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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第2章

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09 笑いごとじゃないんだ

 リダールが久しぶりに「小屋」を訪れたのは、シィナにヴィロン神官の話をしようと考えたからだった。

 ヴィロンはシィナの言うような性質の「おかしな人」ではなかったが、やっぱりちょっと「変わった人」ではあった、というようなことを話して仲直りするきっかけになればいいと思ったのだ。

 それから、灰色のフードの連中のこともある。あのあとラシャと少し話し、彼はシィナのために魔除けをもらってきた。

 ラシャは灰色連中のことを知らなかったが、無言の行は通常ひとりで行うものであるし、巡礼であれば必ず目につくところに聖印を身につけているはずだと話した。

 神官は特に結論を出すことなく、危ない真似はしないようにというような曖昧な忠告をしてきた。

 あの男たちに近づくことが「危ない」のかどうか、リダールには判断がつかない。だがシィナは怖がりながらも気にしている。それとも、怖いから気になるのだろうか。

(魔除けをあげたら、少しは安心するかな)

「こんにちは」

 「授業」の終わるタイミングを見計らったリダールは、ちょうど師ホーサイが「今日はここまで」と言うのに行き合った。

「おや、リダール」

 ホーサイは領主の息子に特に敬称をつけなかった。

「久しぶりだ」

「ご無沙汰しております」

 リダールは丁寧に挨拶をした。

「時間を作って、またいつでもいらっしゃい」

 彼はやはりリダールを「家庭の事情で学ぶ時間が取れなくなってしまった子供」のように扱い、気軽な調子で言った。

「はい」

 少年は素直にうなずき、礼も言った。

 彼が学問、知識としてホーサイから学べることはだいたい学んでしまったし、これ以上興味が湧くなら高名な学者でも招いた方がいい。だがここにある「交流」は、館では学べない。

 リダールの返答に師はうなずき、「小屋」を出て行った。

「あー、リダール」

 声を上げたのはランザックである。年齢はリダールより少し下、ぼさぼさの頭にまんまるい目が特徴的だ。

「授業に遅刻だな」

 にやりとして友人は言った。

「大遅刻だ」

 リダールも笑い、それから小屋のなかを見回した。

 参加人数はたいてい、三人から五人。多ければ十人近いこともあるが、少ないときは誰もいないときもあるとか。

 屋内に頭数はリダールを入れて四つだった。つまり今日、先生の話を聞いたのは三人。ランザックとフィブナ、それからガーズ。

「あれ」

 リダールは目をぱちぱちとさせた。

「シィナは」

「あいつ、最近こないんだ。時間がないとか言って」

 ランザックは手を振った。

「灰色を追い払うんだとか言ってたけど」

「灰色」

 もちろんそれはローブ連中のことだろう。

「追い払うって? 何か危ないことをしてるのかい」

 心配になってリダールは尋ねた。さあ、とランザックは肩をすくめた。

「こないんだから聞けもしないよ」

「……僕」

 リダールは顔をしかめた。

「心配だな。やめろって言ってやらなくちゃ」

 どういう人物たちなのか判らないが、「追い払う」ようにされて嬉しいはずもない。巡礼者なら乱暴を働いたりはしないだろうが保証はない。ましてや、巡礼者ではなさそうだ。

「へえ」

 そこでランザックは笑った。何を笑うのか判らなくて、少年は首をひねった。

「笑いごとじゃないんだよ、ランザック」

 彼はもっともなことを言った。

「僕は何も、『余所者だ』なんて言って来訪者を冷遇するつもりなんかないけど。ほんとに気にかけてる人が多いなら、調査は必要だと思うし」

 考えつつ彼は言う。

「シィナの言うことはもっともだけど、そういうことをやるならやっぱり父上……父さんで」

 もちろんキルヴン伯爵その人が調査をして回るのではなく他者に命じるということになるが、何にせよ、シィナがやることではない。

「何だか、知らないけど」

 ランザックは灰色ローブ連中に興味を持たない風情だった。

「シィナを心配してんのか」

「うん」

 彼はいつも通り素直に言った。

「心配だ」

「ははあ」

 ランザックは笑った。

「さてはお前、シィナに気があるんだろう」

 その問いかけ、またはからかいに、リダール少年は目をぱちくりとさせた。

気がある(・・・・)

 彼は繰り返した。

「……って、どういうこと?」

「どういうって、お前」

 ランザックは拍子抜けしたようだった。或いは困ったような――からかい損なったというような顔をした。

「お前にゃ判んないか」

 そう言われたが、リダールとて、友人が口にした言い回しの意味合いくらいは知っている。ただ、使用法が適切ではないのではと思い、自分が考えているのとは別の意味があるのではないかと思ったのだ。

 だがそういう雰囲気でもない。

「あのさ、ランザック」

 リダールは真面目な顔をした。

「僕は、そういうんじゃないよ」

「別に隠さなくてもいいぜ。趣味なんて、人それぞれなんだからな」

 子供は知ったように言って、手を振った。

「とにかく、シィナは今日はきてないし、どこにいるかも知らないよ」

「家は?」

 リダールは続けて尋ねた。

「シィナがどこに住んでるか、ランザックは知ってる?」

 ランザック少年は、リダールがそこまで突っ込んでくるとは思わなかったようだった。確かにいつもの彼なら「そう、いないのか。じゃあまた」で終わりそうだ。

 だがシィナに話をしたいという気持ちと、魔除けを渡したい気持ちが大きかった。

「おいらも詳しくは知らないけど、だいたいなら」

 ランザックはどこだかを指してにやりと笑った。何が可笑しいのだろう、とリダールが訝しめば、それはこういうことであるらしかった。

「お前ら、最近つるんで何やってんの?」

「え?」

 リダールは目をぱちくりとさせた。ランザックはにやりとする。

「面白そうなことなら、おいらも混ぜろよ」


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