーが死んだものと、考えているかのようだった。

「怪我を……」

 彼は言った。

「怪我でも、したのかもしれない。戻るに、戻れず」

「シリンドル国内に、どんな危険な箇所がある? 峠か? 確かにな。危険なところもある。だがわざわざ道を遠く離れなければ安全であるし、お前たちは慣れている。それに、いまはお前が見てきたのではないのか」

「み、見てきました」

「見落としたと思うのか?」

「いえ。ですが」

 少し躊躇って、彼は続けた。

「そうした……意図を持って見てきたとは言えません。ですから、つまり、誰かしらが道を外れた痕跡があるかどうか」

「レヴシーが道を外れる、どんな理由がある」

「判りません」

 正直にクインダンは答えた。

「では、或いは何者かに襲われた? 国内に〈シリンディンの騎士〉を襲う不届き者がいるという訳だ」

「そのような、ことは……」

「言っているではないか」

「――ローブ」

 ユーソアが呟いた。

「さっきの話ですよ。ローブをかぶった奴らってのが怪しくありませんか」

 その台詞に、ルー=フィンがぴくりとした。

「ルー=フィン」

 アンエスカは見逃さなかった。

「何か、心当たりがあるのか」

「いえ……」

「正直に、言え」

 団長は命じた。

「――わずかでも」

 彼は両の拳を握り締めた。

「騎士としての誇りが、残るなら」

「団長?」

 クインダンとユーソアが不思議そうな顔をした。

「ルー=フィン!」

 不意にアンエスカは、ルー=フィンの胸ぐらを掴んだ。ルー=フィンは、それを払うことができたかもしれないが――されるままだった。

「アンエスカ! 何を」

「言え。お前は何を知る」

 クインダンの驚愕の声を無視し、低く、アンエスカは問うた。

「私は……」

「目を逸らすな。言えるものなら言ってみろ。『何も知らない』と、もう一度。〈峠〉の神に誓って、言ってみるがいい!」

「アンエスカ、どうしたって言うんです」

 ユーソアも驚いていた。

「どうもこうもない。限界だ」

 アンエスカはルー=フィンを睨んだままで言った。

「答えろ、ルー=フィン。お前が」

 彼の手に力が込められた。

「お前が、レヴシーを殺したのか」

「違う」

 ルー=フィンはすぐさま言った。

「それは……断じて、違う」

「『それは違う』」

 アンエスカは繰り返した。

「ならば何を知る。誰が彼を傷つけ、我々の目の届かないところへやった。お前では、ないのなら」

「それは……」

 ルー=フィンの目が泳いだ。

 彼の嘘と真実は、見分けるのが簡単だと、タイオスの言ったように。

「――お前、なのか」

 アンエスカの声は、望みを失った人のように、酷くかすれた。

「神よ……」

 祈りの言葉を口にして、彼の手はルー=フィンから離れた。ルー=フィンは、ただ黙って、その場に立っていた。

「アンエスカ……」

 クインダンは困惑したように、団長と銀髪の騎士を見比べた。

「いったい」

「いったい、何の騒ぎであるのか」

 そのときである。

 戸惑いに満ちた青年騎士の声にかぶせるようにして、新たな声がした。

「これは」

「エククシア殿」

 騎士たちの間に気まずい空気が流れたのは、まるで彼らが諍いでも起こしているようであるのを――その通りであったとも言えたが――客人に聞かれたのでは、という思いのためだった。

 〈青竜の騎士〉は彼らを順番に眺め、最後にその視線はルー=フィンと、アンエスカに向いた。

「ほう」

 かすかに、男は呟いた。

「成程」

 かすかに、その口の端が上げられた。

「興味深いものを見せていただいたようだ。騎士団長」

 エククシアは笑い、アンエスカは沈黙を保った。

(気づかれた、やもしれん)

 彼がただ愚直に「ハルディール」を信じるのではなく、タイオスの話に真実を見ていることを。

(いや、まだだ)

(まだ負けを認めるのは早い)

 彼は自身に言い聞かせた。

(陛下をお救いするため)

(ルー=フィンと)

(――レヴシーを救うためにも)

 「ハルディール」の傍から追い払われる訳にはいかない。

 彼は「何を言われているのか判らない」というふりをしたが、左右色の違う瞳は面白がるような色をたたえたまま、それを見ていた。


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