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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第2章

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01 奇妙な動きを

 瞬時に〈白鷲〉が最大級の警戒をしたことは、クインダンにもすぐ判った。

 だがその理由は判らない。〈青竜の騎士〉と名乗る男は、フェルナー・オーディスの助け手だ。オーディス兄妹が無事カル・ディアルに戻れるよう、手を打っている人物。少なくとも彼はそうした説明を受けた。

 エククシア。それはタイオスの話に出てきた人物と同じ名前だが、そのことについても判断はつけがたいままだった。

 クインダンとしては、タイオスを信じたい。あの混乱のなかで、共に戦った戦士。ヨアフォードに捕らえられていたクインダンとレヴシーを救い出し、ハルディールを守って町を走った。神の御前で反逆者ヨアフォードを退治し、混乱の平定を手伝った。〈シリンディンの白鷲〉の存在は、タイオス自身が思うより、シリンドル国民を一致団結させる役に立っていた。

 英雄と讃えられてもおごらず、人々の間で力仕事に立ち働き、同じ酒場で飲み交わした〈白鷲〉に「あんまり神秘的じゃないな」とがっかりした者もいるだろうが、多くは親愛を覚え、彼をタイオス様と呼んで歓迎した。

 クインダンもそれに近い。彼は〈峠〉の神殿における出来事に立ち会わなかったが、団長アンエスカが、その後一度も「あれは〈白鷲〉ではない」と言わなくなったことには気づいていた。

 頑固なアンエスカをも納得させるだけの何かが、〈峠〉で起きた。クインダンも大まかに話は聞いたが、彼らは〈シリンディンの騎士〉たるクインダンやレヴシーにも全てを語ってはいないのではないかと感じていた。

 だが何にせよ、クインダンはそのときには既にタイオスを信頼していたし、彼はそのあとも、信頼に足る行動をしてくれた。

 もっとも幸か不幸か、心酔しているとまではいかない。もとより、クインダンに命じているのは国王である。何ぴとたりとも、その命令に逆らわせることはできない。

 神を除いては、ということになろうが。

 よってクインダン・ヘズオートとしては、この場の誰にであれ、無体を働かせる訳にはいかなかった。

 もちろん、タイオスを傷つけるつもりなどはない。〈白鷲〉に向ける刃は持たない。

 だが、エククシア。オーディス兄妹の助け手が、何故タイオスと敵対しているのか。タイオスの話にあったからには、以前から確執があったということになる。

 いったいどういうことなのか。

 クインダンには見当もつかなかった。

「タイオス殿。エククシア殿」

 彼は慎重に、声を出した。

「不穏な、真似は」

「こいつは叩き斬ってやるのがいちばんだ」

 中年戦士は即答した。

「剣を返してもらいたいくらいさ」

「タイオス……」

「私に敵うつもりでいるのか?」

 エククシアは笑った。

「余程、記憶力が悪いと見える」

「生憎だがね、俺の記憶はばっちりだ」

 俺のはな、とタイオスは繰り返した。

「だがルー=フィン。あいつの頭をとっとともとに戻してもらおうか」

「訳の判らないことを」

 判っている口調で、エククシアはまた笑う。タイオスにはそう聞こえた。だがクインダンには、それは聞こえない。

「やっぱ俺の剣をよこせ、クインダン」

 戦士が言った。

「抜くおつもりと見受けられる以上、申し訳ありませんが」

 騎士は断った。

「まあ、そう言うだろうとは思ってたが」

 タイオスはうなった。

「仕方ないわな。それなら」

 何気ない調子で、彼は肩をすくめ――。

「武器なしで、やるまでだ!」

「タイオス!?」

 クインダンは焦った。戦士が、いきなり金髪の男に飛びかかったからだ。フェルナーも驚いたようだった。その表情は仮面の外には見えないが、びくっとして後退したのは明らかだった。

 〈青竜の騎士〉は、しかしタイオスの行動を予測していたかのように、滑らかな動きで横に避けた。

(――何だ?)

 クインダンははっとした。

(この剣士、奇妙な動きを)

 とても滑らかだった。だが同時に、とても不自然だったような。

 だが、彼はそこについて改めて考えている暇はなかった。

「タイオス、やめてください!」

 彼は素早く、ふたりの間に割って入った。

「それを期待した」

「え」

 戦士の言葉に青年騎士は目をしばたたき、そして、しまったと思った。

 タイオスの剣を持ったままでタイオスにごく近くなったクインダンの手から、それが奪われた。

 剣が引き抜かれ、鞘が捨てられる。

「エククシア!」

 タイオスが吠えた。エククシアも、抜いた。

 カン、と金属の合わさる音がする。クインダンは呆然とし、どうしたらいいのかと必死で考えた。

 タイオスもエククシアも、かなりの使い手だ。いくら〈シリンディンの騎士〉たるクインダンでも、刃を抜いたふたりの間に入るのは自殺行為。どちらかをとめることも、巧くない。そのようなことをすれば、もう片方が彼のとめた相手に致命的な傷を負わせるだろう。

 ふたつの剣が繰り返し、合わさる。力の込められたタイオスの一撃をエククシアが容易に受け流す。

(巧い)

 クインダンはぎくりとした。

(エククシア殿はいま守勢に回っているが、攻勢に転じたら)

 タイオスは危ないのではないか。クインダンは危惧した。

 だが、助太刀する訳にもいかない。彼にできることは、やめろと叫び続けるか、或いは大怪我、もしかしたら死をも覚悟して二刃の間に入り込むか、それだけだ。

(声を限りに叫んだところで、聞かれるとは思えない)

 〈白鷲〉の目。あれは、本気だ。そこにどんな理由があるのであれ、彼の神の騎士は金髪の剣士を敵と見なし、剣を振るっている。

 エククシアの方は判らない。左右の色が違う瞳からは、一切の感情が読めなかった。

(神よ)

 クインダンは祈った。

(間に入る、しかない)


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