02 剣を納めてください
タイミングを見計らう。ふたりの動きをよく見て。
〈シリンディンの騎士〉もまた、細剣を抜いた。カァン、とひときわ高く、剣の合わさる音がする。
「な」
「――見事」
タイオスは、まるでクインダンがその場にいたことを忘れていたかのように驚き、エククシアは低く賞賛の声を洩らした。
二者の剣が合わさった瞬間、クインダンのそれもまた重ねられた。彼は両者の均衡を崩す形で武器を引かせ、剣戟のただなかに入り込んでそれをとめた。
「おい、無茶すんな。じゃねえ、邪魔すんな」
「そうはいきません、タイオス」
緊張した声音で、青年騎士は言った。
「あのな。俺はフェルナーを襲ってる訳じゃないだろ。黙って見てても、お前が命令に反したことにはならない。違うか?」
「違いません」
「なら、何で――」
「黙って見物していられるはずが、ないでしょうが」
クインダンはもっともなことを言った。
「両者、剣を納めてください。さもなくば、私に与えられている権限を以て、あなたたちのどちらをも騒乱を起こす者と見なし、捕らえます」
「おい……」
「本気ですよ、タイオス」
「お前さんがそんな冗談を言うとは思ってないさ」
「命拾いをしたな、ヴォース・タイオス」
エククシアは笑った。
「あと数合もすれば、我が剣がお前を貫いていたことだろう」
「は、大言壮語を吐きやがって」
タイオスはエククシアを罵った。
「そこな騎士は自らの命を賭けて、お前の身を守ったのだ」
「何ぃ」
「感謝こそすれ、恨み言などは筋違いというもの」
金髪の剣士は笑っていた。
「クインダン、お前……」
「エククシア殿」
青年は、タイオスではなくエククシアに呼びかけた。
「私こそ筋違い、いささか的を外したことを申し上げますが」
彼はそう前置いた。
「――私は、〈白鷲〉が何者かに敗れるとは思っておりません」
「……ほう」
「おいおい」
それは買いかぶりだ、とタイオスは息を吐いた。
「ですが、ここは戦場ではない。私は、不要な騒ぎから国と国民を守るため、あなた方をとめました。そのことはご承知おきを」
「成程、〈白鷲〉の助太刀ではないという意味だな」
エククシアは肩をすくめた。
「騎士。クインダンと言ったか」
「クインダン・ヘズオートと申します」
彼は名乗った。
「覚えておこう」
エククシアは剣を納めた。クインダンは気がかりそうにタイオスを見た。戦士は剣を下ろしていたが、納めようとする気配はない。もっとも、その鞘は地面に落ちているということもあったが。
「――タイオス」
「……まあ、簡単に殺れると思っちゃいないし、何か考えがあった訳でもない。血気盛んな若造みたいに、こいつに腹が立っただけだからな」
ぼそぼそと戦士は言った。それは、改めて斬りかかりはしない、という意味合いに取れ、クインダンはほっとした。
「だが、いいか、エククシア。ここにはこれだけ優秀な〈シリンディンの騎士〉がいる。何でもてめえらの思い通りになると思ったら、大間違いだぞ」
「私が何を望んでいると?」
「知るか。だがフェルナーとヨアティアと、ルー=フィンを使って、何か企んでることは間違いない」
「まだそんなことを言っているのか」
口を挟んだのは、剣戟が終わって余裕を取り戻したらしいフェルナーだった。
「企みを持つのはお前だろう、タイオス。クインダンとやら、早くこの男の正体に気づくといい」
くっとフェルナーは笑った。
「ルー=フィン・シリンドラスのようにな」
「クソガキが」
タイオスは舌打ちした。
「おい、エククシア。ライサイはどこだ。お前たちの宗主サマは」
「聞いて、どうする」
「ルー=フィンをもとに戻させるに決まってるだろうが」
「同じ台詞か」
エククシアは首を振った。
「芸のない」
「俺は面白おかしく話そうとしてる訳じゃないんだよ」
戦士は顔をしかめた。
「ちゃんと調べりゃ、フェルナーの嘘なんて穴ぼこだらけだと判るんだぜ。ぼろが出ない内に、さっさと」
「では、調べるがよい」
エククシアは気にしなかった。
「お前に都合のいい証拠と証言でも、見つけてくるがいい」
「この野郎。俺が捏造すると言わんばかりか」
「私はそのようなことを言っていない。語るに落ちたか」
「この、クソ野郎」
「タイオス」
クインダンは諫めた。
「ときに、エククシア殿。貴殿はオーディスご兄妹の迎えの方というお話だが、彼らが帰る支度が整ったということでよろしいのか」
「それは」
金髪の騎士はかすかに笑った。
「間もなくだ」
「では……」
「『間もなく』ねえ」
曖昧な返答だ、とタイオスは指摘した。
「要するに、まだ居座るって訳だろ。お前も。お前も」
タイオスはエククシアとフェルナーを順に指した。
「いっそ、騒乱罪とやらでお前を捕まえておいた方がいいかもしれん、という気がした」
「タ、タイオス」
クインダンは焦った。もう一度やる、という台詞に聞こえる。しかし戦士は、大丈夫だというように、剣を持たない左手を上げた。
「こいつだけが問題なら、俺も一緒に、牢でも何でも入ってやるさ。だがそうじゃない。フェルナー。ヨアティア。ライサイ。俺が一緒になって捕まってる訳にはいかないからな」
だいたい、と思い出したようにタイオスは渋面を作った。
「こいつは魔術師みたいに、あっちこっち跳んでいけるんだった。鉄格子になんか、意味はない」
「魔術師、なのですか」
少し驚いてクインダンは尋ねた。
「いや」
エククシアは否定した。
「魔物だ。人外。化け物。半分だがな」
タイオスは言った。
「信じないか? それも仕方ない。だがこいつの目は、その証だそうだ。当人曰く」
「訂正しよう、〈白鷲〉」
エククシアは薄く笑った。
「物語師の素質くらいは、あるようだ」
「くそ。どうしても俺を〈嘘つき妖怪〉に仕立てようって魂胆か」
先入観を除いて客観的に判断するのであれば、タイオスは突拍子のないことばかり言っているように聞こえる。タイオスのことを知らなければ、誇大妄想狂の危険な男としか――。
(だが、そんな人物ではない)
(……はずだ)
かと言って、エククシアやフェルナーが嘘をついているかと言うと、判らない。
ましてや、ルー=フィン。
彼に、あんな嘘をつくどのような理由があると。
(タイオスとルー=フィンの言うことが一致しているならば、何も迷うことはないのに)
「仕方ない、クインダン。俺にここでこいつを斬らせろとは言わん」
実際、斬れんかもしれんしな、と戦士の言葉は続いた。
「だが、疑え」
彼は言った。
「俺のことは信じてもらいたいが、どうにも怪しいからな。疑ってくれてかまわん。その代わり、こいつらも信じるな」
それがタイオスにできる精一杯の要請だった。
戦士は鞘を拾い、ようやく刃を納めた。だがその視線は鋭くエククシアに向いており、クインダンはなかなか、剣をしまうことができずにいた。




