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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第3章

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10 何を考えてるんだろう

 少年は困惑しきりだった。

 彼の思いを一言で表すとしたら「みんな、どうしちまったんだ?」というところである。

 筆頭はハルディール。フィレリアとの恋を成就させるため、反対しそうなアンエスカに噛みつくのは、らしくはないが判らなくもない。だがそのこと以外でもやたらとアンエスカに挑戦的だったり、信頼していたタイオスを捕らえさせたり、エルレールと会わなかったり、レヴシーと話をしようともしなかったり。

 レヴシー・トリッケンは、少年王の友人のつもりでいた。もっとも、彼らはどうしたって王と臣下であるから、いわゆる普通の「友人関係」とは一線を画するつき合いである。だがそれでもレヴシーはハルディールと年齢も近く、気軽に話せる相手であったはずだ。彼はそう思っていた。

(でも、間違いだったってことかな)

(ハルディール様にも、俺は「年若い騎士」でしかないってことで)

 そのことは別に、かまわない。ちょっと残念だが、ハルディールが彼を友人と思わなくても王と騎士の関係は変わらず、騎士として、シリンドル人として、ハルディールに忠誠を誓う気持ちも変わらない。

(でもそれならこの先、ハルディール様はちょっとした軽口とか、町の話とか、誰から聞くんだろう)

(今日は少し大変だった、なんてちょっとしたため息を誰に聞かせるんだろう)

(……何だか、このままじゃいけない気がする)

 そんな曖昧な考えが浮かんだが、それは曖昧すぎて形にならなかった。

 おかしいのはハルディールだけではない。アンエスカだって。

 あんなふうに少年王が突拍子もないことを言い出したら――滅多になかったが――アンエスカは厳しく叱責し、考え直させるはずだ。

 なのに黙っている。最初こそ諫めようとしたが、その後は「〈穢れ〉の期に入るから」というだけで話をとめているようであり、つまり期が過ぎれば話を進めるつもりであるかのようだった。

 婚約のことに限らない。ハルディールがこれまで熱心に――熱心すぎるほど丁寧かつ真剣に取り組んでいた民たちとの謁見を休止しても苦言ひとつ口にしないし、署名すら面倒臭がって部屋に引っ込んでいるという現状を黙認しているかのよう。

 そこだけでももうレヴシー少年の頭は疑問符でいっぱいなのに、そうしたことを解決してくれる、少なくとも一緒に考えてくれるクインダンも何だか様子がおかしい。

 先輩騎士もまた、王と騎士団長の態度が奇妙だと感じている。彼らはすぐにそのことを話し合ったのだが、そのとき、レヴシーは言ったのだ。王姉殿下の考えも聞いてみたらどうだろうと。

 ところがクインダンときたら、まるでレヴシーまで突拍子もないことを言い出したとでも思うような、戸惑った顔をした。

 いや、そうではない。

(最近クインは)

(ハルディール様並みにエルレール様を避けているみたいな)

 以前のクインダンは、もちろん任務の一環としてであるが、進んでエルレールの手伝いをした。それがここ最近というもの「ちょっと手が放せないから代わってくれないか」などとレヴシーやルー=フィンや――ユーソアにまで言う。

(……気のせいかもしれないけどさ)

(ユーソア率が高いような感じもするんだよな)

 クインダンが、エルレールに近くある仕事をユーソアに任せている。まとめるとそういうことになりそうだが、どうしてそうなるのか、レヴシーにはよく判らなかった。

 そのユーソアも、謹慎を解かれてからはおとなしい。これはおかしいと言うのではなく「気をつけている」ためだろう。

 もともとユーソアも、任にある以上はきちんとそれを果たす男で、怠けたりだとかおろそかにしたりだとかはない。その上で、町の娘たちと話をするのは控えているようだ。

(何だか、この数日に限って言うなら)

(ルー=フィンがいちばん、話しやすいかも)

 はあ、とレヴシーはため息をついた。

 いったいみんな、どうしてしまったのか。

 などと心にもやもやしたものを抱えながらレヴシー・トリッケンはカル・ディアル側の国境警備についていた。

 誰もやってこなさそうな時間帯。重要だが退屈な任務は、余計なことをいろいろと考えさせられる。

(やっぱり、いちばん気になるのは陛下)

(次に、アンエスカとクインが同率かな)

(あとは……)

(オーディス兄妹)

 相変わらず出てこない仮面の男と、王家の館に寝泊まりするようになった「ハルディール王の恋人」。

(フェルナーは、フィレリアの兄上にして保護者、かと思ってたけど)

(彼女の保護者は〈青竜の騎士〉とかみたいだ)

 〈シリンディンの騎士〉としては、エククシアの異名に感心したり臆したりすることはない。

 ただ、エククシアにはフィレリアと同じように館内に部屋が与えられ、頻繁に王と話している様子であるのがレヴシーの気にかかった。

(何でアンエスカは、ずっと黙ってるんだろう)

(陛下がエククシアと話すのはいいとしても、アンエスカが同席しないなんて)

(――ちゃんと、訊こうか)

 少年は考えた。

(うん、それがいい。「何を考えてるんだろう」って想像していても(らち)があかないや。持ってる疑問は全部アンエスカにぶつけて)

(納得いったら俺も何も言わないし)

(いかなければ……もし団長に禁止されても、ハルディール様に直接)

 日が暮れて半刻もすれば、自警団の男が交替にやってくるはずだ。〈峠〉の見張りに向かう前に、アンエスカとまず話そう。

 そう決めると、少し心が軽くなった。

 どんなふうに切り出せばいいだろうか、などとレヴシーが考えていると、背後から誰かがやってくる気配がした。振り向けば、よく知る顔がこっちにやってくるところだ。

「あれ」

 レヴシーは挨拶に片手を上げながら、何だろうと思った。交替にはまだ早く、替わるのは自警団のはずなのに。

「どうしたんだ? ルー=フィン」

 声の届く距離になると、少年騎士は尋ねた。

「何でここに?」

「交替だ」

 と、銀髪の騎士は答えた。レヴシーは首をかしげる。

「え? でも」

 まだ早いし、自警団と替わるはずだ、と思っていたことをそのまま口にする。ルー=フィンは首を振った。

「自警団の方で問題が持ち上がっているらしい。昨日、お前が巡回時に見たことを話してもらいたいそうだ」

「え?」

 レヴシーはまた聞き返した。

「不審なことなんか何もなかったけどなあ。報告も、したけど」

 彼は首をひねった。

「だいたい、問題って何」

「私も具体的なことは聞かなかった。ただ、お前を呼んでほしいと言われたから、ここにきた」

「ふうん。何だろう」

「何であれ、もう一度確認をしたいのだろう。何もなかったならなかったと伝えてくればいいのではないか」

「うん、そうだな」

 少年はうなずいた。

「あ……でも」

 ルー=フィンと位置を入れ替わりながら、彼は振り向いた。

「行く前に、ちょっと、いいかな」

「何だ?」

「しつこいと思われるかもしんないけどさ、あの話」

「……ああ」

 ルー=フィンはわずかに眉をひそめた。

「お前のタイオスをかばう気持ちが、全く判らない訳ではない。だが判ってくれ。私が話したことはみな事実だ」

「でもさ、ヨアティアがあの子を刺したことは本当だ。俺、この目で見たんだから」

「私は、ヨアティア・シリンドレンに罪がないとは言っていない。お前が言うのであれば、あの男にはミキーナを傷つける意思があったのであろう」

「判ってるなら……」

「だが、私はタイオスの罪について話している。自らの逃亡を図るために彼女を傷つけた男は許し難いが、ヨアティアの罪を増やすために彼女を殺害した男のことは、より、許せるはずがない」

「だから、その証拠はあんのかよって」

 レヴシーは何度も言ったことをまた言った。


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