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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第1章

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04 コズディム神官

 コズディム神官クライス・ヴィロンがキルヴンの町にやってくるという知らせを受け取ったのは、それから三日後だった。

 ヴィロンがキルヴンの町から三日の距離にいたというのではない。神殿と神殿の間では、連絡を取るのみならず、魔術師の〈移動〉術のように人間を――基本的には神官を――送ることもできるのだという話だった。

 だがそれでも充分、早い対応と言える。「いずれ話を」などと言われ、数月単位で放っておかれても仕方がないものだ。

 ラシャからの伝言を受け取ったリダールは、すぐさま神殿を訪れることにした。

(シィナ)

 やってこなくなった友人を思った。きてくれていれば、「ほら、ラシャ殿もヴィロン殿も、おかしな人じゃないだろう」と言えるのに。

(……僕から誘いに行った方が、いいのかな)

 リダールは迷った。

(でも、怒ってるだろうな)

(そうだ)

 彼はいいことを思いついた。

(神官たちと話をしたあと、魔除けをもらっていこう。それを届けるってことにして)

 シィナの家がどこにあるのかは知らなかったが、小屋に行けばいい。シィナ自身がいなくとも、きっと誰かが教えてくれる。ホーサイがいたら少し相談してもいい。この三日間のシィナの様子なども聞けるだろう。

 そう決めると、気が軽くなった。

 見上げれば空は青く、風は気持ちがいい。今日はいい日だ、とリダールは思った。

(こんな日はきっと、いいことがある)

(もしかしたらヴィロン神官がいい話を僕に)

(フェルナーにもたらしてくれるかもしれない)

 それはどうにも楽天的すぎる予測、いや、空想に近かった。

 だが同じように根拠も何もないのなら、あれこれと思い悩み、友人を救うなどできないのではという考えに陥るよりも、こっちの方がずっといい。

 そんなふうに思いながらフィディアル神殿の門をくぐったリダールをにこにことリダールを迎えたのはラシャであった。

「今日はおひとりですか。先日のお友だちは?」

「用事が、あると」

 とっさにリダールは嘘をついた。あのあと喧嘩をしてそれから会っていませんなどとは、少し言いにくい。

「そうですか」

 ラシャはそうとしか言わなかったが、彼の目の前でシィナが取った態度を思えば、だいたいのところは見破られていそうでもあった。

「ヴィロン神官も既においでです。大まかなところは私から伝えましたが、やはりリダール様からみな聞きたいと。早速お話を」

「はい」

 「聞きたい」。リダールはまた期待感が頭をもたげるのを覚える。いままでどの神官も優しく聞いてくれたけれど、「聞きたい」と思っている感じは、なかった。

「ヴィロン殿、ラシャです」

 一室にたどり着くと――それは先日リダールらが案内された部屋より奥にあった――丁寧に戸を叩いて名乗りを上げる。

「リダール様がいらっしゃいました」

 それから茶色い髪をした神官は特に返事を待たずに扉を開け、リダールを促した。少年はラシャに目礼して彼を追い抜き、部屋に足を踏み入れる。

 そこは案の定と言うのか、先日の簡素な小部屋とは違った。

 決して派手派手しいということはないのだが――いや、祈りの場としてはいささか、きらびやかだったろうか。鮮やかな色合いの絨毯に、飾り彫りのされた卓と椅子。窓に掛けられた布は総レース。広さはリダールの部屋ほどもないが――彼の部屋は必要以上に広いとも言える――先日の倍はありそうだ。

(重要な客人のための部屋だ)

 少年は理解した。神殿もこうした区別をするのか、と少し驚きも浮かんだ。

(もっとも、重要な客人は僕じゃなくて)

 訪問の知らせにすっと立ち上がったのは、ひとりの男だった。

 年齢は二十代の後半、ラシャより少し上と見えた。リダールは更に驚く。「若くして神官長の座に」あるという人物は、少年の思っていたよりも若かった。

 まっすぐな黒髪は肩の辺りで切り揃えられている。とても神官らしい髪型だ。殊に若い神官であれば、落ち着いた風貌を欲して髪を伸ばすことが多いのである。

 続いて少年が驚いた、と言おうか、おやと思ったのはその瞳だった。深い碧眼。黒髪には、とても違和感があった。

「リダール様、ヴィロン殿です」

 ラシャが紹介した。もちろん、これがクライス・ヴィロンであろう。

「は、はじめまして。リダール・キルヴンです」

 妙な緊張感を覚えながら、リダールは卓越しに手を差し出した。ヴィロンはちらりとそれを眺め、ゆっくりと少年の手を取った。その様子は、まるで触りたくないものに触っているかのような――そうでなければ、面倒臭そうな様子に見えた。

「ヴィロンだ」

 短く、神官は名乗りを返した。その声はずいぶん低かった。

「大まかな話はラシャから聞いているが、もう一度はじめから。余計な前置きや解説は必要ない。はじめてもらおう」

 あまり抑揚のない声で言うと、ヴィロンは座りながらリダールの前の椅子を指した。

「は、は、はい」

 リダールは、父親や厳しい教師に命じられたときのようにぴょんと飛び上がり、指示されるままに腰かけた。

「フェルナー・ロスムが六年前に死んだということは判っている。それが帰ってくると示唆された話から聞こう」

「は、はい」

 すっかり生徒の気分と調子で、リダールは語りはじめた。ヴィロンはほとんど言葉を挟まなかったが、その指はしきりに卓上に何かを書き、少年は採点でもされている気分になった。

「――と、いう訳なんです」

 シィナに話すときは、いろいろと遮られたり、時間がなかったりで一気には話せなかったが、黙って聞いてもらえれば、彼はこの奇妙な話をかなり筋道立てて他者に伝えることができるようになっていた。

 もっとも、聞いた側が「筋道が立っている」と考えるかどうかは、別の話だ。

 少年の語り口の問題ではない。何しろ内容が内容なのだから。

 ヴィロンは何も言わず、じっと卓上の、彼自身の指先の辺りを見ていた。

「あ、あの」

 終わりです、とリダールは改めて言ったが、神官長の視線は動かなかった。

「あの……」

「お茶でも入れましょう」

 とりなすようにラシャが声を出した。

「リダール様はのどが乾いたでしょうから」

「え、ええ、少し」

 それは事実だったのでリダールはラシャの好意に甘えることにしたが、そのことは即ち、困惑の種にもなった。

 と言うのも、ラシャが茶を入れるために部屋を出れば、彼はヴィロンとふたりきりになるからである。

(……この人、ちょっと誰かに似てる)

(あ)

 誰を思い出したのか、リダールはすぐに気づいた。

(エククシア様だ)

 金髪に、左右色の違う瞳を持つ〈青竜の騎士〉。外見が似通っていると言うのではない。雰囲気や態度、物腰と言うようなものが、どこか似ていると感じた。

 そう思うと、エククシアのことを「格好いい」と言い立てていた――そのことによってタイオスに苦い顔をさせていた――少年は、にっこりと笑みを浮かべた。


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