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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第2章

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06 反逆罪と取る

 ヴォース・タイオスがやってきたのは、ちょうどそのときだった。

 ハルディールが行方不明だと聞いて慌ててやってきたのだ。

 そう、彼はちょうど、その宣言の直後に生じたわずかな沈黙の間にその場を訪れた。

「――何だ、いるじゃないか」

 というタイオスの安堵の呟きは、続いた大声でかき消された。

「何を、仰るのですか!」

 いち早く立ち直ったと言おうか、責任を思い出したのはやはり、シャーリス・アンエスカだった。

「重大になり得るご発言を衝動で行われては困ります」

「衝動だと」

 少年は笑った。

「僕の決断が熟考の上であろうと衝動であろうと、お前には僕の決定に逆らうことはできない」

 笑ったままで、彼はアンエスカを指した。

「違うか? 騎士団長」

「いえ……仰る通りです、陛下」

 アンエスカは目をしばたたいた。

「そうだろう」

 少年は満足そうにうなずいた。

「お前は名高い〈シリンディン騎士団〉の長だが、僕の臣下だ。僕が命じれば、お前は僕の手足となって働く。そうだな?」

「――は」

 戸惑いがちに、だが否定できず、アンエスカはうなずいた。

「ですが、陛下」

「反論は許さぬ」

 素早く、少年は言った。

「これまで僕は、お前の意見をよく聞いてきたのだろうな?」

 いささか奇妙な言い回しだった。

「だがシャーリス・アンエスカ。これからはそうはいかない。これからは僕が決め、お前は従うのだ」

「これまでとて、私の意見を押し通したことなどは、なかったはずですが」

 アンエスカは言った。

「お決めになっていたのは、陛下です」

「詭弁を」

 少年は手を振った。

「お前が、お前の意見に沿うよう、僕を説得していただけではないか? だがもう騙されぬと言っている、アンエスカ」

「陛下……?」

 妙だ――と、その場の誰もが感じざるを得なかった。ハルディールが、彼らの王が、彼らしくないことを。

「陛下」

 アンエスカはじっと見た。彼の主であるはずの少年を。

「おい、ハル」

 状況はいまひとつ判らなかったものの、黙っていられなくて、タイオスは口を出した。

「どうしたんだ? お前……」

 おかしいぞとか何かあったのかとか、言ってもあまり意味のなさそうなことを戦士が口にする、前だった。

 く、と――少年が笑う。

「てめえ」

 ヴォース・タイオスはそのとき、首筋の毛がぞわり(・・・)と逆立つのを感じた。

 見えた。

 感じられた。

 それが。

フェルナー(・・・・・)!」

 彼は叫んだ。

「てめ、ハルをどこにやりやがった!」

 すぐさま戦士は、掴みかかった。ハルディールの顔をして、死んだ子供と同じ笑い方をする、その少年に。

「放せ、この、粗暴な気狂いが!」

 ハルディールが決して言わぬ調子で、偽の少年王は笑った。

「団長、これを捕らえろ。このような大嘘つきの狂人が〈白鷲〉であるはずはない。ルー=フィンの言う通り、こやつは神を欺いているのだ。その罪は重い」

「タイオス、放せ」

 アンエスカの、細身ながら力強い手が、タイオスの腕を掴んだ。

「おいっ、お前はそこまで馬鹿か?」

 仕方なくタイオスはハルディール――フェルナーを解放したが、同時にアンエスカを睨んだ。

「判るだろうが! こいつが、ハルじゃないのは……」

陛下だ(・・・)

 きっぱりとアンエスカは言った。タイオスは何か返そうと口を開きかけ、だがそのまま口を閉ざした。

(こいつ……)

「いいぞ、アンエスカ」

 フェルナーは笑い続けた。

「この男は、フェルナーをヨアティアだなどと言っていたが、今度は僕をフェルナーなどと言い出した。頭がおかしいことは間違いない。こんな男を放っておいては危険だ」

 少し考えるように間を置いて、それから彼は続けた。

「団長、こやつを牢屋に放り込んでおけ」

「てめえ、言うに事欠いてよくも」

「仰せのままに」

「ア……アンエスカっ、てめえもいい加減に」

「クインダン。ルー=フィン。捕まえろ」

「しかし、団長……」

「御意」

「おい。おいおい、やる気かよ?」

 タイオスは一歩退いて、剣の柄に手をかけた。

「忠告しておこう、タイオス」

 アンエスカが言った。

「陛下の御前でその命令に逆らうべく剣を抜けば、即ち反逆罪と取る」

「何だとぅ?」

「おとなしくしろ、タイオス」

 淡々と言ったのはルー=フィンである。

「ついに本性が明らかになったな。陛下のご英断に感謝したいところだ」

「……てめえ、そういう台詞は後悔することになると何度言ったら」

 戦士はうなった。どうにも、分が悪い。ここで剣を振り回して逃亡を図れば、犯罪者確定という訳だ。

 タイオスはしばし黙り、それから両手を上げた。

「判ったよ。この場で処刑でもされちゃかなわん」

 冗談めかして彼は言ったが、ルー=フィンの目を見ると、あながち素っ頓狂な出鱈目でもない気がした。

「いまは引く。だがなフェルナー、このままでいられると思うなよ」

「狂人の戯言だ」

 それは奇妙な光景だった。

 ハルディールの姿をしたフェルナーは勝ち誇り、その傍らにアンエスカ。フェルナーを睨むタイオスのすぐ近くでは、ルー=フィンがいつでも剣を抜ける体勢で彼を見張り、クインダンは同様の位置に着きながらも戸惑っている。レヴシーとユーソアは、何が何だか判らないという表情だ。

 だが少なくともヴォース・タイオスは、孤立しているように見えた。

「歩け」

 ルー=フィンが促した。

「おかしな真似をすれば、背後からであろうと、即刻斬る」

 脅しじゃないなと、タイオスは息を吐いた。


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