07 誰にでもそんな真似を
クインダン・ヘズオートもまた、〈白鷲〉の帰還を知った。
もっともそれは翌朝のことだ。苦々しい顔つきのアンエスカが彼らにそれを伝え、だが大っぴらにはしないようにと奇妙な命令を出してきた。
彼ら――クインダンとレヴシー――は、おそらくタイオスが望まないのだろうと推測を立てた。それもまた間違いではなかった。実際タイオスは、「英雄タイオス様」扱いに対し「気分いいところもあるが、連発されるとくすぐったい」と感じているからである。
アンエスカはそれからユーソアに処分を告げた。主なものは丸三日間の謹慎だ。宿舎から一歩も出ることあたわず、他人と口を利くことも禁止された。それから禄の減額とその他諸々、細かい指示もあった。
それらが罰として厳しいのか適切なのか緩いのか、クインダンにはよく判らなかった。ただユーソアは、もっと厳しいものを想像していたらしく、少しほっとするような顔を見せた。
ともあれ、ユーソアが三日間の謹慎、つまりは仕事ができないというのであれば、彼に割り当てられている分をほかの者たちで引き受けねばならない。
タイオスに会って話をしたい気持ちはあったが、そうした個人的な感情はあと回しだ。クインダンは朝一番で、まず神殿へ向かった。今朝はエルレールが上の神殿で祈りを捧げることになっていたはずだ。
「――ユーソアは?」
巫女姫は彼の姿を見ると、そう尋ねた。クインダンは、腹の辺りがくんと重くなるのを感じた。
「彼は……謹慎を」
「謹慎ですって? 何ごとなの」
エルレールは当然の問いを発した。クインダンは躊躇った。
「申し上げにくいことです」
「何なの。言って頂戴」
「は……」
仕方なくクインダンは、本当のことを話した。エルレールは目をぱちくりとさせた。
「フィレリアに? まあ、何てこと」
「は……」
「何てこと」
エルレールはほかの言葉が見つからないかのように繰り返した。
「本当のことなの? 何かの間違いではなくて?」
「……私もその場に居合わせました。いえ、見たというのではありませんが、フィレリア殿の訴えを聞き、ユーソアは否定しなかった」
「まあ」
エルレールは口を開けていた。ユーソアの行状に驚いているのだろうが、クインダンは自分の発言が疑われたと感じた。もちろん、巫女姫はただ確認しただけだ。「間違いではないのか」と。
噂話などであってはいけない。確認は重要だ。
ただ、ユーソアの悪行を告げるクインダンの言葉が間違っていないかと、そう――。
「ユーソアときたら、誰にでもそんな真似をするのね。女心をもてあそぶなんて」
エルレールは顔をしかめた。クインダンは奇妙にほっとして、そんな自分を戒めてから、はたと思った。
「誰にでも、と?」
「え?」
「まさか……エルレール様。ユーソアは」
クインダンは、ユーソアとエルレールが何度もふたりきりで過ごしていたことを思った。
「エルレール様に、何か」
「……まあ!」
巫女姫は一瞬の、「何を言っているのか判らない」という表情のあとで「何ということを言うのか」と顔つきを変化させた。
「クインダン、何てことを。そ、そのような疑惑はユーソアのみならず、私に対しても非礼だわ!」
憤りか、はたまた何か違う感情のためか、表情をこわばらせて巫女姫は叫んだ。
「お、仰る通りです、殿下、どうかお許しを」
慌ててクインダンは謝罪の仕草をした。エルレールの顔はこわばったままだった。
「……このように乱れた心で〈峠〉には向かえません。今日はこちらの神殿で祈り、禊ぎをします。騎士クインダン、ご苦労でした」
もう戻ってよろしい、とエルレールは固い声音で告げた。青年騎士は巫女にして王姉たる女性に敬意と忠誠を表す仕草を丁重に、心を込めて行い、退出の命令に従った。




