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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第3章

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11 善人のつもりで

「どうしてお前は、ヨアティアが言ったことを信じてるんだ? あいつは、タイオスを刺して、逃げたのに? タイオスだってその場から動ける状態じゃなかったんだからミキーナをどうこうできたはずがないし、だいたい、逃げたヨアティアがそれを見ていたなんておかしいじゃないか」

「その辺りはタイオスの言っていたことでもある。何故お前は、あの男の言うことを信じるのかと、私はそう返そう」

「何故って、タイオスの話に変なところなんかない」

「ではお前は、フェルナーの仮面の下の顔がヨアティアだなどという話にも、変なところはないと言うのだな?」

「……そう、言われると」

 少年は詰まった。

「シリンドルから逃げ出したことは? あの男の発言が真実であるならば、私の話は嘘だということにある。ならば私の嘘を暴くべく、戦うものではないか?」

「でも……」

「私のみならず、陛下まで侮辱した。そのような男が〈白鷲〉だと、まだ言うのか?」

 畳みかけられてレヴシーは唇を噛んだ。

 この件に関しては、やはりルー=フィンとも、齟齬を感じる。

(やっぱりみんな、おかしい)

(――タイオスも)

(逃げるなんて)

(どうして)

 レヴシーは黙った。ルー=フィンは、年下の先輩騎士が反論できないのだと思うかのようにうなずいた。

「タイオスが逃げたことで、事実は明らかになったはずだ。〈白鷲〉に抱いた幻想を捨てきれないのだとしても、護符はもはや彼の手を離れ、シリンドルにある。いまはまだ釈然としない気持ちがあるのかもしれないが、やがて」

 慰めるように言ってから、ルー=フィンはふと国境の向こうとこちらを見比べるようにした。

「――もう、行け」

 それから彼は言った。

「自警団の者が待っている」

「ん」

 もしかしたらおかしいのは自分なのだろうかと、気の毒にも少年はそんなことを感じながらゆっくりと国境を離れようとした。

「なあ……ルー=フィン」

 だがまだ何か言い足りなくて、彼はもう一度ルー=フィンと、結果として国境の外の方を向いた。

「……あれ?」

 そこで、目をしばたたく。

「珍しいな。誰かくる」

「私が対応する」

 ルー=フィンは言った。

「お前は戻れ」

「いや、でも」

 少年は躊躇った。

「ひとりじゃ……ないみたいだし」

 それはずいぶんと控えめな言い方であった。

 と言うのも、薄闇の向こうからこちらにやってくる人影は、三つ四つでは利かなかったからである。

「戻れ」

 ルー=フィンは繰り返したが、レヴシーは首を振った。

「一応、いるよ。山賊だの何だのって感じはしないけど」

 彼はやってくる小集団をじっと見た。

「何だか……おかしいだろう」

「……話は、私に任せろ」

「うん」

 レヴシーがうなずけば、ルー=フィンは少し前に進み出た。橋の手前で止まり、向こうが声の届く距離まで近づいてくるのを待つ。

「そこで止まれ」

 彼は言った。その言葉通り、小集団は止まった。

 後ろからレヴシーがざっと見てみたところ、二十人ほどいるようだった。半数以上は徒歩(かち)だが、馬上の者も数名いる。

 先頭は徒歩だった。それを見てレヴシーは、おやと思った。

 と言うのも、そうした集団の先頭は主導者かそれに類する者が務めると思われるからだ。先触れということもあるが、それならばそれで、すぐ後続に主導者らしき存在が目に入りそうなものだ。

 だがそうした人物は見当たらなかった。

「ここより先はカル・ディアル国を離れ、シリンドル国となる。貴殿の名と、訪問の目的を伝えられよ」

 ルー=フィンが告げた。

「我らは」

 先頭の男が答えた。

「エククシア様のご指示により、参上した。これ以上の説明が必要か?」

「それは……」

 ルー=フィンは戸惑うようだった。何を困るのか、とレヴシーは片眉を上げた。エククシアは王の客だが、それ以上の存在ではない。何をしにきたのか、もっとちゃんと尋ねればいい。

「――いいだろう。通れ」

「え」

 ルー=フィンの許可に、レヴシーは目を丸くした。

「おい、ちょっと待てよ。何の説明ももらってない……」

 レヴシーは慌ててルー=フィンのところに駆け寄ったが、銀髪の騎士は彼の腕を掴み、橋の前からよけた。

「おい、何すんだよ、ルー=フィン!」

「エククシア殿は、間もなく迎えの支度が整うと言っていた。そのことに関するのだろう」

「『関するのだろう』って、それならそういう答えをもらってから」

 これらがオーディス兄妹の迎えのためにやってきたと言うのなら――ずいぶん大仰だが――そう言えばいい。もっとも、不審な点がないか、簡単に調べる必要はある。風の吹くまま気の向くままに旅をする芸人一座でもない限り、こんな多人数がシリンドルを訪れることなど稀だ。余所者を歓迎しないと言うのではないが、もし、万一。

「もし、武器でも隠し持っていたらどうするんだよ」

 レヴシーは、黙々と橋を渡ってきた小集団に聞こえない程度の声で言った。

「あの、灰色のローブの下にさ!」

「迎えの護衛ならば、武器くらいは携帯していてもおかしくない」

 淡々とルー=フィンは言った。

「暴れ回る訳でもないのだから、かまわないだろう」

「そんなの、判んないじゃんか!」

 少年騎士は主張した。

「やっぱり、お前、変だよ。みんな変だけど、お前もだ。――おい、待て! とまれ!」

 レヴシーは飛び出そうとしたが、ルー=フィンは彼の腕を放さなかった。

「ルー=フィン! 放せよ!」

「何を案じている?」

 彼は不思議そうだった。

「エククシア殿の、仰せだと言うのに」

「仰せって……あいつは俺たちの主君じゃないだろ!」

 少年は叫んだ。

「それとも、何か! お前は、鞍替えしたのかよ!?」

 そんなふうに叫んだ瞬間、レヴシーの内に「それだ(レグル)」という感覚が浮かんだ。

「――そうか」

 彼は拳を握り締めた。

「判ったぞ、ルー=フィン。お前、おかしなことばっか言ってんの、そういうことなんだろ」

「……何を言っている?」

「やっぱり、タイオスは正しかったんだ。お前の話はみんな嘘で、お前は」

 唇を噛み締め、彼は声を震わせた。

「エククシアと組んで、何か企んでる! ヨアティアが死んだってのも嘘だな! あの仮面の下はやっぱり、ヨアティアの」

「レヴシー!」

 ルー=フィンが叫び声を上げたのは、彼の言葉を止めるためでも、反論するためでもなかった。

 銀髪の騎士は少年騎士の腕を放し、剣の柄に手をかけたが、いかな天才剣士でも間に合わなかった。

 先ほどの「先頭の男」が少年の背後で腕を振り上げ、それを振り下ろすのをとめることはできなかったのだ。

「え……」

 大きな石で殴られたかのような衝撃が、レヴシー・トリッケン少年の後頭部を襲った。

 彼はそのままその場に倒れ込みかけ、ルー=フィンが支えたが、意識は既になかった。

「――アトラフ!」

 ルー=フィンは偽の魔術師をきつく睨んだ。

「何をする!」

「助けてやったのに、ご挨拶だな」

 アトラフと呼ばれた男は肩をすくめた。

「そいつをこっちに寄越せ、ルー=フィン・シリンドラス」

「何」

「始末してやる」

「ふざけるな! 彼は」

「何だ? そうか、お前は自分が善人のつもりでいるんだったな。『彼は大事な仲間です』という訳だ」

 アトラフはせせら笑った。

「お前の考えはどうあれ、お前は俺たちの……いや、ライサイ様の手駒だ、ルー=フィン。お前は、ライサイ様の命令には逆らえない。そういう契約なんだからな」

 一言一言、アトラフはゆっくりとルー=フィンに告げた。「ライサイ」の一語が出るたび、ルー=フィンの瞳から、光が薄れていった。

「もう一度言う。ライサイ様の名において、ルー=フィン・シリンドラス。そいつをこっちに寄越せ」

 ルー=フィンの指が、少しずつ緩んだ。支えを失ってレヴシーは、どさりと地面に落ちた。

 無言のままシリンドルのなかへと入っていく灰色のローブ姿を背景に、アトラフは満足そうに笑った。


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