06 反逆罪と取る
ヴォース・タイオスがやってきたのは、ちょうどそのときだった。
ハルディールが行方不明だと聞いて慌ててやってきたのだ。
そう、彼はちょうど、その宣言の直後に生じたわずかな沈黙の間にその場を訪れた。
「――何だ、いるじゃないか」
というタイオスの安堵の呟きは、続いた大声でかき消された。
「何を、仰るのですか!」
いち早く立ち直ったと言おうか、責任を思い出したのはやはり、シャーリス・アンエスカだった。
「重大になり得るご発言を衝動で行われては困ります」
「衝動だと」
少年は笑った。
「僕の決断が熟考の上であろうと衝動であろうと、お前には僕の決定に逆らうことはできない」
笑ったままで、彼はアンエスカを指した。
「違うか? 騎士団長」
「いえ……仰る通りです、陛下」
アンエスカは目をしばたたいた。
「そうだろう」
少年は満足そうにうなずいた。
「お前は名高い〈シリンディン騎士団〉の長だが、僕の臣下だ。僕が命じれば、お前は僕の手足となって働く。そうだな?」
「――は」
戸惑いがちに、だが否定できず、アンエスカはうなずいた。
「ですが、陛下」
「反論は許さぬ」
素早く、少年は言った。
「これまで僕は、お前の意見をよく聞いてきたのだろうな?」
いささか奇妙な言い回しだった。
「だがシャーリス・アンエスカ。これからはそうはいかない。これからは僕が決め、お前は従うのだ」
「これまでとて、私の意見を押し通したことなどは、なかったはずですが」
アンエスカは言った。
「お決めになっていたのは、陛下です」
「詭弁を」
少年は手を振った。
「お前が、お前の意見に沿うよう、僕を説得していただけではないか? だがもう騙されぬと言っている、アンエスカ」
「陛下……?」
妙だ――と、その場の誰もが感じざるを得なかった。ハルディールが、彼らの王が、彼らしくないことを。
「陛下」
アンエスカはじっと見た。彼の主であるはずの少年を。
「おい、ハル」
状況はいまひとつ判らなかったものの、黙っていられなくて、タイオスは口を出した。
「どうしたんだ? お前……」
おかしいぞとか何かあったのかとか、言ってもあまり意味のなさそうなことを戦士が口にする、前だった。
く、と――少年が笑う。
「てめえ」
ヴォース・タイオスはそのとき、首筋の毛がぞわりと逆立つのを感じた。
見えた。
感じられた。
それが。
「フェルナー!」
彼は叫んだ。
「てめ、ハルをどこにやりやがった!」
すぐさま戦士は、掴みかかった。ハルディールの顔をして、死んだ子供と同じ笑い方をする、その少年に。
「放せ、この、粗暴な気狂いが!」
ハルディールが決して言わぬ調子で、偽の少年王は笑った。
「団長、これを捕らえろ。このような大嘘つきの狂人が〈白鷲〉であるはずはない。ルー=フィンの言う通り、こやつは神を欺いているのだ。その罪は重い」
「タイオス、放せ」
アンエスカの、細身ながら力強い手が、タイオスの腕を掴んだ。
「おいっ、お前はそこまで馬鹿か?」
仕方なくタイオスはハルディール――フェルナーを解放したが、同時にアンエスカを睨んだ。
「判るだろうが! こいつが、ハルじゃないのは……」
「陛下だ」
きっぱりとアンエスカは言った。タイオスは何か返そうと口を開きかけ、だがそのまま口を閉ざした。
(こいつ……)
「いいぞ、アンエスカ」
フェルナーは笑い続けた。
「この男は、フェルナーをヨアティアだなどと言っていたが、今度は僕をフェルナーなどと言い出した。頭がおかしいことは間違いない。こんな男を放っておいては危険だ」
少し考えるように間を置いて、それから彼は続けた。
「団長、こやつを牢屋に放り込んでおけ」
「てめえ、言うに事欠いてよくも」
「仰せのままに」
「ア……アンエスカっ、てめえもいい加減に」
「クインダン。ルー=フィン。捕まえろ」
「しかし、団長……」
「御意」
「おい。おいおい、やる気かよ?」
タイオスは一歩退いて、剣の柄に手をかけた。
「忠告しておこう、タイオス」
アンエスカが言った。
「陛下の御前でその命令に逆らうべく剣を抜けば、即ち反逆罪と取る」
「何だとぅ?」
「おとなしくしろ、タイオス」
淡々と言ったのはルー=フィンである。
「ついに本性が明らかになったな。陛下のご英断に感謝したいところだ」
「……てめえ、そういう台詞は後悔することになると何度言ったら」
戦士はうなった。どうにも、分が悪い。ここで剣を振り回して逃亡を図れば、犯罪者確定という訳だ。
タイオスはしばし黙り、それから両手を上げた。
「判ったよ。この場で処刑でもされちゃかなわん」
冗談めかして彼は言ったが、ルー=フィンの目を見ると、あながち素っ頓狂な出鱈目でもない気がした。
「いまは引く。だがなフェルナー、このままでいられると思うなよ」
「狂人の戯言だ」
それは奇妙な光景だった。
ハルディールの姿をしたフェルナーは勝ち誇り、その傍らにアンエスカ。フェルナーを睨むタイオスのすぐ近くでは、ルー=フィンがいつでも剣を抜ける体勢で彼を見張り、クインダンは同様の位置に着きながらも戸惑っている。レヴシーとユーソアは、何が何だか判らないという表情だ。
だが少なくともヴォース・タイオスは、孤立しているように見えた。
「歩け」
ルー=フィンが促した。
「おかしな真似をすれば、背後からであろうと、即刻斬る」
脅しじゃないなと、タイオスは息を吐いた。




