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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第2章

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08 壊れた音

「……しかし、その金は、どっから出てんだろうな」

 店の主人らしくと言おうか、モウルはそんなことを呟いた。

「まさか働いて稼いだ訳でもないだろう」

「そりゃな。だが、魔物がひったくりや追い剥ぎってのもぴんとこない」

 イリエードは肩をすくめて返した。

 街の外で人間を襲う類は、縄張りを荒らされてだとか、考えたくないことだが食糧としてだとか、そうした理由で襲うのだ。金のためではない。

「よし、お前の言った店の亭主なら知り合いだ」

 モウルはにやりとした。

「話を聞こう」

「おいおい、俺ぁあんまり目立っちゃならないんだ」

 戦士は首を振った。

「依頼は奴らの動向を掴んでおけということだろう? 様子を聞いて何が悪い」

「向こうに伝わったらどうするんだ」

「言うなと言っとくさ」

 モウルは肩をすくめた。

「心配すんな。奴らとは馴染みだから」

「あんたの顔の広さは承知だがねえ」

 〈縞々鼠〉亭の主は、リゼン中に顔が利くのである。

「お前が嫌なら、俺がひとりで」

「だからそれは危ないってんだよ」

 いくらかつては戦士だったと言っても、空白期間は長い。単純に、体力も落ちているはずだ。訓練をやめたからでもあれば年齢のせいもあろうが、何にせよ、若い頃と同じつもりで立ち回ろうとすれば、相手が何もしなくても転んで大怪我をしかねない。

「仕方ねえなあ。おやっさんに話しちまったのは俺なんだし、面倒は見るか」

 ぼそぼそとイリエードが言えば、モウルは顔をしかめた。

「偉そうに。何様だ」

「しがない引退戦士さ」

 戦士は肩をすくめた。

「ただし、あんたよりずっと現役に近い」

「ううむ」

 否定できず、モウルはうなった。

「――何、金払いがいいのさ」

 一軒目の主は気軽に言った。

「確かに不気味なところはあるし、ほとんど部屋を出ないのも気味が悪い。だが、『ひと月分だ』と言って三倍出されたらあんただって目をつむるはずさ」

「『言った』」

 イリエードは呟いた。

「喋ったのか?」

「あぁ? ああ、いや、あのフードをかぶった奴らは口を利かないな。交渉してきたのは、別の奴だよ」

「どんな奴だ」

「どんなって」

 亭主は首をかしげた。

「別にどうってことない、若い男さ」

「どうってことない」

 イリエードは繰り返した。

「何もおかしなところはなかったか」

「はあ?」

「だから……」

「目が三つあるとか角が生えてたとか」

 茶化すように言ったのはモウルだ。

「おやっさん」

 戦士はたしなめた。亭主同士は笑っていた。

「角も尻尾も生えてなかったとも。何の変哲もない」

「ふん……」

 イリエードは考え、モウルは礼を言った。

「どう思う、おやっさん」

 宿屋を出ると、彼は尋ねた。

「俺ぁお前と同じ考えよ」

「ずるいな」

 彼は苦笑した。

「さぼってる訳じゃないぞ。疑うなら言うが」

 前置きしてモウルは続けた。

「『そいつは人間だな』」

「まあ、そうだろうな」

 灰色族の見た目が「何の変哲もない」なら、彼らはフードで顔を隠す必要などない。見て判る差異が明らかに存在するからこそ、隠すのだ。

「しかし、人間が魔物の使いとはなあ」

「使い?」

 イリエードは目をしばたたいた。

「逆じゃないのか」

「お前は『何の変哲もない男』が魔物を統率でもしてると思うのか?」

 モウルは呆れたように言った。

「奴らにとって人間は餌だ。食糧なんだぞ。豚の指示に従う人間がいるか?」

「……それは言い過ぎじゃ」

「いいやちっとも。格上げしすぎたくらいだ。羽虫の言うことを聞くか、くらいだっていい」

 魔物の襲撃を知る男は鼻を鳴らした。

「羽虫が用意した宿に泊まる人間もいないんじゃないか」

 思わずイリエードが反論すればモウルは笑った。

「それもそうだな」

「まあ、要するにあんたが言いたいのは、魔物がご主人様で、『何の変哲もない』のは召使いだと」

「奴隷、くらいだな」

 あくまでもモウルは、その差を大きくしたいようだった。

「もう一軒、訊いてみるか」

 二軒目でも、話はそう変わらなかった。やはり三倍の金を出され、交渉に当たったのは「特に印象に残らない若いの」。

 イリエードは、その男が指示していたようだったか、との質問を挟んでみた。答えはモウル寄りだった。つまり「丁重にご案内してるような感じだったな」。

「人間を従える魔物、か」

「そいつが異常な物好きだというだけかもしれんじゃないか」

 戦士は言ったが、親爺は顔をしかめて首を振った。

「金のことを忘れたか? 三十人分だかの、三月分の宿代。その若造は、そんな金額をさらりと出せる金持ちなのか?」

「知らんよ」

 イリエードは当然の回答をしたが、モウルの言うことにも一理あると感じた。少なくとも金持ちが背後についているか、はたまた――。

「何らかの計画のために、大金を用意してたってとこだろう。だがひとりじゃ難しい」

「計画って何だ」

 今度はイリエードが問うようにしたが、今度はモウルが「知らんよ」と答えた。

「ついでだ。もう一軒も」

 同じような話しか聞かれないとしても、どうせだから行ってみるかとふたりは夜のリゼンを歩いた。

「こっちだ」

 親爺の案内に角を曲がりかけたイリエードは、はっとして親爺の首根っこを捕まえると、角の手前に戻った。そして「静かに」と指を立てて唇に当てる。

 さすがに元戦士はその警告をすぐ理解した。その辺りのただの親爺のようには「何だどうした」などと馬鹿げた大声を出すことなく、うなずいて足をとめる。

『いるのか』

 その代わり、聞こえるか聞こえないかの小声で確認をしてきた。

『ああ』

 戦士はうなずいた。

『ふたり、いや、三人……』

 そこにいたのは、灰色ローブ二体分。もうひとつはローブ姿とは見えなかった。噂の「特徴のない男」なのか、それとも。

「あー? 何だ、お前ら」

 と言われたのは彼らではなかった。「もうひとり」が灰色連中に向かって言ったのだ。イリエードとモウルは顔を見合わせた。

 どうやら連中の仲間――奴隷――では、ないらしい。

「巡礼か何かか? 陰気臭い格好しやがって。てめえらなあ、目障りなんだよ」

 威勢のいいことを言っている男は、どうやら少し酔っ払っているようだった。敬虔に神殿に通うような人種なら、因縁をつけても言い返してこないとでも思ったのかもしれない。

「近頃、あちこちで見かけるな? いつまでこのリゼンにいる? とっとと出て行けよ」

『意外と』

 親爺が呟いた。

『気づいてる奴もいるんだな』

『まあ、そうだろう』

 イリエードは返した。

『ひとりならともかく集団でいるのを一度でも見かければ、ばっちり記憶に残りそうなもんだ。二度、三度と続けば誰だって』

『それもそうだ』

 モウルもうなずいた。

『それにしても、正体も知らんで喧嘩を売るなんて、馬鹿な奴だ』

『連中が暴れたって話は聞かないが、もし騒ぎになるようなら』

『助けてやるか?』

 モウルは片眉を上げた。

『それとも、気の毒だがいっそ哀れな犠牲者になってもらって、町に警鐘を鳴らす?』

『手段のひとつだな』

 それは戦い手ならではの冷徹、或いは冷静な発言であったが、一種の冗談でもあった。誰かを見殺しにすることが利益に――自らのためにせよ、依頼主のためにせよ、世界(・・)のためにせよ――つながるとあれば、敢えてそうすることも必要だ。イリエードもモウルもそうした価値観を知っているが、いまのは本気と言うより、軽口という段だった。

 そう、何も本当に見殺しにするつもりではなかった。

 たとえ連中があの酔っ払いにどうしようもなく腹を立てたとしても、殴りかかるとか突き飛ばすとか、そうしたことであろう。酷い私刑でもはじまるようであれば、素早くとめた方がいいが――くらいのことを考えていたイリエードは、結局、イズランの言う意味を理解していないとも言えただろう。

『こういうときどんな対応に出る奴らなのか、参考に』

 そんなことを囁く、合間だった。

 酔っ払いの喚き声が、不意に消えた。それは、不自然すぎるほど突然に。

 続いたのは、何か大きくて重いものが倒れたような音。否、倒れたというだけではない。壊れた音(・・・・)がした。

「な」

 何だ、何ごとだ、とイリエードはモウルを制しながら角の向こうをのぞき込んだ。

「なに……?」

 戦士は、自身が目にしたものを理解しかねた。

 二体の灰色族は、何ごともなかったように去っていくところだった。

「おい、どうした。黙りこくって」

 こらえきれなくなって親爺ものぞき込む。

「ん……?」

 やはり彼も、よく判らなかった。

 酔っ払いがそこで倒れているとか、死んでいるとかであっても、彼らは状況を把握しただろう。言ったようにいくらか気の毒とは思うが、喧嘩をふっかけたのは酔っ払いの方であるのだから自業自得だな、と冷静に評価しつつ連中を警戒し、町憲兵隊に届けるくらいのことをすぐさま行っただろう。

 だが、酔っ払いはそこにいなかった。

 その代わり、路地には奇怪なものが落ちていた。

 まるでそれは、等身大の彫像。

 いや、人形とでも言うべきだろうか。

 そこには、人の形をした――していた何かの破片が、重い槌でたたき壊されたかのように散らばっていた。


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