01 助けなきゃ
まさか、と彼女たちは最初、なかなか信じてもらえなかった。
冗談にしても性質が悪いし、ちっとも笑えない、などと。
そこに口を挟んだのはラサードだった。彼は、キーチェルらがそんな嘘をつくはずがないと少女たちをかばった。
「落ち着いて、ちゃんと話をしておくれ」
彼は言った。
「化け物が……ティエをどうしたって言うんだい」
道化師はふざけた役どころをするが、普段のラサードは舞台の上とは違う。そのことをよく知るキーチェルは必死になってラサードに訴えた。
「先生、先生は、あたしたちを逃がそうとして」
それは楽しい夜から一転、怖ろしいものとなった。
彼女らはあれから、言葉の通りにすぐ町憲兵を探しに行った。
町なかでうろついている灰色ローブのことは町憲兵も耳にしていたものの、何も実害がないなら彼らの出番はないと考えていた。そこにやってきた「あれは化け物だ」という訴えはともかくとして、人を襲っているとの通報に驚き、または意気込んで、キーチェルたちの案内する場所に向かった。
だがそこにあったのは、人の形をした、石のような氷のような像だけだった。
少女たちはその姿に顔面蒼白となったが、出向いたふたりの町憲兵にしてみれば変わった像でしかなかった。変わっているというのは、地面に倒れ込み、何かから身を守ろうとするかのような姿勢であることだ。通常こうしたものは立っているか、座ったり寝転んだりしればなまめかしい姿態にこしらえられることが多いからだ。
「ローブの男というのは、もういないようだな」
町憲兵は言った。
「被害に遭ったご婦人というのはどのような」
彼らは尋ね、彼女らの視線が像に釘付けになっているのを知った。
「うん? どうした? それが何か気になるのか」
「ずいぶんと精巧だからな、気味が悪いんじゃないか」
「成程」
彼らは勝手なことを言ったが、むしろ気遣ったつもりでいた。
「芸術家だか何だか知らんが、こんなところに石像を放り出して困ったものだな。探して片付けさせ――」
「……先生」
そこでようやく、キーチェルが、自分でも認め難いことを言った。
「町憲兵さん。これが……私たちを助けようとしてくれた、ひとです」
それはどこからどう見ても、ティエでしか、有り得なかった。
少女たちはこんな奇妙な出来事を体験したことはなかったが、同じ舞台の上でいろいろな話を演じている。彼女ら自身の踊りのなかにも、不思議な物語が組み込まれることが多い。
だからすぐに思い至った。
あの、鱗に覆われた顔を持つ魔物が、彼女らの先生を氷像にしてしまったのだと。
しかし、町憲兵がそんな話に納得するはずもなかった。
話を聞いた彼らは口をあんぐりと開け、それからむっとした顔を見せて、ふざけるのはいい加減にしろと少女たちを叱った。
「悪戯か。子供じゃあるまいし、ごっこ遊びもほどほどにするんだな」
彼らは、少女たちがくだらない作り話をして町憲兵をからかおうとしたのだと決めつけた。
「各人、名前と身分を。……何? 劇団だと?」
「最近、東の広場で集まってる、戯けた連中か」
「そういうことか」
ふん、と町憲兵は鼻を鳴らした。
「町憲兵を愚弄すれば、評判の劇団だろうとただでは済まさないぞ。芸人ごときが人気だなどとちやほやされること自体、おかしいのだ」
非難は彼女らから劇団、ひいては芸人全般にまで行き渡った。嘘じゃないと必死で説明する少女たちは呆れられ、腹を立てられて、詰め所にまで連れて行かれることになった。
知らせを受けて座長が少女たちを引き取ってきたのは深夜過ぎ。彼は当初、町憲兵の言葉を信じて踊り娘たちを叱ろうとしたが、噛みつくような反論に遭って閉口した、そこにラサードが口を挟んだのであった。
「ティエは実際、いないようだね」
同室を割り当てられている化粧師の女が、ティエはキーチェルたちと食事に行ったきりだと話していた。
「本当なの!」
踊り娘たちは叫ぶように言った。
「先生が」
「あんたらが嘘をつくとは思わないよ」
ラサードは繰り返し、彼女らはほっとした顔を見せ、それからうつむいた。
「先生……」
化け物にティエが殺された、それは明らかだった。彼女たちにとって、こうした「物語」は馴染み深いものだ。
もちろん実体験ではない――なかった――が、詩人の歌や物語師の話には真実が混じるもの。劇団の者たちはそう考えていた。
「た、助けなきゃ」
かすれた声でキーチェルが言った。
「キーチェル……」
座長は言いにくそうにした。
「君たちの話が本当なら、気の毒だが、彼女は」
「だって! フリアーラ姫は悪い魔法使いに石にされたけれど、アリアド王子の活躍で元に戻ったわ!」
「でも」
別の少女が呟いた。
「石になったビルミアや、氷漬けにされたレクエッタは、元に戻ることはなかった。そういう話の方が、多いわ」
稀に、キーチェルの言ったような話もある。ただそれには高名な神官や偉大な魔術師、及び伝説の魔法の道具などの力が必要だ。
「それは、そうだけれど……」
「……そうした変化は通常、死の暗喩でもあるね」
ラサードは言いにくいことを言った。
そうして少女たちと道化師――普段、人々を陽気にさせる立場の者たちは、神妙に黙りこくった。
「どうかな」
そこで呟いたのは、カードリー座長だった。
「判らんぞ」
「何が」
ラサードは目をしばたたいた。
「魔術師協会に相談してみる手は、あるんじゃないか」
「魔術師協会だって?」
鸚鵡のように、道化師は繰り返す。
「そうだ。姫に呪いをかけたのは悪い魔法使いって訳じゃなさそうだが、何か手がかりでも……」
「姫、ね」
ラサードが呟けば、カードリーは片眉を上げた。
「ご婦人はいくつになってもお嬢さんであり姫君だからな」
「年齢のことなんか言ってないよ、あたしは」
彼は手を振った。
「ただそうなると、姫の呪いを解く王子の役をする男ってのは、決まってるんだろうなってだけ」
「呪い……なの?」
キーチェルが問うた。
「先生、助かるかしら?」
「あ、いや、その」
座長は咳払いをした。
「すまん、私には判らない……」
いささか場違いな軽口だったことを座長は認め、少女たちに謝罪した。




