02 お帰りなさい
シィナはいろいろと息巻いていたものの、幸か不幸か、彼らはそれからしばらく、フードを深くかぶった灰色ローブの男たちには出会わなかった。
実際のところそれは幸運なのだが、彼ら、殊、シィナには不運と思えた。
「ちぇー。何でいないんだよ、あいつら」
不満そうにシィナはぶつぶつと呟いた。リダールは苦笑した。
「もう、どこかに行っちゃったんじゃないかな? ほら、やっぱり巡礼だったのかもしれないよ。無言の行とか、そういうのがあるって聞いたことがあるよ」
彼はリゼンの酒場の客と同じようなことを言った。
「巡礼? 修行だって? そんな感じじゃなかったぜ」
だいたい、と友人は鼻を鳴らした。
「このキルヴンに神殿なんて、二個しかないじゃないか」
「ふたつもあれば充分じゃないかな」
キルヴンの町にあるのは、フィディアル神殿とムーン・ルー神殿だ。神殿と言ってもそれほど大きなものではなく、田舎町の教会よりは立派だろうか、という程度である。
だが本来、神の使徒たちはその館に華美を求めないものだ。
大きな街では信者たちの寄進によって建物が大きくなり、装飾が施されていくが、キルヴンぐらいの町ではそれほどのことにならない。
しかし派手だろうと地味だろうと、神殿の持つ役割、神官たちの仕事は変わらない。時に冠婚葬祭を司り、時に人々の悩みを聞き、時に――魔を祓う。
「そうだ、行ってみようか、神殿」
リダールはぽんと手を打ち合わせた。
「そろそろ、話を聞きたい人が戻ってきてるはずなんだ」
「戻って?」
「うん。旅に出かけてたんだけど。予定だと、今日くらいまでには戻ってくるはずだからって」
「旅の話でも聞くのか?」
「違うよ」
リダールは首を振った。
「フェルナーの、ことだってば」
「ああ、それか」
シィナは忘れていたというように頭をかいた。
「お前、知識は増えたの?」
「え?」
「言ってたじゃん。勉強しなきゃ神官に話が通じないって」
「ちょっとは、学べたかなと思うよ」
彼は答えたが、そこに自信のような色はなかった。
「でも、生半可な知識にすぎないから。〈半年の達人〉って言うだろ?」
それは、たかだか半年程度では決して達人にはなれないという、逆説的な言い回しだ。たとえば剣を習ってしばらくすると、自分はずいぶん上達したと感じるが、調子に乗れば大怪我の原因となる。荷運びの仕事でもいい。すっかり慣れたと思いはじめる頃、大事な荷を落として壊してしまったりする。何でもそうだ。ちょっとかじったくらいがいちばん危ない。
〈半年の達人〉とはそうした危うさも意味すれば、そこから転じて、鼻を高くしている素人を揶揄する言い方でもあった。少年は自らにそれを使って戒めたのである。
「ちょっとくらい調子に乗ったっていいぜ。お前はよ」
シィナは慎重なリダールに呆れたようだった。領主の息子は苦笑した。
「でも、僕の用事だけじゃない、彼らが巡礼者だったのかどうか、神殿に訊けば判るかもしれないよ」
「オレは、そうじゃない方に賭けるけど」
シィナは知らず、正解を口にした。
「でも神官に魔除けとかもらっとくのもいいかもな」
「魔除けだって?」
「そうだよ。あいつら」
きゅ、とシィナは眉をひそめる。
「気味悪いから」
「……気味が悪いのと、魔除けを用意するのはちょっと違うような」
「何だと! オレは怖がってなんかいないぞ!」
不意に叫ばれ、リダールは目をぱちくりとさせた。
「何だ」
それから少年は吹き出した。
「怖いんだ」
「違うって言ってるだろ! 殴るぞ!」
「うん、魔除け、もらいに行こうか」
「やめだ、そんなの」
「シィナが言ったん」
「そんなの持つのは、怖がりだって言いたいんだろっ」
「僕は何にも言ってないけど」
どうやら魔除けを用意して怖がっていると思われることは、彼の友人の気に召さないらしい。
「でも僕は欲しいな、魔除け」
考えてから、彼はつけ加えることにした。
「怖いもの」
「あ、そう」
シィナはほっとしたようだった。
「仕方ないな。リダールがそう言うんじゃな。よし、話を聞いて、魔除けをもらってこようぜ!」
晴れた昼間のフィディアル神殿は、そう大盛況という感じでもなかった。
だが、ここが人々でごった返すのは、名のある人物の葬儀や年明けの儀式のときくらいだ。まめな信者はしょっちゅう参拝にくるが、たいていはふと思いついたときしか、或いはいっさい、やってこないからである。
このとき、入り口のすぐ先にある祈りの間で聖句を唱えていた町びとはふたり、老人と中年女性だった。
シィナはあまり神殿に慣れていない様子で、きょときょとと辺りを見回していた。リダールも決して慣れてはいなかったが、フェルナーの話をするためにカル・ディアとここの神殿を繰り返し訪れる内、萎縮するようなことはなくなった。
「神官殿」
彼は片隅に控える年嵩の神官に声をかけて丁寧に挨拶をすると、同じ丁寧さで返された。
「今日はどうなさいましたか、リダール様」
問われて、答える。するとシィナがくすっと笑った。
「なに?」
「リダール『様』か」
「仕方ないだろう、ここはキルヴンだもの」
領主の息子には敬意が払われるのだ。
「僕が偉い訳じゃないことくらい、判ってるよ」
「オレは何も言ってないぜ」
今度はシィナが言った。
それから案内された部屋で少年たちは神官を待った。ものの五分としない内に、若い神官が姿を見せる。
「お帰りなさい」
リダールはにっこりと微笑んだ。
「ラシャ神官」
「ご丁寧に有難うございます、リダール様」
フィディアル神官ラシャはもまた、穏やかな笑みを返した。




