03 忘れないでほしいと
どうした、ものか。
中年戦士は頭が痛くなる思いだった。
ルー=フィン。フェルナー。エククシア。どいつからも目が離せない。だが彼の目はひと組しかない。
いかに記憶を乱されていようと、ルー=フィンはルー=フィンだ。シリンドルやハルディールの害になるようなことはするまい。そう考えれば、少しは放っておいても大丈夫そうな気がする。
だが、放っておいてよいと判断してこの状態を招いたこともある。「あいつなら大丈夫」という油断は禁物だ。
フェルナー自身は、大したことができないようにも思う。口先でうだうだ言うだけだ。
あれがヨアティアであっても同じこと――ではない。あの男は、魔術のような技を使う。もしもそれでハルディールを狙われたらと思えば、気が気ではない。
だが何よりもエククシア。その狙いはタイオス、と言おうか、〈白鷲〉の「神秘」である。
訳の判らないことと思うのはいまも変わらないものの、彼のいないシリンドルにこうして入り込もうとしていた、そのことは非常に気にかかる。〈白鷲〉ではなく〈峠〉の神の方に目をつけたのか。
エククシアが何を「神秘」として気にかけているのか、その理由や根拠のようなものはタイオスには不明だ。だが自分より神様の方が神秘的だろうとは思う。たとえ、敬虔な信者をろくに守れない神でも。
結果としてタイオスは、エククシアを見張ることにした。
「オーディス兄妹」の迎えということで、〈青竜の騎士〉はハルディールに招かれ、王に――意外にも――丁重な挨拶をした。少年王も丁寧に言葉を返し、いくつか質問をした。エククシアは、不自然なところのない出鱈目を答え、ハルディールは納得したようだった。
タイオスは何かいろいろ言いたいのをこらえ、黙ってその場にいた。
「話が進めば、すぐに教えてもらいたい。彼らが無事に……故郷に、戻れる日を願っているから」
ハルディールは躊躇いを隠そうとしながら言った。
「有難きお言葉です、王陛下」
囁くような声で、エククシアは返した。
「殊、フィレリアはこの国がたいそう気に入ったようで、去るのは寂しいと申しております」
「フィレリア殿が」
そのとき少年の頬は、かすかに紅潮したようだった。
「我が国を気に入ってもらえたのなら、喜ばしいことだ。どうか」
少しだけ間を置いて、ハルディールは続けた。
「ここのことを……忘れないでほしいと」
(本当は「自分を」とでも言いたいのかね)
タイオスはそっと思った。
(だが、正直、心配だ)
(たとえあの娘の役割が、俺を疑わせるための悲鳴係にすぎなかったとしても)
(エククシアやライサイが用意した女だ。これ以上、ハルに近づける訳にはいかん)
くれぐれもアンエスカに言っておくかな、とタイオスは思った。彼の言うこと成すこと気に入らないあの騎士団長であっても、嫌いな戦士と逆の立場だからとエククシアを全面的に信頼するほど馬鹿ではない。はずだ。
(ハル自身……俺を疑うのエククシアを信じるのという問題以前として、気になる娘に気軽に声をかけられん立場だというのは、よく判ってるはずだ)
(それは気の毒だとも思うし、血筋がどうのと考えるのは俺の役割じゃないというのも、既に考えたことだが)
(王家の血筋の問題と、エククシアの企みは別件だ。ハルを応援するかしないかって話じゃない)
(個人的には応援してやりたいが、もっと問題なさそうな女にしてくれ)
或いは、フィレリアに何の問題もなし、ルー=フィンのように記憶を乱され、利用されていただけだと判れば、それはそれでいい。だが現状では、皆目見当がつかない。
(フェルナー。ヨアティア。ルー=フィン。エククシア)
(……ハルからも目を離す訳にはいかんのかも、しれないな)
〈白鷲〉はこっそり、嘆息した。
(くそう、〈峠〉の神様よお)
(ちぃとばかし、人使いが荒すぎないか?)
今回の「仕事」は少年王の愚痴を聞いてやるだけではないか、などと考えた自分自身も対象に含め、彼は様々な罵倒文句を心に思い浮かべた。




