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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第3章

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09 お前の望みは

「時に、フェルナー殿はおいくつですか?」

 ユーソアは尋ねた。

「フィレリア殿の兄上ということで、まだ十代かと思っておりましたが、こうしてお話をいたしますともう少し……」

「ああ、その、何だ」

 ヨアティアは咳払いをした。

「フィレリアとは少し、離れている」

「やはり」

 ユーソアは知ったようにうなずいた。

「失礼ながら、この話をしておりますのは、そうではないかと思いましたからで。さすがに、神殿長が十代の少年では」

「最若が二十八であったな」

「これは、また」

 騎士は目を見開いた。

「よくご存知で」

「ああ、ちょっとな」

 聞いたんだ、とヨアティアは不自然な言い訳をしたが、ユーソアは特に追及しなかった。

「ボウリス神殿長には、子がない。つまり、次の神殿長の座は、まだ空いている」

 呟くようにユーソアは言った。

「そのことはどうやら、そちらもお考えだったようですね。ですが〈シリンディンの騎士〉の口添えがあるかどうかで、話はずいぶん違ってくると思いますが?」

 騎士は問いかけた。ヨアティアは黙った。

「ご決断を」

 ユーソアは促す。

「私は、フェルナー殿、あなたに話をしている。エククシア殿に相談しなければならないと仰るのなら」

「そのようなことは、言わん」

 ヨアティアは即答した。

「あれに命令される筋合いなど、ないのだ」

「左様でしたか」

 ユーソアは目をしばたたいた。

「ご兄妹のお迎えの方とのことでしたから、てっきり……」

「てっきり、何だ? 俺より偉いとでも?」

 ふざけるな、とヨアティアは鼻を鳴らす。

「奴らは俺を利用しているのだ。あんな……ところに戻すと脅したり」

「何ですって?」

「だが、黙っておとなしくしていると思ったら大間違いだ。俺の方でも、奴らを利用してやる」

 間に挟まれたユーソアの声を無視して、ヨアティアは拳を握った。

「ユーソア」

「何でしょう」

「お前は、騎士の座を利用して俺を神殿長にすると言うが、騎士にできるのは先に言ったような口添え程度だろう。そもそも、そうした人選に本来、騎士の意見など求められない」

「仰る通りです」

 ユーソアはうなずいた。今度はユーソアもいちいち「ご存知でしたか」とは言わなかった。少し考えれば推測のつくことでもある。

「お前の言葉は空言(からごと)としか聞こえないようだが」

「もっと具体的に、と仰るのですね」

 ユーソアは笑んだ。

「ですがこれ以上は、フェルナー殿から誓約をいただかなくては」

「誓約だと?」

「ええ。誓いです。〈峠〉の神に」

 彼は峠のある方向を振り向いた。ヨアティアは乾いた笑いを洩らす。

「大した奴だな、ユーソア・ジュゼ。神を(たばか)る騎士か」

「とんでもない」

 騎士は手を振った。

「私はシリンドル人です。物心ついたときから、いえ、生まれたとき、それとも生まれる前から、この身体には〈峠〉の神を崇める心が宿っています」

 澄ましてユーソアは言い、ヨアティアは笑った。

「俺に、何を誓わせる?」

「簡単なことです。私は私の利のために、あなたを支持する。たとえ団長の怒りを買おうとね。あなたにも同様にしてもらいたいというだけ」

「ふん、日和るなという訳か」

 ヨアティアは少し笑った。

「だがユーソア。お前は、エククシアをどうするつもりでいる」

「どう、とは?」

「奴もお前も、俺を神殿長にと言う。奴もお前も、自分の利のためだ。奴は、俺が神殿長になるなら過程はどうでもいい。一方でお前には過程が重要だな」

「そういうことに、なりそうですね」

 考えるようにしながらユーソアはうなずいた。

「確かに、フェルナー殿に認めていただくには、『私の尽力によって成された』という形を作らねばならないでしょう。エククシア殿のお考えは判りませんが」

「あれの目当ては峠だ」

「――峠?」

「何もラスカルトへ通じる細道という意味じゃない。〈峠〉の神殿が、杭を打つべき場所だと」

「杭?」

「何のことだか、俺もよく判らん」

 ヨアティアは鼻を鳴らした。

「とにかく奴らは、〈峠〉の神殿で何をしても文句を言わない神殿長が欲しい。そういうことらしい」

「何をするんですか?」

 思わずと言った体でユーソアは尋ねた。ヨアティアは素っ気なく、知らんと答えた。

「ではやはり、エククシア殿ともお話しをする必要があるやもしれませんな」

「何故だ?」

「それはもちろん、私が味方だと知っておいていただきたいからです」

「いまひとつ、判らんな」

 ヨアティアは腕を組んだ。

「お前の『利』は何だ、ユーソア」

 ヨアティアは尋ねた。

「王の縁戚となり神殿長となった俺に便宜を図らせる。それだけか?」

「充分ではありませんか?」

 騎士は薄く笑んだ。

「む……」

「これ以上具体的にということでしたら、誓いをしていただきませんと」

 ユーソアは促した。

「いいだろう」

 気軽に、ヨアティアは片手を上げた。

「お前はお前のために、俺は俺のために、互いに協力を。神に誓おうじゃないか」

「話の判る方でたいそう喜ばしい」

 ユーソアは礼などした。

「ではまず、申し上げましょう。確かにいまの私には、あなたを神殿長にする権限はない。せいぜい、進言するだけです」

 ですが、と彼は言った。

「いまに変わります」

「どう、変わる」

「――協力者の、力で」

 ユーソアは笑みを浮かべた。

「誰だと?」

「この場でその名を申し上げることははばかられます。ですが、私はその方の力で〈シリンディンの騎士〉の座に就きました」

「誰のことだ」

 ヨアティアは繰り返した。

「それはいずれ、明らかにもなりましょう」

 ユーソアはそう答えるだけだった。

「シリンドル国の者か」

「申し上げられません」

「こいつ」

 ヨアティアは舌打ちした。

「俺が何か隠していると思って、そちらも隠すのか」

「隠す?」

 騎士は片眉を上げた。

「フェルナー殿は、何か隠しごとを?」

「む」

 ヨアティアは詰まった。

「いや……」

「私は何も、それを秘密にするとは申しません。ただ、いまはその時機ではないと」

「そのような曖昧な言い方で、信用できると思うのか」

「お決めになるのはあなた様です」

 ユーソアは優雅に礼などした。

「ほかの、誰でもない」

「うむ」

 こくりと仮面はうなずいた。

「無論だ。〈青竜の騎士〉ごときに俺の行動や決断を決める権利などない」

 きっぱりとヨアティアは言ってのけた。

「私は私の利を。これはその方のためにもなるのです。そしてあなたはあなた自身の利を」

 ユーソアは繰り返した。

「いいだろう」

 ヨアティアはまたうなずいた。

「ではお前の利について話せ」

「陛下の、ことですが」

 ゆっくりと、騎士は言った。

「たいそう、お若い」

 ユーソアは肩をすくめた。

「相談に乗って差し上げる人物が必要です」

「忌々しいアンエスカがいるだろう」

 手を振ってヨアティアは言った。

「奴にやらせておけばいい」

「それで、よろしいのですか?」

 ゆっくりと、ユーソアは尋ねた。

「どういう意味だ」

「お判りになりませんか?」

 ユーソアは笑みを浮かべた。それはどこか、酷薄な。

「アンエスカ団長は、いささか融通が利かない。年のせいでしょうかね」

 肩をすくめて、彼は言った。

「時にフェルナー殿」

 彼は続けた。

「もし現団長に何かあれば、次の団長がクインダンでは若すぎる、とは思いませんか?」

「……ほう」

 ヨアティアは興味深そうな声を出した。

「成程、判りやすい」

 笑いを含んだ声で、ヨアティアは言う。

「お前の望みは、騎士団長の座」

 その問いかけにユーソアはただ笑みを浮かべた。それは肯定と取れた。

「アンエスカ。奴を殺ろうと?」

「とんでもない。私がどうしてそんなことを」

 騎士は同じ笑みを浮かべたままで手を振った。

「ただ――どんな形であれ、事故は、起きるやもしれませんね」

 その言いようにヨアティアは少し黙り、それから笑った。

「面白い」

 仮面の男は言った。

「いいだろう、ユーソア。俺とお前で、話を進めようじゃないか」

 やってきた返答に、騎士はにこりと微笑んだ。


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