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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第1章

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03 そんな人じゃない

「今日はお友だちもご一緒ですか」

「シィナって言います。シィナ、こちらはラシャ殿」

「ふうん、よろしく」

 気安い調子でシィナは返答した。ラシャは若いとは言え、彼らよりは年上だし、聖職者である。リダールは、シィナらしいとは思ったものの、もしホーサイ先生が聞けば礼儀を知らないと怒られそうだな、ともこっそり思った。

「はじめまして、シィナ殿。ラシャと申します」

 ラシャの方ではどう思うものか、成人するかしないかという子供の態度を咎めることなく、やはり丁寧に挨拶をした。

「何でも、私を待っていてくださいましたとか?」

「ええ、そうなんです」

 リダールはうなずいた。

「ラシャ殿は、各地を回っていろいろなことを調べておいででしょう? あの、失礼な言い方かもしれませんけれど、ほかの神官が判らないことでもお判りになるんじゃないかと思って」

「ほかの者が判らない」

 ラシャは繰り返した。

「それは、どのような?」

「それは……」

 リダールはゆっくりと、彼の話をはじめた。

 長くなりそうだと見て取るとラシャは少年たちを奥の部屋に案内し、じっくりと真剣に聞いた。

 やってくる質問や確認の内容から、ラシャがリダールを馬鹿にしたり、頭がおかしいと思ったりはしていないことが判った。だからリダールもますます真剣に、彼の得た知識の範囲で言えることや考え得ることをラシャに話し、助言を請うた。

 だが、そう簡単に解決法が湧いて出るはずもない。ラシャはすまなさそうな顔をしていたが、ふと思いついたように軽く目を見開いた。

「リダール様。同じお話をほかの神官にもしていただく訳には?」

「もちろん、何度でも」

 既に何度もやっていることだ。リダールはうなずいた。

「どなたか、当てがあるのですか?」

「ええ。コズディムの神官に、たいそう優秀な方がいらっしゃるのです」

「コズディム」

 リダールは少し落胆した。と言うのも、フェルナーの状況を考えると、いちばん頼りになりそうなのはそのコズディム、冥界主神の神官たちであるのに、彼らはいちばん、すげなかったからだ。

 ラファランの導きを受けなかった魂を救うため、祈りを捧げる儀式は存在する。だが、ひとつの魂を特定して冥界へと送る術はない。簡潔に明確に、彼らは答えを寄越した。

 それは彼らが、理をよく知るからこそ出てくる、もしかしたら「正解」であるのかもしれなかった。

 しかしリダールはそこに目をつぶり、ほかの、次の答えを探してくれる神と神官を求めた。

 そのひとつがフィディアルであり、ラシャだ。

 フェルナーの友は、そのことをどう説明しようかと迷った。だが幸いにと言うのか、ラシャはただ単純に「コズディム神官の分野だから彼らに」と言うのではなかった。

「コズディム神殿の回答は推測できます。それはあなたを落胆させるものでしょう」

 しかし、と彼は続けた。

「クライス・ヴィロン神官であれば、あなたに力を貸してくれるかもしれません」

「ヴィロン……神官? どんな方なのですか?」

 わずかに期待が頭をもたげるのを感じながら、リダールは尋ねた。

「申し上げました通り、とても優秀な方です。若くして神官長(ランジア)の座に就かれ、ゆくゆくは神殿長(ラクラシル)とも」

 ラシャの答えは、実はあまり答えになっていないのだが、リダールはただ「そうなのですか」と相槌を打った。

 もっとも、「若くして」と言っても、神官長級になるのは早くて三十代後半だ。それより早いとすれば三十前半くらいの人物だろうかとリダールは想像した。

「ご存知の通りキルヴンの町にコズディム神殿はありませんが、私たちは遠い街町であろうと同じフィディアル神殿と連絡を取ることができ、そしてどこの神殿も、同じ街のなかならば容易にやり取りが可能です」

 フィディアル神殿は、神殿があるような町であればたいてい存在する。つまり、ヴィロンがどこの街の神官であろうと、ふた手間で彼に伝言を遅れるのだというようなことをラシャは説明した。

「大まかなところは私から伝えておきます。詳細を問われましたらお答えいただくという形でよろしいですか」

「え、ええ。はい、お願いします」

 リダールはこれまでにない期待感を覚えていた。神官が紹介する神官。しかも、彼が最初に助けを求めていた、コズディムの。

「有難うございます、どうかお願いします」

 リダールは深々と頭を下げた。

「そのようなことをする必要はありませんよ」

 ラシャは優しく言うと手を伸ばし、卓上に置かれていたリダールの手を包み込んだ。

「フェルナー君を救いたい気持ちは、あなたも私も、話をうかがったどの神官も同じなのです。知識が足りないことを痛感しています。ですが、私にできることをさせてほしい。私こそお願いし、礼を申し上げたいくらいなのです」

「ラシャ殿」

 有難うございますと礼を繰り返したリダールは、そこでふとシィナが仏頂面でいるのに気づいた。

「どうかした?」

 彼は尋ねた。

「この前と同じ話で、退屈だった?」

「子供扱いするなよな!」

 憤然とシィナは言って、立ち上がった。

「もう帰ろうぜ、リダール」

「え? ちょ、ちょっと待って」

「お前、気づいてねえの? これって結局、たらい回しじゃんかよ」

「ち、違うよ、そういうんじゃなくて」

「誤解ですよ、シィナ殿」

 リダールは言い、ラシャも言ったが、シィナはじろりと――主にラシャを睨んだ。神官は目をぱちくりとさせる。

「こいつはお坊ちゃんだから簡単に騙される。でもオレは騙されないぜ。ほら、こいよ」

「ま、待ってってば」

 ぐいっと腕を引っ張り上げられ、少年は慌てた。

「失礼なことを言わないでくれよ、ラシャ殿がせっかく……」

「リダール!」

 シィナはほとんど怒鳴るようにした。

「お前の、ために、言ってんだ! いいから、オレとこいっ」

 いったいどうして友人が急に怒り出したものか、リダールにはさっぱりだった。

 ラシャはどう思ったにせよ、コズディム神官に連絡を取っておきますとだけ言って、少年たちを見送った。

「ねえ……ねえ、シィナってば」

 神殿を出て、手を引っ張り続けられながら、リダールは困惑した声を出す。

「本当に、何なの? 魔除けはいいの? どうしてラシャ神官をあんなふうに睨んだり」

「――オレ、知ってるんだ」

 シィナは呟いた。

「知ってるって、何を」

「あいつ、ほかの男も連れて、お前を呼んで、どうするつもりだと思ってんだ?」

「どうって……何か名案があるかもって」

「お前な」

 ぴたりと足をとめ、シィナはリダールを振り返った。

「ちゃんと、知っとけ! 神官連中なんて、クジナばっかりだって!」

「……は?」

 ぽかん、と少年は口を開けた。

「だから。神様は女とヤることを悪徳としてるから。代わりに、男で済ますんだよ」

「ちょ、ちょ、ちょっとシィナ」

「何だよ。まじだぜ? お前、警戒しなきゃ駄目だぞ」

 シィナはどうやら本気で言っているようだった。リダールは目を白黒させる。彼にしてみれば、敬虔な神官たちがそんなことをするはずがないのだ。

「お前見てにこにこしたり、手ぇ取ったりとか、あいつ怪しい。ほかの神官を呼ぶとかって話も、ふたりがかりでどうにかとか」

「ど、ど、どうにかって」

 年のわりに幼い外見と言動とは言っても、十八である。男女のことくらいは知っていた。クジナだラムドだという同性同士の趣味についても、詳しくはないが耳にしたことくらいはある。

「とんでもないよ、シィナ! ラシャ殿はそんな人じゃないし、ヴィロン神官という人も、優秀な人だって」

「神官として優秀だってことは、変態かどうかとは関係ねえ」

 シィナは言い放った。

「お前、やめろ。あんな奴と話すの」

「失礼だよ、シィナ」

 困惑しきりで、リダールは言う。

「人の手くらい、取ることもあるさ。神官ならそうすることで人を落ち着かせることもある。何もおかしくない。シィナの考えの方がおかしいよ」

「何だと!?」

 シィナは腹を立てたようだった。だが、リダールの方が怒ってもいいくらいだ。

「僕はヴィロン神官と話をする。シィナが僕を心配してくれているのは判ったけれど」

 少しだけ躊躇ったが、彼は続けた。

「的外れだよ」

 その言葉に友人は、きゅっと唇を噛み締めた。

「じゃあ、もういい」

 むすっとして、シィナは言った。

「好きにしろよっ」

 そう言って走り去った年下の友人を見ながら、彼は困惑した。そこまで怒らせるような言葉だったろうかと少しだけ後悔をしたが、間違ったことは言っていないと思った。

 それから、シィナがリダールの部屋にやってくることは、ぴたりとなくなった。


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