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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第1章

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09 平行線だな

 フェルナーは招かれなかった。

 まずは、言うなれば身内だけでということでもある。

 ユーソアを除く騎士たちふたりは同席した。もちろん、団長アンエスカも。ハルディールとしては彼に相談したいのであるから、当然だ。

 タイオスとルー=フィンは、それぞれ前日と同じ話をした。と言ってもルー=フィンはタイオスとの同席を拒否し、ユーソアを除く騎士たちと彼の王にもう一度、話した。彼が退いたあとに、タイオスが。

 ふたりの話のどちらにも、前日との違いはなかった。どちらかに明らかなぶれ(・・)でもあれば疑いの起因になったであろうが、生憎と言おうか、どちらにもなかった。

 それはますます、ルー=フィンの語りに信憑性を加えるようだった。と言うのも、彼は嘘をつくことに巧みではないからだ。

 一方で――それに比べれば、タイオスはずいぶん巧みである。

 この年になるまで、それなりに悪さもやってきた。人を騙して陥れたことも、自分が助かるためではあったが、ないとは言えない。

 だがこの件については、一片の嘘も混ぜてはいない。混ぜた方が真実味が出るくらいだが、彼は全て事実を話した。

 アンエスカは遠慮なく胡乱そうな目を彼に向けた。それは何も不思議なことでもなければ衝撃的でもない。クインダンが、昨夜にハルディールが見せたのとよく似た困惑した表情を浮かべているのには、少し胸が痛んだ。

 騙している訳でもないのに、どうしてこんな思いをしなければならないのか。

「よかろう。両者の話は聞いた」

 シャーリス・アンエスカはうなずいた。

「ルー=フィンはタイオスがミキーナを殺したと言い、タイオスはやっていないと言う。これは、しかし言うなれば、よくある差異だな。殺害を隠そうとする者は、否定するのだから」

「ちょっと待て。決め付けるな」

 タイオスは苦々しく口を挟んだ。

「一般論だ」

 アンエスカはにこりともしなかった。

「次だ。お前たちふたりが偶然再会し、カル・ディアルの貴族の少年を救おうと協力した。ここについては、一致しているようだが」

 その先がまた、酷いものだった。

 タイオスの語ったフェルナーによるリダール乗っ取り話は、ルー=フィンの語ったヨアティアによる真実の告白と同じか、或いはそれ以上に胡散臭かった。

 アンエスカがヨアティアの告白を容易に信じるとは思えないが、タイオスの話だって十二分に怪しい上、彼はアンエスカに信用がない。

「ただ、タイオスがその誘拐自体に関わっていたというルー=フィンの主張は、考えに入れないこととする。事実がどうであれ、シリンドルとは関わりのないことだからな」

 タイオスはうなった。もちろん彼は誘拐犯の一味などではないのだ。容疑はきちんと晴らしたいところなのに。

「ルー=フィンは、ヨアティアが死んだと言う。タイオスは、死んだと見せかけただけでそうではなく、あのフェルナーの正体がヨアティアだと主張している。そういうことだな」

「ちょっと違う」

 タイオスは片手を上げた。

「ヨアティアの身体をフェルナーが使っている、だ」

 苦々しく、彼は言った。彼自身がこんな話を聞いたら、絶対に、話した奴は頭がおかしいと思う。

 アンエスカはあからさまに罵りこそしなかったが、その感情は視線に表れていたと言えよう。即ち、「こいつは頭がおかしい」。

「フェルナー殿の体格は、ヨアティアと似通っているようではある。声も、言われてみれば似ているようだ」

 冷静にハルディールが言った。

「しかし、仮面の下の顔は違った」

「決定的ですな」

 アンエスカはうなずいた。

「少なくともその件に関しては、タイオスが出鱈目を」

「違うんだ。そうじゃない。魔術か何かで……」

 言いたくない、と戦士はまたうなった。ますます、自分が阿呆に見えてくるからだ。

「だが、判らない」

 アンエスカは首を振った。

「お前は何故、そのような出鱈目を言う?」

「出鱈目じゃないからだ」

 話の信憑性のなさに、自分でも頭が痛くなりそうだった。

「俺がわざわざやってきて、見知らぬ客人を『ヨアティアだ』と言い立てる利点はあるか? あるなら聞かせてもらいたいくらいだが」

 タイオスは唇を歪めた。

「見知っては、いるのだろう」

 アンエスカは指摘した。

「フェルナー殿の話によれば、お前は彼らの両親を惨殺したそうではないか」

「やってない。あいつの両親は生きてる。母親のことは知らんが、少なくとも父親はカル・ディアの貴族で」

「だが、フィレリアがあなたを見て悲鳴を上げた」

 ハルディールがどうにも困った顔をしている。何も悪いことはしていないのに、申し訳ないような気持ちが浮かぶ。

「それも、知らん。いい加減だと言われそうだが、魔術かもしれん」

 分が悪い。悪すぎる。戦士はそう思わざるを得なかった。

(向こうを信じる、と言うんじゃない)

(ただ、俺の話は、自分でも救いようがないと思うくらい阿呆臭い)

 〈白鷲〉でなければ叩き出されているだろう。

 ふたりの話にある差異は、覚え違いだの矛盾だのという言葉では済まされない。あまりに話が違うのはルー=フィンが記憶を乱されているせいだ、というタイオスの主張は馬鹿らしすぎて、当のタイオス自身、乾いた笑いを浮かべてしまったほどだ。

「平行線だな」

 アンエスカは首を振った。

「何が真実か知るのは、ルー=フィンとタイオスだけ。ルー=フィンはタイオスに決闘すら申し込みかねない勢いだったが」

「断る」

「私が申し込んでいる訳ではない」

「何だろうが、絶対に、断る。臆病と罵られようと不名誉とそしりをうけようと、絶対にだ」

 戦士はきっぱりと言った。

「あいつと()った日にゃ、十割、負ける」

「情けない」

 思わずといった体でアンエスカが呟いた。

「このような男が〈白鷲〉とは」

「うるさいな」

 タイオスは顔をしかめた。

「お前ならどうだ。受けるのか?」

「私がルー=フィンと決闘をする理由などはない」

「俺にだってない。あいつがあると思い込んでる……思い込まされてるだけだ」

 タイオスは怪しい主張を繰り返した。

「でもな、たとえ話として想像くらいしてみろ。お前だって、若い頃ならいざ知らず」

 サナース・ジュトン――前〈白鷲〉の目を通して見た、かつてのアンエスカを思い出しながらタイオスは言った。

「いいや、俺の見たとこ、やっぱりルー=フィンの方が上だな」

「『見た』とは」

 アンエスカは鼻を鳴らした。

「次は、昔の私を知っているとでも言い出すのか。大した舌先だな」

 しまった、とタイオスは思った。

(ええい、クソ)

(どうしてこう、嘘臭い事実ばっかり、俺の前にあるんだ)

 彼は内心で、思いきり〈峠〉の神を罵った。

「馬鹿野郎。いまのは、言葉のあやってやつだ」

 彼は無理矢理、そういうことにした。

「つまり、俺が言うのは、確実に負ける相手と決闘をやる気になれるのかってことだ」

「騎士として、或いはシリンドルの名誉を守るためなら、致し方ない」

「名誉を守って死ぬのか。俺ぁご免だね」

 中年戦士はひらひらと手を振った。

「タイオス」

 ハルディールが声を出した。

「僕は、たとえルー=フィンが望んだとしても、あなたたちの決闘を認めるつもりはありません」

 ですから、と心配そうに少年王は続けた。

「どうか自重をお願いします」

「妙な心配すんな。俺はあいつと()る気は本当にないし、挑発に乗るほど若くもない。どっちかっつうと挑発する方なら得意だが、ルー=フィンがかっとなりやすいのは承知だからな。慎重に接するさ」

 気軽にタイオスは言った。だがハルディールは安心した顔を見せなかった。

「真実は……僕には判りません。ですが、僕にとってはやっぱり、あなたもルー=フィンも、このシリンドルに必要な騎士なんだ。ふたりが相争うなんて」

 息を吐いて、少年は首を振った。タイオスはまたしても、感じる必要がないはずの罪悪感を覚える。

(クソ、俺は悪くない)

(ルー=フィンも同じだ。いささか、隙はあったのかもしれんが)

(悪いのはライサイ。そこは間違いない)

(だが――)

 何のために? それが判らないまま。

(とにかく、ルー=フィンの頭をもとに戻さなきゃならん)

(それには……)

 ライサイがやったのであれば、ライサイに戻させるしかない。少なくともミヴェルの記憶を乱したとき、戻すことができたのは結局、当のライサイだ。イズランやサングでもできなかったこと。

(それとも、やらなかったのか)

(判らんが、いまは助力を請える魔術師がいない)

(……あの野郎がいたところで、請いたくはないが)

 自分ができることについては、既に考えた通りだ。とにかく、この場に居座ってやること。それしかない。


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