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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第1章

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10 大問題だろうがよ

 ルー=フィン。ヨアティア――フェルナー。この裏にはライサイとエククシアがいる。

 探し出して叩き斬ってやりたいとタイオスは思ったが、それよりは向こうがくるのを待った方がいい。このルー=フィンとフェルナーと、それからシリンドルを放ってどこかへ行けるものではない、というのもある。

 ふとタイオスは、誰かに見られている気がした。顔を上げれば、ハルディールと目が合った。

 少年王は曖昧な笑顔を見せて、またしてもタイオスの胸を突いた。

(俺が、持ち込んだ)

(……そうだ。あんとき、俺がルー=フィンを放っておかず、俺といろと言っておけば、こんなことには)

 誰かが悪いと言えば、間違いなくライサイだ。だが彼自身にも少しは、失態があった。

(ルー=フィンにも隙はあった)

(だが俺にも、あったんだ)

 クソ、と彼は繰り返し神を、或いは自分を罵る。

(そうだ。あんとき、あのガキが「急げ」と言ったのは何のためだった)

(ルー=フィンを守るためだと、俺は気づいたのに)

 ライサイが姿を消しただけで油断した。

(シリンディンの、クソ神めが。警告を寄越すならもっとはっきり寄越せと、俺ぁ何度も)

 またしても怒りの矛先は神に向いた。自分も悪い。だが、〈峠〉の神はもっと悪いのではないか。

(だいたい、自分の膝元でまで、ルー=フィンを守ってやれてないってのは何なんだ)

(やる気あんのか、この野郎)

「フェルナー殿から警護の要請がきています」

 中年戦士が不敬なことを考えている間、アンエスカがハルディールに告げた。

「警護だって? どうして」

 ハルディールは目をしばたたいた。

「それは、無論」

 アンエスカはちらりとタイオスを見た。

「両親を殺した男が近くにいれば」

「おいっ」

 タイオスは抗議の声を発した。

「俺を疑うのか。いや、お前の……」

「個人的好悪ではない、と言っているだろう。その件もやはり、シリンドルとは関わりのないことだ。だがフェルナー・オーディスは陛下の客人。彼の両親の仇を捕らえる必要はなくとも、彼を守る必要はある」

「あいつはオーディスとやらじゃなくてロスムってんだが……まあ、そこは大した問題じゃないな」

 タイオスはぼそりと呟いた。

「クインダン」

 ハルディールはわずかに息を吐いた。

「はい、陛下」

「オーディス兄妹の警護は、お前に任せる」

「は」

 青年騎士は手を胸に当て、その命令を受けた。

「クインダンを借りる。いいな、アンエスカ」

「無論です」

 騎士団長はうなずいた。

「あなたの騎士だ」

「シリンドルの、だろう」

「同義です」

 アンエスカは肩をすくめた。少年王は、困るような照れるような顔を見せた。

(……あんまりハルに背負わせるなよ、とも思うが)

 それを見ていたタイオスはそっと考えた。

(背負わなくちゃならんこと、でもあるな)

 王は即ち国である。もちろん民あっての国であるが、王は統べる者だ。

 ハルディールのような少年には荷が重いのではないかという危惧が浮かぶものの、年齢など関係ない、彼は王なのだから、とも思う。

(難しいところだ)

 彼は自分の現状より、ハルディールの心を思った。

「警護を了承することでフェルナー殿が納得するなら、助かる……と言うのも奇妙だが、不要な騒ぎにならずに済むな。もし彼がタイオスを捕らえろだの、あまつさえ処刑しろだのと言ってきたならややこしいことに」

 ハルディールの方ではタイオスのことを考え、そこで言葉をとめた。

「――何故、言わないんだろうか?」

 彼は首をひねった。

「フェルナー殿の主張によれば、タイオスは親の仇。彼によれば、ですよ」

 少年はタイオスを見ると、戦士の機嫌を損ねないように、またはあくまでも公正に、つけ加えた。

「処罰を要求……僕には『彼の親の仇』を罰する理由がないが、カル・ディアルへの引き渡しなどを望んできても、不思議ではないのに」

「真面目に調べられたらぼろ(・・)が出まくることを知ってるからさ」

 タイオスは肩をすくめた。

「だから、むしろ、徹底的に調べてくれていいんだぞ、ハル」

「シリンドルには関わりのないことだ」

 アンエスカが口を挟む。

「そこについての真偽は問題ではない」

「大問題だろうがよ」

 タイオスは、彼としては当然のことを言った。

「ははあ、アンエスカ、さてはてめえ、俺の無実に気づいてるな? だから調査しないんじゃないのか。俺が『罪人かもしれない』方が、お前の気分はいいだろうからな」

「何を馬鹿なことを。〈白鷲〉がそのような悪党だなどとは、不名誉甚だしい。可能であればいくらでも調べる。だが他国のことだ」

「誰か派遣して、話を聞いてこさせるくらい」

誰を(・・)派遣しろと言うんだ」

 アンエスカは憤然と言った。

「ひと月も『誰か』を余所にやる余裕などない」

「騎士の頭数は増えてるだろうが、団長サンよ」

 中年戦士は苛ついたように言った。

「やっぱりお前は、俺が嫌いで、俺の不名誉を晴らしたくないのさ」

「ああ、私はお前を好かないとも」

 眼鏡の位置を直しながら、最年長の騎士は認めた。

「だが、お前は何も判っていない。〈シリンディンの騎士〉がクインダンとレヴシーだけしかいなかった間、どれだけ彼らが無理をしていたと思う。ルー=フィンが任命されても同じだ。ユーソアが入隊してどうにか回っているという現状の」

「それはお前が、騎士が二十人も三十人もいた時代を忘れられんからだろうが。いまは二、三人、それでやってんだから、いい加減に慣れたらどうなんだ」

「慣れるのどうのという問題ではない。シリンドルがシリンドルであるには、伝説のように謳われる存在が有用なのだ。〈シリンディンの騎士〉然り、〈シリンディンの白鷲〉然り」

 アンエスカも苛ついたようだった。

「カル・ディアルとアル・フェイルが我が国を放っておく理由を何だと思っている。『こんな小国を手にしても意味がない』からか?」

「知るか、んなこと」

「歴代の王は賢かった。両大国の、そして我が国のだ。シリンドルが独特の伝統を守り、現代の伝説のような国を維持することにより、両大国は、言うなれば得体の知れぬ国に関わって手を噛まれるよりも放っておく方を選んだのだ」

「はあ? 何を偉そうに。お前は歴代の王様と話をしたとでも言うのか」

 タイオスは鼻を鳴らした。

「お前はカル・ディアルやアル・フェイルの王陛下がシリンドルをそんなに重要視してると思うのか? こんな」

 資源も何もない、ちっぽけな――などと言いかけて、タイオスは言葉をとめた。

 アンエスカを言い負かしてやりたい気持ちはあるが、ハルディールを哀しませたくないし、彼自身、シリンドルを貶めるようなことは言いたくない。

「……こんな、首都からも遠いとこなんかに、王様たちは興味ないだろうよ」

 彼は適当に言い換えた。

「所詮、余所者だな」

 アンエスカは鼻を鳴らした。

「あぁ!? そうさ、余所者だ。それの何が悪い」

「もうよせ、ふたりとも」

 ハルディール王は手を振って話のずれてきた男たちを諌めた。

「タイオス、すまないがいまは『追及しない』ことしかできない。フェルナー殿や、もしもカル・ディアルから要請がきたなら、そのときに改めて……」

「まあ、そうだわな」

 戦士は手を振った。

「フェルナーからもカル・ディアルからもくるはずがない。そんな惨劇は存在しないんだから」

「――存在しない」

 ハルディールは呟いた。

「ではタイオスは、フィレリア殿のあの様子も、演技だと考えていますか」

「いや、それは判らん。言ったように、魔術とかで思い込まされてるとは考えられるが」

 少年の表情が明らかに沈んだので、タイオスは適当なことを言った。

(もっとも、本当にどっちだか判らん現状、あのお嬢ちゃんはハルに近づけない方がいいとは思うが)

 タイオスの内には、息子の初恋を応援してやりたいがもし悪い女なら傷つく前に離すべきだ、というようなまるで父親めいた考えと、ハルディール王の妻は即ちシリンドル王妃となるのだから万一にもおかしな女であってはならないという真っ当、かつまるでシリンドル国民のような考えが浮かんでいた。

(そういうのを心配するのはアンエスカの役割だ、と思ったのは嘘じゃないが)

(フェルナーの「妹」である以上、俺も呑気に見物は決め込めん)

 彼女も騙されているのであればよし――決して「いいこと」ではないが――、そうでなければ、たとえアンエスカと共闘してでも排除だ。タイオスはこっそりそんな決意を固めた。

(それにしても)

(かたやルー=フィン、かたやハル、か)

 その内容には大きな違いがあれど、彼ら――シリンドル王家の血を引く若者たちのふたりに、いま、助けが必要だ。

(このタイミングで俺がここへきたのは)

(――神様のお導きだ、なんて言わねえぞ)

 やはり〈白鷲〉は、〈峠〉の神を罵倒した。


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