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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第1章

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08 突拍子もなさすぎる

 何それ、と少年騎士は言った。

「おかしいだろ、どう考えても」

「考えるまでもない」

 中年戦士は返した。

「あいつは、俺を刺して、ミキーナを刺して、逃げたんだ!」

 レヴシーは憤然とした。

「俺は見てたん……」

「そのときは彼女は生きてたんだと。で、俺が、ヨアティアの罪状を増やすため、彼女にとどめを刺したんだそうだ」

 タイオスは肩をすくめて語った。

「そんな馬鹿な」

「だよな。真っ当な感想が聞けて嬉しいことこの上ない」

 中年戦士は息を吐いた。

「いったい、どういうことなんだよ? 何でルー=フィンがそんな……」

「おっと、あいつが悪いんじゃない。信じ難いだろうが、あいつは魔術みたいなもんをかけられて、とんでもない出鱈目を究極の真実だと思い込んでる」

 彼はざっと、彼とルー=フィンの置かれた状況について話した。案の定と言おうか、レヴシーは信じ難いという顔をした。

「タイオスがそんな嘘つくことはないと思うけど……でも正直なところ、詩人の物語以上に突拍子がないって感じもする」

「正直だな」

 タイオスは責めなかった。彼だって、こんな話を聞かされたら胡乱に思う。胡乱では済まない。相手の頭がおかしいと決め付けるだろう。

「何て言うかさ」

 考えるようにしながら、レヴシーは言う。

「タイオスが嘘をつくとしたら、もっと信憑性がある嘘にすると思うんだよな」

 少年騎士はうんうんとうなずいた。タイオスは喜んでいいものか迷いどころだなと思った。

「客観的に……あくまでも客観的に見れば、ルー=フィンの話ってのは有り得そうでもある。でも俺たちは知ってる。〈白鷲〉がそんなことをするはずがないって」

「有難いが」

 タイオスは少し顔をしかめた。

「そうやって信じ込んじまうのは、場合によっちゃ陥穽ってやつで」

「いや、これは盲信とかじゃないから」

 レヴシーは余所者の台詞を遮るようにした。

「俺たちが信じるのどうのという話じゃない。俺たちの気持ちがどうあれ〈白鷲〉は〈峠〉の神の騎士で、その名を汚すようなことはしない。そんな人間であれば、或いは、そんな人間に変わってしまえば、護符は彼を離れるんだ」

 「自分たちの感情」ではないと少年は言うようだったが、タイオスにはそれは盲信としか聞こえなかった。

「あいつによれば、サナースの形見である飾り紐が護符をつなぎ止めてるんだそうだ」

「じゃあその紐を外せよ。その瞬間に護符がぴょんっとあんたの手から飛び出すようなら、俺もルー=フィンの言うことを信じるよ」

「……そうだな」

「……何、真面目な顔になってんだ?」

「いや、だからあいつ、外してみろとは言わなかったな、と」

(お前さんの発言には矛盾や半端が多いようだ、ルー=フィン・シリンドラスよ)

(もうちょっと考えてみろと言いたいが、そういう術なんだからな、仕方ない)

(だいたい、もともと、思い込みは激しい奴だ)

(何と言うか……「疑いを抱かないことに疑いを抱かない」のは、あいつの性格かもしれんな)

 「仕方ない」で済む問題ではないが、現状では、仕方ないとしか言えない。タイオスは大きく息を吐いた。

「もっと詳しく聞かせてくれよ。いったい何で、ルー=フィンが」

 レヴシーは頼んだ。タイオスはレヴシーが目撃したこと、つまりヨアティアがミキーナを刺したことをきちんと覚えているか確認するために、その話だけをかいつまんで説明していたのである。

 もちろん、うっかり忘れてしまうような出来事ではない。少年ははっきりと覚えていた。レヴシーが刺されたことに悲鳴を上げるミキーナを黙らせるべく、ヨアティアが振るった凶刃のこと。

 タイオスが駆けつけたときには、彼女はもう死んでいた。少なくとも、そう見えた。あの時点でもし息があったとしても助からなかっただろう。戦士はあのとき、そう判断した。だから彼女を放っておいたが――。

(絶対に助からなかったかと言えば、判らんな)

 何しろ、ここは神の国だ。神話時代のような奇跡が起こる場所。もしもあのときタイオスが、レヴシーのみならず、ミキーナにも手を尽くそうとすれば、もしかしたら?

(……ええい、いまさらそんなことを考えたって何にもならん)

 彼はそっと首を振った。

「あー、その辺の話は長くなるからな。あとでハルにもう一度と、アンエスカに話すことになってる。そんとき、同席しろよ」

「許可をもらえるかな」

「頼んでみればいいさ」

 気軽にタイオスは言った。

「言うなればお前は、俺の話の数少ない証人でもあるからな。俺からもハルに頼んでおこう」

「まじ? 有難う、タイオス」

「いやいや、証言してもらえるなら、俺の方が礼を言わなけりゃ」

 もっとも、レヴシーの証言だけでは、ルー=フィンを説得などできないだろう。彼の考えによるなら、少年騎士が意識を失ったあとで、タイオスはミキーナを刺せばいいのである。

(だが、多少なりとも味方がいるのはここだけだ)

(エククシアやらライサイやら、仮面のヨアティアやらの話は、ルー=フィンしか知らんのだし)

(アンエスカがルー=フィンについて俺にはレヴシーじゃ、正直、ちょっと頼りなくもあるが)

「なあ、レヴシー」

「うん?」

「お前、フェルナー兄妹についてどう思ってる」

 彼はそこを尋ねたみた。

「どうって……フィレリアは可愛いけど、兄貴の方はよく知らないよ」

「兄貴。兄貴に見えるか」

「見えないよ。何しろ、顔を見てないんだから」

 レヴシーはもっともなことを言った。

「態度は、どうだ。兄妹に見えたか」

「兄貴の方が主導権持ってて、妹は付き従ってるだけみたいな感じ。厳しくしつけられたら、あんなふうにもなると思うけど」

「そうか」

 タイオスは両腕を組んだ。

「何でだ? あの兄妹に、何か問題があるのか」

「俺はどうやら、彼らの親を殺したらしい」

「何だって?」

「もちろん、違うぞ。ただ、フェルナーはそう言い立て、フィレリアは、俺を見て悲鳴を上げたってだけだ」

「それって、どういう……」

 顔をしかめてレヴシーは尋ねた。

「簡単に言えば、フェルナーは嘘をついている。フィレリアについては判らん。ルー=フィンのように術をかけられているのかもしれないが」

「嘘って、何で」

「その辺が長い話になるんだ」

 長くて、しかも戯けた話に。

「もっとも、これもお前がさっき言ったことと同じ。おそらく、フェルナーの話の方が信憑性がある。と言うか、俺の話は突拍子もなさすぎる」

「……いったいどんな話なのか、気になるばかりだな」

「楽しみにしとけ」

 自棄(やけ)気味にタイオスは言った。


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