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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第1章

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11 お出ましかい

 風が頬を撫でる。

 長々と歩いてきたばかりの身には心地よいが、もう少しすると汗が冷えて、薄寒く感じるかもしれない。

 あまり長いこと待たずに済めばいいが、と彼は考えた。

 この「待ち合わせ」に明確な時刻は定めていない。日暮れ前、空いた時間にというこの上なく曖昧な指定だ。相手の時間が空かなければ、待ちぼうけという可能性もある。

 だが、彼は心配しなかった。たとえ「日暮れ前」に間に合わなかったとしても相手は必ずやってくるだろう。

 ほどなく――。

 彼の予想、それとも信用に違わず、もうひとりの人物が姿を見せた。「ちゃんときたか」だの「遅い」だのというつまらないやり取りで時間をかけることを嫌い、彼はただうなずいた。

「計画は?」

「進んでいる」

 彼の問いかけに相手は答えた。

「じゃあ、任せていいんだな?」

「ああ、任せておけ」

「了解」

 彼はうなずいて息を吐いた。

「巧くやれると、思うか」

 彼は尋ねた。

「巧く、やるのだ」

 相手は答えた。

「そうだな」

 彼はうなずいた。

「巧くやるしかない」

 風が吹いた。

 それは案の定、やがて冷たく感じられた。

 彼は、反射的に縮まった身体をほぐすように少し動かして、夕陽に長く伸びる影を見やった。

 そこに、すっと小さな影が素早くよぎった。

 はっとして彼は空を見上げたが、何が彼らの上を飛んでいったものか、目にとめることはできなかった。


 よお、と気軽に手を上げれば、青年は困った顔をした。

「タイオス」

「よ」

 再度、彼は挨拶――のつもりだ――をした。

「どうしました」

「まさか襲撃にやってきた訳じゃない。そんな顔するなよ」

 彼は笑ったが、クインダンはあまり笑えないようだった。

「アンエスカなんかには何をどう思われてもかまわんが、ハルやお前さんを困らせるようなのはつらいな」

 タイオスは本当に心から思ってそう言った。

「俺を信じてくれと言いたいが、ルー=フィンを疑えとも言いづらいと言うか、あいつが悪い訳じゃないってのがまた困りもんで」

「魔術により、偽の記憶を事実と思い込んでいると、そうした話でしたね」

「俺の主張によればな」

 タイオスは他人事のような言い方をして笑った。

「まあ、いずれ真実は明らかになる。と、思いたい」

 戦士は公正なる裁き手ラ・ザインの印を切った。

「その日を招くためにも、俺ぁちょっとフェルナーと話しにきたんだが」

「ですが……」

「判ってる、判ってる。俺は警戒対象だわな。ほれ」

 タイオスは気軽に剣帯を外すと、クインダンに差し出した。

「これで文句はあるまい?」

「私が文句を言う訳ではありません」

 クインダンはやはり困っていた。

「フェルナー殿が」

「あいつの言うのはガキのわがまま。癇癪。反射的な反論や、ガキ特有の利己的な……まあ、あれだ。『自分の思い通りにならないのは他人が悪い』という、短絡ぶり」

 ひらひらと彼は手を振った。

「あいつぁ、まだ十一歳なんだ。まあ、多少は分別もついてくる年齢じゃあるが、甘やかされたガキんちょだからな。ロスムの領地じゃ誰もが『はい、お坊ちゃま』とやったんだろうし、それが世界中で通用すると思ってる」

「十一……」

「そうは見えんよな。中身の話だから、見えなくていいんだが」

「中身に対するは、外見ですか」

「あー、それは、その」

 今度はタイオスが困った顔をした。

「俺の話の、決定的な問題がそこにあるわなあ」

 ヨアティアの顔に見えなかった、フェルナーのそれ。

 ではヨアティアではないのかと言えば、タイオスにはそうは思えない。だがその考えには根拠がない。体格や声が酷似しているというのも、偶然でないとは言い切れないのだ。

「だからその辺も含めて、フェルナーと話したいんだ。素直に何でもばらすとは思えんが、言ったようにガキだからな。揺さぶってやれば案外、ぽろっと洩らすかも」

 そんなふうに言ってから、はたと気づいてタイオスは咳払いをした。

「脅して言うことを聞かせるだとか、そういうことじゃないからな」

「もちろん、タイオスがそんなことをするとは思っていません」

 クインダンは苦笑いを浮かべた。

「ただ、私の立場としては……」

「かまわない」

 間に入った高めの声に、戦士と騎士は揃ってそちらを見た。

「まさか僕のところへきたと〈シリンディンの騎士〉に目撃されながら僕を殺すほど、愚者でもなかろう」

 仮にも、と言葉は続いた。

「一度は〈シリンディンの白鷲〉と呼ばれた男だ。その名誉くらい、守ってみせるんだな」

「このクソガキ」

 タイオスはじろりとフェルナーを睨んだ。

 生意気な態度が以前よりも顕著になっている。自分が優位にいるという自信がそうさせるのか。

(もっともその自信は、お前が持っていいもんじゃない)

(他人の策略の上に成り立ってるもんなんだ)

 タイオスは思った。

(そのままじゃお前、親父のおかげでちやほやされて増長を続けた、その()れものと同じ道を行っちまうぞ)

 フェルナーの言動も、父親の権威のもとに形成されたものだ。ある意味、彼らは似たもの同士と言えたかもしれないが、フェルナーにはまだ化ける余地がある。ヨアティアには、もうないだろう。

(ひっぱたいて根性叩き直してやりたいが、とりあえずいまは、こいつに暴力は振るえんな)

 クインダンが割って入るだろうし、そうしようとしただけで、フェルナーは得意げにタイオスを糾弾するに違いない。

 想像しただけでげんなりする。

「それで? 話というのは何なんだ、タイオス」

 挑戦的にフェルナーは鼻を鳴らした。

「何でも聞こうじゃないか」

「ここでか?」

 それは「クインダンの前」ということになる。

「何か不都合でもあるのか?」

「俺にはない」

 タイオスは肩をすくめた。

「だが、お前には、あるだろう。そうなるとお前は本心を語らない。それは困る」

「何だか知らないが」

 フェルナーは手を振った。

「それはやはり、お前の方に都合が悪いということになるんじゃないのか」

「この野郎」

(いちいち、殴りたくなるようなことを言いやがって)

 中年戦士は苛立ちを抑えるべく、そっと深呼吸をした。

「おい、フェルナー」

「何だ。偉そうな」

「エククシアはどこにいる。ライサイは」

「何のことだか判らない」

 さらりと少年は言ってのけた。

「連中は何を企んでる」

「何のことだか」

 面白がるように、フェルナーは繰り返した。

「知らん、と言う気か? まあ、いまさらお前がどんな嘘をつこうと驚きゃせんが……」

「いいや」

 少年は手を振った。

「僕は、どうしてお前が、僕が待つ迎えの者の名を知るのか判らない。僕はそう言ったんだ」

「は、そりゃいい」

 戦士は両手を叩いた。

「お迎えか。けっこうだ。迎えにきておとなしく去るなら万々歳だが、まさかお前もエククシアも、シリンドル見物がしたいって訳じゃないだろう」

 タイオスは焦げ茶色の瞳を細めた。

「目的は、何だ」

「は、それは僕が訊きたい」

「何だと? お前も知らんと言うのか」

「僕はな、タイオス」

 フェルナーはあごを反らした。

「お前の企みが判らないと言ってるんだ、似非騎士の戦士。僕を殺すよう、雇い主に言われてきたのか? だがそれにしては、僕が誰だかの身体を乗っ取っているだとか、意味の判らないことを」

「とぼけるにも、ほどがあるってもんだ」

 ルー=フィンが真実を知らずに言うのは、腹立たしいが、仕方ない。だがフェルナーは、判っていて言っている。腹が立つことこの上ない。

「あんまり連発しても馬鹿をさらすようで好かんが」

 タイオスはうなった。

「お前らの目的。判らんものは判らん。ルー=フィンを押さえて、お前ごとヨアティアを持ち込んで、奴らはどうしようってんだ」

 この、シリンドルという国で。

「――約束を忘れたか」

 タイオスはぴくりとした。反射的に、右手を剣の柄にかけようとする。だが、剣はクインダンに渡していた。もとより、いきなり斬りかかればやはりクインダンは彼をとめようとするだろう。

「ようやく、お出ましかい」

 身体に走った緊張を声に出すまいと、彼はゆっくり言った。

「待ってたぜ。何の気がかりもなく、ぶった斬れる相手をな」

 戦士は表情を消して、視線を合わせた。

 金髪の半魔の、黄色と青の瞳に。


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