09 平行線だな
フェルナーは招かれなかった。
まずは、言うなれば身内だけでということでもある。
ユーソアを除く騎士たちふたりは同席した。もちろん、団長アンエスカも。ハルディールとしては彼に相談したいのであるから、当然だ。
タイオスとルー=フィンは、それぞれ前日と同じ話をした。と言ってもルー=フィンはタイオスとの同席を拒否し、ユーソアを除く騎士たちと彼の王にもう一度、話した。彼が退いたあとに、タイオスが。
ふたりの話のどちらにも、前日との違いはなかった。どちらかに明らかなぶれでもあれば疑いの起因になったであろうが、生憎と言おうか、どちらにもなかった。
それはますます、ルー=フィンの語りに信憑性を加えるようだった。と言うのも、彼は嘘をつくことに巧みではないからだ。
一方で――それに比べれば、タイオスはずいぶん巧みである。
この年になるまで、それなりに悪さもやってきた。人を騙して陥れたことも、自分が助かるためではあったが、ないとは言えない。
だがこの件については、一片の嘘も混ぜてはいない。混ぜた方が真実味が出るくらいだが、彼は全て事実を話した。
アンエスカは遠慮なく胡乱そうな目を彼に向けた。それは何も不思議なことでもなければ衝撃的でもない。クインダンが、昨夜にハルディールが見せたのとよく似た困惑した表情を浮かべているのには、少し胸が痛んだ。
騙している訳でもないのに、どうしてこんな思いをしなければならないのか。
「よかろう。両者の話は聞いた」
シャーリス・アンエスカはうなずいた。
「ルー=フィンはタイオスがミキーナを殺したと言い、タイオスはやっていないと言う。これは、しかし言うなれば、よくある差異だな。殺害を隠そうとする者は、否定するのだから」
「ちょっと待て。決め付けるな」
タイオスは苦々しく口を挟んだ。
「一般論だ」
アンエスカはにこりともしなかった。
「次だ。お前たちふたりが偶然再会し、カル・ディアルの貴族の少年を救おうと協力した。ここについては、一致しているようだが」
その先がまた、酷いものだった。
タイオスの語ったフェルナーによるリダール乗っ取り話は、ルー=フィンの語ったヨアティアによる真実の告白と同じか、或いはそれ以上に胡散臭かった。
アンエスカがヨアティアの告白を容易に信じるとは思えないが、タイオスの話だって十二分に怪しい上、彼はアンエスカに信用がない。
「ただ、タイオスがその誘拐自体に関わっていたというルー=フィンの主張は、考えに入れないこととする。事実がどうであれ、シリンドルとは関わりのないことだからな」
タイオスはうなった。もちろん彼は誘拐犯の一味などではないのだ。容疑はきちんと晴らしたいところなのに。
「ルー=フィンは、ヨアティアが死んだと言う。タイオスは、死んだと見せかけただけでそうではなく、あのフェルナーの正体がヨアティアだと主張している。そういうことだな」
「ちょっと違う」
タイオスは片手を上げた。
「ヨアティアの身体をフェルナーが使っている、だ」
苦々しく、彼は言った。彼自身がこんな話を聞いたら、絶対に、話した奴は頭がおかしいと思う。
アンエスカはあからさまに罵りこそしなかったが、その感情は視線に表れていたと言えよう。即ち、「こいつは頭がおかしい」。
「フェルナー殿の体格は、ヨアティアと似通っているようではある。声も、言われてみれば似ているようだ」
冷静にハルディールが言った。
「しかし、仮面の下の顔は違った」
「決定的ですな」
アンエスカはうなずいた。
「少なくともその件に関しては、タイオスが出鱈目を」
「違うんだ。そうじゃない。魔術か何かで……」
言いたくない、と戦士はまたうなった。ますます、自分が阿呆に見えてくるからだ。
「だが、判らない」
アンエスカは首を振った。
「お前は何故、そのような出鱈目を言う?」
「出鱈目じゃないからだ」
話の信憑性のなさに、自分でも頭が痛くなりそうだった。
「俺がわざわざやってきて、見知らぬ客人を『ヨアティアだ』と言い立てる利点はあるか? あるなら聞かせてもらいたいくらいだが」
タイオスは唇を歪めた。
「見知っては、いるのだろう」
アンエスカは指摘した。
「フェルナー殿の話によれば、お前は彼らの両親を惨殺したそうではないか」
「やってない。あいつの両親は生きてる。母親のことは知らんが、少なくとも父親はカル・ディアの貴族で」
「だが、フィレリアがあなたを見て悲鳴を上げた」
ハルディールがどうにも困った顔をしている。何も悪いことはしていないのに、申し訳ないような気持ちが浮かぶ。
「それも、知らん。いい加減だと言われそうだが、魔術かもしれん」
分が悪い。悪すぎる。戦士はそう思わざるを得なかった。
(向こうを信じる、と言うんじゃない)
(ただ、俺の話は、自分でも救いようがないと思うくらい阿呆臭い)
〈白鷲〉でなければ叩き出されているだろう。
ふたりの話にある差異は、覚え違いだの矛盾だのという言葉では済まされない。あまりに話が違うのはルー=フィンが記憶を乱されているせいだ、というタイオスの主張は馬鹿らしすぎて、当のタイオス自身、乾いた笑いを浮かべてしまったほどだ。
「平行線だな」
アンエスカは首を振った。
「何が真実か知るのは、ルー=フィンとタイオスだけ。ルー=フィンはタイオスに決闘すら申し込みかねない勢いだったが」
「断る」
「私が申し込んでいる訳ではない」
「何だろうが、絶対に、断る。臆病と罵られようと不名誉とそしりをうけようと、絶対にだ」
戦士はきっぱりと言った。
「あいつと戦った日にゃ、十割、負ける」
「情けない」
思わずといった体でアンエスカが呟いた。
「このような男が〈白鷲〉とは」
「うるさいな」
タイオスは顔をしかめた。
「お前ならどうだ。受けるのか?」
「私がルー=フィンと決闘をする理由などはない」
「俺にだってない。あいつがあると思い込んでる……思い込まされてるだけだ」
タイオスは怪しい主張を繰り返した。
「でもな、たとえ話として想像くらいしてみろ。お前だって、若い頃ならいざ知らず」
サナース・ジュトン――前〈白鷲〉の目を通して見た、かつてのアンエスカを思い出しながらタイオスは言った。
「いいや、俺の見たとこ、やっぱりルー=フィンの方が上だな」
「『見た』とは」
アンエスカは鼻を鳴らした。
「次は、昔の私を知っているとでも言い出すのか。大した舌先だな」
しまった、とタイオスは思った。
(ええい、クソ)
(どうしてこう、嘘臭い事実ばっかり、俺の前にあるんだ)
彼は内心で、思いきり〈峠〉の神を罵った。
「馬鹿野郎。いまのは、言葉のあやってやつだ」
彼は無理矢理、そういうことにした。
「つまり、俺が言うのは、確実に負ける相手と決闘をやる気になれるのかってことだ」
「騎士として、或いはシリンドルの名誉を守るためなら、致し方ない」
「名誉を守って死ぬのか。俺ぁご免だね」
中年戦士はひらひらと手を振った。
「タイオス」
ハルディールが声を出した。
「僕は、たとえルー=フィンが望んだとしても、あなたたちの決闘を認めるつもりはありません」
ですから、と心配そうに少年王は続けた。
「どうか自重をお願いします」
「妙な心配すんな。俺はあいつと戦る気は本当にないし、挑発に乗るほど若くもない。どっちかっつうと挑発する方なら得意だが、ルー=フィンがかっとなりやすいのは承知だからな。慎重に接するさ」
気軽にタイオスは言った。だがハルディールは安心した顔を見せなかった。
「真実は……僕には判りません。ですが、僕にとってはやっぱり、あなたもルー=フィンも、このシリンドルに必要な騎士なんだ。ふたりが相争うなんて」
息を吐いて、少年は首を振った。タイオスはまたしても、感じる必要がないはずの罪悪感を覚える。
(クソ、俺は悪くない)
(ルー=フィンも同じだ。いささか、隙はあったのかもしれんが)
(悪いのはライサイ。そこは間違いない)
(だが――)
何のために? それが判らないまま。
(とにかく、ルー=フィンの頭をもとに戻さなきゃならん)
(それには……)
ライサイがやったのであれば、ライサイに戻させるしかない。少なくともミヴェルの記憶を乱したとき、戻すことができたのは結局、当のライサイだ。イズランやサングでもできなかったこと。
(それとも、やらなかったのか)
(判らんが、いまは助力を請える魔術師がいない)
(……あの野郎がいたところで、請いたくはないが)
自分ができることについては、既に考えた通りだ。とにかく、この場に居座ってやること。それしかない。




