09 お前の望みは
「時に、フェルナー殿はおいくつですか?」
ユーソアは尋ねた。
「フィレリア殿の兄上ということで、まだ十代かと思っておりましたが、こうしてお話をいたしますともう少し……」
「ああ、その、何だ」
ヨアティアは咳払いをした。
「フィレリアとは少し、離れている」
「やはり」
ユーソアは知ったようにうなずいた。
「失礼ながら、この話をしておりますのは、そうではないかと思いましたからで。さすがに、神殿長が十代の少年では」
「最若が二十八であったな」
「これは、また」
騎士は目を見開いた。
「よくご存知で」
「ああ、ちょっとな」
聞いたんだ、とヨアティアは不自然な言い訳をしたが、ユーソアは特に追及しなかった。
「ボウリス神殿長には、子がない。つまり、次の神殿長の座は、まだ空いている」
呟くようにユーソアは言った。
「そのことはどうやら、そちらもお考えだったようですね。ですが〈シリンディンの騎士〉の口添えがあるかどうかで、話はずいぶん違ってくると思いますが?」
騎士は問いかけた。ヨアティアは黙った。
「ご決断を」
ユーソアは促す。
「私は、フェルナー殿、あなたに話をしている。エククシア殿に相談しなければならないと仰るのなら」
「そのようなことは、言わん」
ヨアティアは即答した。
「あれに命令される筋合いなど、ないのだ」
「左様でしたか」
ユーソアは目をしばたたいた。
「ご兄妹のお迎えの方とのことでしたから、てっきり……」
「てっきり、何だ? 俺より偉いとでも?」
ふざけるな、とヨアティアは鼻を鳴らす。
「奴らは俺を利用しているのだ。あんな……ところに戻すと脅したり」
「何ですって?」
「だが、黙っておとなしくしていると思ったら大間違いだ。俺の方でも、奴らを利用してやる」
間に挟まれたユーソアの声を無視して、ヨアティアは拳を握った。
「ユーソア」
「何でしょう」
「お前は、騎士の座を利用して俺を神殿長にすると言うが、騎士にできるのは先に言ったような口添え程度だろう。そもそも、そうした人選に本来、騎士の意見など求められない」
「仰る通りです」
ユーソアはうなずいた。今度はユーソアもいちいち「ご存知でしたか」とは言わなかった。少し考えれば推測のつくことでもある。
「お前の言葉は空言としか聞こえないようだが」
「もっと具体的に、と仰るのですね」
ユーソアは笑んだ。
「ですがこれ以上は、フェルナー殿から誓約をいただかなくては」
「誓約だと?」
「ええ。誓いです。〈峠〉の神に」
彼は峠のある方向を振り向いた。ヨアティアは乾いた笑いを洩らす。
「大した奴だな、ユーソア・ジュゼ。神を謀る騎士か」
「とんでもない」
騎士は手を振った。
「私はシリンドル人です。物心ついたときから、いえ、生まれたとき、それとも生まれる前から、この身体には〈峠〉の神を崇める心が宿っています」
澄ましてユーソアは言い、ヨアティアは笑った。
「俺に、何を誓わせる?」
「簡単なことです。私は私の利のために、あなたを支持する。たとえ団長の怒りを買おうとね。あなたにも同様にしてもらいたいというだけ」
「ふん、日和るなという訳か」
ヨアティアは少し笑った。
「だがユーソア。お前は、エククシアをどうするつもりでいる」
「どう、とは?」
「奴もお前も、俺を神殿長にと言う。奴もお前も、自分の利のためだ。奴は、俺が神殿長になるなら過程はどうでもいい。一方でお前には過程が重要だな」
「そういうことに、なりそうですね」
考えるようにしながらユーソアはうなずいた。
「確かに、フェルナー殿に認めていただくには、『私の尽力によって成された』という形を作らねばならないでしょう。エククシア殿のお考えは判りませんが」
「あれの目当ては峠だ」
「――峠?」
「何もラスカルトへ通じる細道という意味じゃない。〈峠〉の神殿が、杭を打つべき場所だと」
「杭?」
「何のことだか、俺もよく判らん」
ヨアティアは鼻を鳴らした。
「とにかく奴らは、〈峠〉の神殿で何をしても文句を言わない神殿長が欲しい。そういうことらしい」
「何をするんですか?」
思わずと言った体でユーソアは尋ねた。ヨアティアは素っ気なく、知らんと答えた。
「ではやはり、エククシア殿ともお話しをする必要があるやもしれませんな」
「何故だ?」
「それはもちろん、私が味方だと知っておいていただきたいからです」
「いまひとつ、判らんな」
ヨアティアは腕を組んだ。
「お前の『利』は何だ、ユーソア」
ヨアティアは尋ねた。
「王の縁戚となり神殿長となった俺に便宜を図らせる。それだけか?」
「充分ではありませんか?」
騎士は薄く笑んだ。
「む……」
「これ以上具体的にということでしたら、誓いをしていただきませんと」
ユーソアは促した。
「いいだろう」
気軽に、ヨアティアは片手を上げた。
「お前はお前のために、俺は俺のために、互いに協力を。神に誓おうじゃないか」
「話の判る方でたいそう喜ばしい」
ユーソアは礼などした。
「ではまず、申し上げましょう。確かにいまの私には、あなたを神殿長にする権限はない。せいぜい、進言するだけです」
ですが、と彼は言った。
「いまに変わります」
「どう、変わる」
「――協力者の、力で」
ユーソアは笑みを浮かべた。
「誰だと?」
「この場でその名を申し上げることははばかられます。ですが、私はその方の力で〈シリンディンの騎士〉の座に就きました」
「誰のことだ」
ヨアティアは繰り返した。
「それはいずれ、明らかにもなりましょう」
ユーソアはそう答えるだけだった。
「シリンドル国の者か」
「申し上げられません」
「こいつ」
ヨアティアは舌打ちした。
「俺が何か隠していると思って、そちらも隠すのか」
「隠す?」
騎士は片眉を上げた。
「フェルナー殿は、何か隠しごとを?」
「む」
ヨアティアは詰まった。
「いや……」
「私は何も、それを秘密にするとは申しません。ただ、いまはその時機ではないと」
「そのような曖昧な言い方で、信用できると思うのか」
「お決めになるのはあなた様です」
ユーソアは優雅に礼などした。
「ほかの、誰でもない」
「うむ」
こくりと仮面はうなずいた。
「無論だ。〈青竜の騎士〉ごときに俺の行動や決断を決める権利などない」
きっぱりとヨアティアは言ってのけた。
「私は私の利を。これはその方のためにもなるのです。そしてあなたはあなた自身の利を」
ユーソアは繰り返した。
「いいだろう」
ヨアティアはまたうなずいた。
「ではお前の利について話せ」
「陛下の、ことですが」
ゆっくりと、騎士は言った。
「たいそう、お若い」
ユーソアは肩をすくめた。
「相談に乗って差し上げる人物が必要です」
「忌々しいアンエスカがいるだろう」
手を振ってヨアティアは言った。
「奴にやらせておけばいい」
「それで、よろしいのですか?」
ゆっくりと、ユーソアは尋ねた。
「どういう意味だ」
「お判りになりませんか?」
ユーソアは笑みを浮かべた。それはどこか、酷薄な。
「アンエスカ団長は、いささか融通が利かない。年のせいでしょうかね」
肩をすくめて、彼は言った。
「時にフェルナー殿」
彼は続けた。
「もし現団長に何かあれば、次の団長がクインダンでは若すぎる、とは思いませんか?」
「……ほう」
ヨアティアは興味深そうな声を出した。
「成程、判りやすい」
笑いを含んだ声で、ヨアティアは言う。
「お前の望みは、騎士団長の座」
その問いかけにユーソアはただ笑みを浮かべた。それは肯定と取れた。
「アンエスカ。奴を殺ろうと?」
「とんでもない。私がどうしてそんなことを」
騎士は同じ笑みを浮かべたままで手を振った。
「ただ――どんな形であれ、事故は、起きるやもしれませんね」
その言いようにヨアティアは少し黙り、それから笑った。
「面白い」
仮面の男は言った。
「いいだろう、ユーソア。俺とお前で、話を進めようじゃないか」
やってきた返答に、騎士はにこりと微笑んだ。




