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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第1章
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07 魂を売りかねない

 それからタイオスは求められるままに戦士仕事の話などをし、サングがようやく「そろそろお休みください」と王子に言ってくれるまでトーカリオンにつき合った。

(やれやれ、肩が凝った)

 タイオスはこっそり思ったが、オルディウスと相向かうよりはましだったと言える。或いは、ほかの一匹(・・)が同席するよりは。

「奇妙な(えにし)もあったものよな」

 分かれ際に、王子は機嫌よく言った。

「噂の〈白鷲〉と、まさかホルッセ劇団見物で出会おうとは」

「俺は芸を見物にきた訳じゃありませんがね」

「では、何であったのだ?」

「護衛の仕事があったんですよ」

 そうとだけ答えた。無償だが、嘘ではない。

「ふむ。普段は護衛戦士だということだったな」

「普段……まあ、いつでもそうですよ」

 トーカリオンの言うのはおそらく「〈白鷲〉でないときは」というところなのだろうが、彼としては何も「護衛戦士の皮をかぶっている」つもりはない。

「よい時間を送った。また、機会があれば話をしたいものだ」

 王子は言い、戦士ははいともいいえとも言えずに、やはり曖昧な笑いだけを返した。

 そうしてトーカリオンは、連れてきていた従者と共に宿へと戻り、あとにはタイオスと――。

「お疲れ様でした」

 サングが残った。

「何でお前は、戻らないんだ?」

 タイオスはもっともな疑問を発した。

「私はまだ、タイオス殿とお話をしておりませんので」

「俺には別に、話なんざないが」

「そう仰らず。奢りますので、もう一杯いかがですか」

「お前の金じゃないだろうが」

 王子殿下のお食事のついで、経費、つまりは税金で奢ってくれようと言うのだろう。タイオスは指摘した。

「私個人に支払ってほしいと仰るのなら、そういたしましょうか?」

「……いや、王子殿下の金でいい」

 サングに個人的に奢られるより、アル・フェイル住民の税金にたかった方がましだと思えた。この(・・)魔術師のことはあの(・・)魔術師よりも警戒の必要がないと感じているタイオスだが、何となく底知れない感じがして、単純に怖いのだ。

「有難うございました、タイオス殿」

 再び席に着けば、魔術師の言葉は意外なものからはじまった。

「何だって?」

「トーカリオン様があれほど楽しそうになさっているのは久しぶりです。いつも父王陛下と姫君に悩まされておいでですので」

「……へえ」

 またもや中身のない相槌を打って、タイオスはトーカリオンに同情した。彼はアギーラ姫を直接には知らないが、もしあの父のような勢いの娘がいるのであれば、あの王子殿下では操縦が難しそうだとは思った。

「ところでタイオス殿は護衛仕事とのことでしたが、こんなアル・フェイルの田舎町まで?」

 何気ない調子でサングは尋ねた。

「この町の者から依頼でもあったのですか?」

「いや、最初からこの町を目指してきた訳でもなくてな」

 戦士はティエを劇団に送ってきたことを簡潔に説明した。

「成程、それでお役ご免ということでしたか」

「まあな」

「殿下がずいぶんとお気に召していた。あの劇団を首都に招くとの話になるやもしれません」

「そりゃいい。是非そうしてやってくれ」

 道化師が望んでいた様子だったのは、これだろう。タイオスはもののついでに売り込むことにした。

「首都公演か」

 アル・フェイドで上演をすればトーカリオンはきっとまたやってくるだろうし、もしオルディウスまで引っ張り出せれば、劇団の評判は〈風のない日に煙が天まで届く如く〉となるだろう。

「うん、都合してやってくれ」

 いささか〈(ディラン)と仲良くなった(クラー)〉のような真似だが、せっかくの繋がりを使わない手もない。

「トーカリオン殿下がずいぶんお気に召したようですから私の口添えなどは不要とも思いますが」

 サングはそんなふうに言ったが、トーカリオンがうっかり忘れでもしたら思い出させるくらいはしてくれそうだった。

「タイオス殿もどうです」

「ああ?」

「アル・フェイドに。タイオス殿がくるとなれば、イズランが喜んで何でも手はずを整えるかと」

「お断りだ」

 きっぱりとタイオスは言った。

「あの野郎の顔なんざもう見たくない。お前さんはまだましだから、こうして話すが」

「それはそれは。イズランも嫌われたものだ」

 サングはかすかに笑った。滅多に表情を変えないサングの笑みに、彼は少し驚いた。

「俺があの野郎を嫌うと、お前さんは嬉しいのか?」

 何となくそんなことを尋ねると、魔術師は片眉を上げた。

「ええ。私は彼の順風満帆な人生が気に入りませんので」

「……はあ」

「冗談です」

「……判りにくい」

 タイオスは顔をしかめた。

「むしろ彼の人生は逆風だらけです。もちろん羨ましくはなく、かと言って同情もしません。それが彼の定めですから」

 魔術師らしい言い方だった。

「もっともイズランには、逆風を力に変える素質が備わっている。それが彼を宮廷魔術師たらしめているのですが、本人はあまり気づいていないようです」

「判らん」

 戦士は正直に言った。

「だが、あの野郎の話なんざしたいとは思わん。俺と会ったことは言うなよ、なんて言っても、無駄かもしれんが」

「貸しにしてもよろしいですよ、〈白鷲〉殿」

 サングは淡々と言った。

「この偶然の再会について、イズランには話さない。殿下に口止めをする。そのようにしてもよいです。お望みなら」

「……イズランに借りを作れば面倒だと思うが、あんたに作るのは、怖いな」

 タイオスは呟くように言った。

「いまの『口止め』は、『言わないでください』とお願いすることじゃ、ないだろう」

 魔術師の行う口止めはもちろん、魔術で。

「主人に術をかけると平気で言う、あんたのそこが俺は怖い」

「トーカリオン様は私の主人ではありません。オルディウス陛下も然り。私にあるじはおりません。もしいるとすれば、それは〈探求者〉メジーディス」

 それは七大神が一神、知識を司る神の名である。

「イズランも同様でしょう。彼は王家に忠誠をを誓っていますが、もしも世界の秘密が彼の前に顕現するなら、悪魔(ゾッフル)にだって魂を売りかねない」

「お前さんたちはもう、売ってるようなもんじゃないのか? 或いは」

 戦士はにやりとした。

売約済み(・・・・)

 その表現に、サングは特に笑わなかった。

「言い得て妙です」

 それどころか賛同をしたが、そこで首を振った。

「しかし、私たち自身の話をしているのではない」

「ああ?」

「秘密が判るならオルディ(・・・・)ウス陛下の魂(・・・・・・)だって売る(・・・・・)。そう言っているんです」

「は」

 タイオスは口を開けた。

「呆れるね」

「もっとも、彼自身がそう言った訳ではない。意外と本心から、陛下にお仕えしているのかもしれませんが」

「どっちなんだよ」

「ですから、判りませんと。私はイズランではありませんので」

 魔術師はもっともなようなことを言った。

(やっぱり、こいつが怖いな)

 タイオスは評した。

(王様の魂だって売ろう、ってのは、こいつの考えじゃないか)

 イズランを自身と同じ位置まで引き上げ――ているのか引き下げているのかは視点次第だが――、同列に語った。戦士にはそう聞こえた。

「もっとも、彼があなたをずっと見ているなら、私が伝えないことなど意味を成しませんが」

「何だと?」

 澄ました物言いに、タイオスは片眉を上げた。

「そうでしょう。言わずとも知っているとなれば」

「……いや、そうじゃなくて」

 彼は顔をしかめた。

見ている(・・・・)ってのはどういう意味だと訊いてるんだが」

「そのままです。魔術で、あなたの動向を見張る。彼の興味の対象である〈峠〉の神の、その騎士の」

「本当に見てる、ってことか? 気味の悪ぃ……」

 タイオスは思わず前後左右を見回した。


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