02 責任を持って
「でも……本当に相談するのも、悪くないかもね」
真面目な顔つきで言ったのはラサードだった。
「え……」
「魔術師なんて、でも」
「怖くない?」
少女たちは顔を見合わせた。カードリーも両腕を組み、うむ、などと曖昧に、同意とも何ともつかない相槌を打った。
「何もあんたらに行けとは言わないさ。座長が禁止だとさえ言わなけりゃ、あたしが状況を話に行ってみ……」
「あたしも!」
キーチェルが声を上げた。
「ラサード、あたしも行くわ。先生が助かるかもしれないなら、魔術師怖いとか言ってらんない!」
「そりゃ有難い」
道化師はぱちりと指を鳴らした。
「やっぱりまた聞きじゃ話がはっきりしないからね。目撃者にはいてもらわないと。それから」
ラサードは勝手に決定すると、カードリーの賛意も反意も待たず、キーチェルに何か提案なり質問なりしようとした。だが彼はそこで言葉をとめてしまう。
「では、話を聞こう」
座長の部屋に不意に姿を見せたのは、黒ローブ姿の男だった。
「きゃ」
少女たちは反射的に悲鳴を上げかけたが、口に手を当ててどうにかそれをこらえた。
「魔術師」
カードリーとラサードもはっとした。
「話を聞いていたのか」
座長は少し、顔をしかめた。
「非礼は詫びよう」
魔術師は答えた。
「だが、ことは重大だ。糾弾は取り下げてもらいたい」
「判った」
カードリーは簡潔に答えた。
「娘たち。見たことを――」
「先生を助けて!」
キーチェルは叫んだ。
「お願い、あたし、何でもします!」
その訴えに、魔術師はかすかに笑った。
「容易に『何でもする』などとは言わぬことだ。言霊は聞いているからな」
「判っているわ、それくらい」
少女は返した。
「悪い魔法使いの前でうっかりそう口を滑らせたリネッサは、一生、そいつの奴隷にされちゃったわ」
「お、おい」
魔術師を前に「悪い魔法使い」などと言い出したキーチェルにカードリーは慌てたが、当の魔術師は気にもとめないどころか、可笑しそうに笑った。
「判っていて、口にするか」
「だって、先生が助けてくれなかったら、あたしたちみんなが同じ目に遭っていたのよ」
少女はうつむいた。
「生涯、奴隷とされるよりは死んだ方がましだと思うこともあろうがな」
「そんな話をしてるんじゃないのよ!」
キーチェルは噛みついた。
「助けられるの、られないの!」
「落ち着いて」
ラサードは少女の肩に手を置いた。
「魔術師殿、この場にいらしたのはただ話を聞くためか、それともティエを救う手だてはあるのか、それをはっきりさせてもらいたい」
「事例は、ほかにもある」
まず魔術師は言った。
「現在、各協会で調査中だ」
「各?」
カードリーが聞き咎めた。
「ほかの町でも同じようなことが?」
「起きている」
魔術師は認めた。劇団員たちは顔を見合わせた。
「しかし生憎だが、救う手だては存在しない」
冷徹に魔術師は言い、少女たちは嘆息の混じった落胆の声を発した。座長と道化師もまた。
「像となった時点で鼓動の停止が確認されている。表層的に固められたものではなく、芯まで異物となるのだ」
「それじゃ……先生は」
「気の毒だが」
魔術師は首を振った。少女たちの口から嗚咽が洩れた。
「その……像だけれど」
ラサードが小さく言った。
「それなら、どうしたらいい? その、つまり……遺体として処理して、いいもんなのか……」
「協会で管理する」
「何だって?」
「調査が必要だ」
「ちょっと、待ちなよ」
顔をしかめて、道化師は両手を腰に当てた。
「あたしが訊いたのはそういうことじゃないんだよ。ティエをどうこうする権利なんて、あんたたちには」
「権利はない。だが、犠牲者を調べることで次の犠牲を防ぐことができるかもしれんとなれば、どうだ」
「どうって……ほかにも事例があるんだろ。そっちでやっとくれ」
「他人であれば、かまわないという訳だ」
ふっと魔術師は笑った。ラサードはむっとした。
「ああ、そうさ。本音を言うなら、そうだよ。否定したって仕方ない。ティエが死んじまったってこともね」
否定したって仕方ない、と彼は繰り返した。
「ただ、それならそれで、弔いはきちんとしたいじゃないか」
「ティエ殿のことは丁重に扱おう」
魔術師は確約した。
「現状、破損されなかった像は彼女だけなのだ」
「何だって?」
「『ほかの事例』では、その場で叩き壊される等、されている」
「それは、もしかしたら」
ラサードははっとした。
「そうしないと、死なないんじゃないのかい。つまり、ティエは」
「生憎だが」
魔術師は遮った。
「先ほど言った通りだ。壊す理由は判っている。とどめを刺すのではなく、より早く、消してしまうためだ」
「何だって?」
ラサードはまた言った。
「大きな氷と小さな氷では、どちらが早く溶ける?」
「どちらがって……そりゃ……」
道化師は顔色をなくした。
「溶ける……だって?」
「その通り」
うなずいた魔術師に座長も顔色を白くし、少女たちは卒倒せんばかりだった。
「異論は、もうないな」
魔術師は決めつけた。
「身内にも連絡を済ませておこう」
「ティエには、家族はいないよ」
首を振ってラサードは言ったが、魔術師もまた首を振った。
「血の繋がった家族はおらずとも、連絡をするべき相手はひとり、いるはずだ」
「何だって?」
ラサードは三度言って目をしばたたいた。
「あんた、どうしてそんなこと」
「ティエ殿と面識はなかったが」
すっと魔術師は手を上げると、追悼の仕草をした。
「このようにして関わり合ってしまったことだ。ヴォース・タイオス殿にはこのイズラン・シャエンが責任を持って」
伝えておこう、と夜蒼の瞳を翳らせて魔術師は呟いた。




