08 突拍子もなさすぎる
何それ、と少年騎士は言った。
「おかしいだろ、どう考えても」
「考えるまでもない」
中年戦士は返した。
「あいつは、俺を刺して、ミキーナを刺して、逃げたんだ!」
レヴシーは憤然とした。
「俺は見てたん……」
「そのときは彼女は生きてたんだと。で、俺が、ヨアティアの罪状を増やすため、彼女にとどめを刺したんだそうだ」
タイオスは肩をすくめて語った。
「そんな馬鹿な」
「だよな。真っ当な感想が聞けて嬉しいことこの上ない」
中年戦士は息を吐いた。
「いったい、どういうことなんだよ? 何でルー=フィンがそんな……」
「おっと、あいつが悪いんじゃない。信じ難いだろうが、あいつは魔術みたいなもんをかけられて、とんでもない出鱈目を究極の真実だと思い込んでる」
彼はざっと、彼とルー=フィンの置かれた状況について話した。案の定と言おうか、レヴシーは信じ難いという顔をした。
「タイオスがそんな嘘つくことはないと思うけど……でも正直なところ、詩人の物語以上に突拍子がないって感じもする」
「正直だな」
タイオスは責めなかった。彼だって、こんな話を聞かされたら胡乱に思う。胡乱では済まない。相手の頭がおかしいと決め付けるだろう。
「何て言うかさ」
考えるようにしながら、レヴシーは言う。
「タイオスが嘘をつくとしたら、もっと信憑性がある嘘にすると思うんだよな」
少年騎士はうんうんとうなずいた。タイオスは喜んでいいものか迷いどころだなと思った。
「客観的に……あくまでも客観的に見れば、ルー=フィンの話ってのは有り得そうでもある。でも俺たちは知ってる。〈白鷲〉がそんなことをするはずがないって」
「有難いが」
タイオスは少し顔をしかめた。
「そうやって信じ込んじまうのは、場合によっちゃ陥穽ってやつで」
「いや、これは盲信とかじゃないから」
レヴシーは余所者の台詞を遮るようにした。
「俺たちが信じるのどうのという話じゃない。俺たちの気持ちがどうあれ〈白鷲〉は〈峠〉の神の騎士で、その名を汚すようなことはしない。そんな人間であれば、或いは、そんな人間に変わってしまえば、護符は彼を離れるんだ」
「自分たちの感情」ではないと少年は言うようだったが、タイオスにはそれは盲信としか聞こえなかった。
「あいつによれば、サナースの形見である飾り紐が護符をつなぎ止めてるんだそうだ」
「じゃあその紐を外せよ。その瞬間に護符がぴょんっとあんたの手から飛び出すようなら、俺もルー=フィンの言うことを信じるよ」
「……そうだな」
「……何、真面目な顔になってんだ?」
「いや、だからあいつ、外してみろとは言わなかったな、と」
(お前さんの発言には矛盾や半端が多いようだ、ルー=フィン・シリンドラスよ)
(もうちょっと考えてみろと言いたいが、そういう術なんだからな、仕方ない)
(だいたい、もともと、思い込みは激しい奴だ)
(何と言うか……「疑いを抱かないことに疑いを抱かない」のは、あいつの性格かもしれんな)
「仕方ない」で済む問題ではないが、現状では、仕方ないとしか言えない。タイオスは大きく息を吐いた。
「もっと詳しく聞かせてくれよ。いったい何で、ルー=フィンが」
レヴシーは頼んだ。タイオスはレヴシーが目撃したこと、つまりヨアティアがミキーナを刺したことをきちんと覚えているか確認するために、その話だけをかいつまんで説明していたのである。
もちろん、うっかり忘れてしまうような出来事ではない。少年ははっきりと覚えていた。レヴシーが刺されたことに悲鳴を上げるミキーナを黙らせるべく、ヨアティアが振るった凶刃のこと。
タイオスが駆けつけたときには、彼女はもう死んでいた。少なくとも、そう見えた。あの時点でもし息があったとしても助からなかっただろう。戦士はあのとき、そう判断した。だから彼女を放っておいたが――。
(絶対に助からなかったかと言えば、判らんな)
何しろ、ここは神の国だ。神話時代のような奇跡が起こる場所。もしもあのときタイオスが、レヴシーのみならず、ミキーナにも手を尽くそうとすれば、もしかしたら?
(……ええい、いまさらそんなことを考えたって何にもならん)
彼はそっと首を振った。
「あー、その辺の話は長くなるからな。あとでハルにもう一度と、アンエスカに話すことになってる。そんとき、同席しろよ」
「許可をもらえるかな」
「頼んでみればいいさ」
気軽にタイオスは言った。
「言うなればお前は、俺の話の数少ない証人でもあるからな。俺からもハルに頼んでおこう」
「まじ? 有難う、タイオス」
「いやいや、証言してもらえるなら、俺の方が礼を言わなけりゃ」
もっとも、レヴシーの証言だけでは、ルー=フィンを説得などできないだろう。彼の考えによるなら、少年騎士が意識を失ったあとで、タイオスはミキーナを刺せばいいのである。
(だが、多少なりとも味方がいるのはここだけだ)
(エククシアやらライサイやら、仮面のヨアティアやらの話は、ルー=フィンしか知らんのだし)
(アンエスカがルー=フィンについて俺にはレヴシーじゃ、正直、ちょっと頼りなくもあるが)
「なあ、レヴシー」
「うん?」
「お前、フェルナー兄妹についてどう思ってる」
彼はそこを尋ねたみた。
「どうって……フィレリアは可愛いけど、兄貴の方はよく知らないよ」
「兄貴。兄貴に見えるか」
「見えないよ。何しろ、顔を見てないんだから」
レヴシーはもっともなことを言った。
「態度は、どうだ。兄妹に見えたか」
「兄貴の方が主導権持ってて、妹は付き従ってるだけみたいな感じ。厳しくしつけられたら、あんなふうにもなると思うけど」
「そうか」
タイオスは両腕を組んだ。
「何でだ? あの兄妹に、何か問題があるのか」
「俺はどうやら、彼らの親を殺したらしい」
「何だって?」
「もちろん、違うぞ。ただ、フェルナーはそう言い立て、フィレリアは、俺を見て悲鳴を上げたってだけだ」
「それって、どういう……」
顔をしかめてレヴシーは尋ねた。
「簡単に言えば、フェルナーは嘘をついている。フィレリアについては判らん。ルー=フィンのように術をかけられているのかもしれないが」
「嘘って、何で」
「その辺が長い話になるんだ」
長くて、しかも戯けた話に。
「もっとも、これもお前がさっき言ったことと同じ。おそらく、フェルナーの話の方が信憑性がある。と言うか、俺の話は突拍子もなさすぎる」
「……いったいどんな話なのか、気になるばかりだな」
「楽しみにしとけ」
自棄気味にタイオスは言った。




