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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第3章

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02 素直に信じやがれ

「クインダンとレヴシーに話し、彼らだけが見張りをしていることにすれば、しばらくは保つだろう。だがルー=フィンも様子を見ようと考えるだろうし、彼らも嘘が得意ではない。巧くない」

「そんなに長期戦で行くつもりなのか?」

 片眉を上げて戦士は尋ねた。

「一日二日で充分だ。エククシアの野郎をぶった斬って……」

 彼は斬り伏せる真似をした。

「斬ってどうする」

「解決にならんな」

 肩をすくめて、架空の剣を放り投げる。

「奴を殺せば陛下が戻ると言うのであれば、私が後ろからでも何でも殺してやるが」

「おいおい、騎士団長」

 思わずタイオスは口を挟んだ。

「陛下をお守りするのが私の務めだ。……果たせていないがな」

 自嘲するようにアンエスカは口の端を上げた。

「お前は、エククシアの目的なんざどうでもいいと言ったな。だが問題は、そこにあるんだよ」

 タイオスはどことも知れぬ方角を指した。

「奴らがハルを乗っ取る目的は。シリンドルの支配? この国には、何がある?」

「神のおわす〈峠〉が」

 シリンドル人はまずそう答えた。

「それっくらいしか、ないんだよなあ。……おい、睨むな、俺の言うのはそうじゃなくて」

 まるで「神様以外に何もない」という言葉に聞こえたことに気づき、タイオスは手を振った。

「エククシアは、俺を……と言うか〈白鷲〉を『神秘』だなんて言い立てて、俺につきまとった。幻夜に死んでもらうだとか、訳の判らん台詞も寄越した」

「幻夜だと? 何だそれは」

「知らん」

 ひらひらとタイオスは手を振った。

「奴らは俺だけじゃない、サナース・ジュトンにも目をつけてた。サナースが死んだのは……あいつらのせいなんだ」

「何だと」

 アンエスカは衝撃を受けたようだった。

「ジュトン殿が、奴らに」

「エククシアに殺られたと言うんじゃない。少なくとも、あの野郎が直接、手にかけた訳じゃない。ただ、彼の仕える伯爵が狙われていると思わせて彼に剣を抜かせ、戦いのさなかに」

 戦士はぎゅっと拳を握った。

「魔術みたいな奇妙な力で、サナースの足をとめた。そんなことをされりゃあ、たとえルー=フィンだって、無事でいられんだろう」

「何と……」

 サナース・ジュトンを知るかつての若い騎士は呆然として、しかし次には胡乱そうにタイオスを見た。

「何故、お前がそのようなことを知る」

「あー、言われるかとは思ったんだが」

 タイオスはがくりとうなだれた。

「言えばますます、疑われそうだ」

「事実ならば臆することなく語ればよかろう。過日のように」

「じゃあ言うか?」

 思わずタイオスは挑戦的になった。

「神様が、サナースの目を通して、過去の光景を俺に見せてくださいました」

 祈りの仕草などしながら、言ってのける。

「……何?」

「疑わしいだろうが」

 他人事のように、彼は言う。

「言ってやろう。若い時分のお前も見た。例の、山賊の襲撃だ。サナースに最初に声をかけたのはお前だった」

 言ってやる、とタイオスは繰り返した。

「首領は馬鹿でかい斧使いで、サナースは叫んで飛び出し、そいつの注意を自分に引きつけ、飛び込んで華麗に斬り伏せたな。山賊退治にゃお前も頑張ってたが、そんときゃ口を馬鹿みたいに開けてサナースを眺めてただけだった」

 ちらりとアンエスカを見て、タイオスはつけ加えることにした。

「いまみたいに」

 指摘されて彼は、はっと口を閉ざした。

「あの日の……峠での出来事を体験した者は、いまや私しかいない」

 勇退した元騎士は国内に暮らしたが、ほとんどが老齢となって世を去った。騎士であることに意義を見出せなくなって退いた者はシリンドルにいづらくなって他国へ行った。

 そうして騎士が減っていった結果が、アンエスカ、ニーヴィス、クインダン、レヴシーらたった四人の騎士であった。山賊襲撃の時代に騎士だった者はアンエスカのみということになる。

「その私が話をしていない以上、お前が知るはずはない」

 それとも、と彼はじろりとタイオスを見た。

「あのときお前は、襲撃側にでもいたのか」

「よくもまあ、てめえはそういうことを思いつくな」

 タイオスは呆れた。

「本気で言ったのではない」

 アンエスカは手を振った。

「実際のところは、キルヴン閣下からお聞きしたという辺りだろう」

「そりゃもっともらしい説明だ」

 だがな、と戦士は顔をしかめた。

「神様のお力だと素直に信じやがれ」

「無論、〈峠〉の神の力は信じる」

 シリンドルの男は言った。

「あの日、神が自ら選んだ〈白鷲〉の活躍を見ていたことは間違いなかろう。神はご存知で、そしてその光景を次なる〈白鷲〉に……」

 あまり言いたくなさそうにアンエスカは言った。

「お前に見せたと言うのか」

「サナースの仇討ちをやれ、と言われたのかとも思ったがね」

 判らんな、とタイオスは肩をすくめた。

「仇討ち、か」

 アンエスカは呟いた。

「事実であるなら、私こそエククシアに決闘を申し込みたいところだ」

「やめとけよ」

 タイオスは忠告した。

「あの野郎はおかしな術を使うが、使わなくても、充分強い」

「決闘というのは、『勝てるから申し込む』ものではない」

「阿呆らしい。勝ち目の薄い戦いをわざわざ自分からはじめるこたあない」

 先だって〈青竜の騎士〉に決闘を申し込んだことなどなかったように、戦士は言ってのけた。

「俺ぁ、ルー=フィンから申し込まれたって断ると言ってる通りだ。お前もつまらん挑発には乗るなよ」

「ルー=フィンのこととは、訳が違うだろう」

「そりゃ、違うがな。いま、お前に死なれちゃ面倒なんだよ」

 顔をしかめて、タイオスは言う。

「どうしてもやりたいなら、俺が無事にここを出て、ハルを戻す方法を見つけてからにしろ」

「判っている」

 アンエスカは呟いた。

「――判っている」

(こいつ)

 タイオスはそっと思った。

(……サナースには、本当に、敬意を抱いてたんだな)

(まじで挑発に乗っちまうほど血の気は多くないはずだが)

(少し、気をつけておいた方がいいか)

「フェルナーの、ことだが」

 タイオスの危惧を感じ取ったのかどうか、アンエスカはそれ以上、サナースとエククシアのことには触れなかった。

「婚約、婚姻、あれが何と言おうと進めさせる訳にはいかん。どうにか誤魔化しているが」

「どうやって」

 タイオスは尋ねた。

「『命令だ』とはじまるだろうに」

「ちょうどよい、というのも何だが、明日から三日間、〈峠〉は穢れの期に入る」

 騎士は言った。

「何の期だって?」

「〈峠〉には我ら騎士を除いて入ってはならぬとされる時期だ。我らも奉納のために一度入ったあとは、神殿にも入れん。神殿の警護をするまでだが」

「何でまた、そんなことをするんだ」

 別に挑発する意図でも何でもなく、タイオスはただ素朴な疑問として尋ねた。だがアンエスカはタイオスが礼儀を失したとでも言うように睨んでくる。

「そういうものだと決まっている」

「あ、そ」

 その割には中身のない返答だ、と彼は苦笑いを浮かべた。

(決まりごと、伝統、という類)

(「そういうことになっている」のには、何らかの事情があるもんだが)

(こいつでも知らんほど古い話って辺りか)

 当たり前すぎて語られなかった伝承は、いずれ消えてしまうことがある。もしかしたらそうしたところかな、と余所者は何となく考えた。

「婚約にも婚姻にも〈峠〉の神殿で二日間祈りを捧げる必要があるとし、婚約期間は最低でひと月必要だということにしておいた」

 これは出鱈目か誇張であるようだが、これで婚約までは五日、婚姻まではひと月が稼げるということだ。

「『そんなものは必要ない』とか喚かなかったのか」

「――〈青竜の騎士〉が了承した」

「何だと」

 タイオスは苦々しく言った。

「もう入り込んでるのか。どうやって」

「フィレリアの保護者として、だ」

「そうか。くそ、それがフィレリアの役目か」

 ハルディールを籠絡しようというだけではない、エククシアが「ハルディール王」に近くあるために。「フィレリア」という駒の役割はそこか、とタイオスは歯噛みした。

「だが見えん。フェルナーがハルを乗っ取って、エククシアがフェルナーを操って、『ハル』とフィレリアと結婚させて……何になる」

 目的が見えたと思うのは勘違いだ。その目的の向こうに更に目的がある。つまり、乗っ取りだ婚約だというのは手段にすぎない。

 ならば、「その向こうにある目的」は。

 タイオスが最初に悩み出してからこっち、その答えはちら(・・)とも彼をかすめることがなかった。


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