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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第2話 策謀の影 第1章

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01 敵にしたくない

 疲れているはずなのに、眠れない。

 タイオスは寝台の上で、ごろりと寝返りを打った。

 もう時刻は白の刻を半ば回ったくらいではなかろうか。だが、眠気はちっとも訪れてこない。

(ええい、くそ)

(寝ようと決めたらどんな状況でも寝ちまえる、俺はそれくらい、できるはずだろうが)

 休むべきときに休む。それは戦士の重要な仕事のひとつだ。どんなに気分が高揚していてもそれを抑え、体力を温存する。寝不足で剣を振るったために足元をふらつかせて死ぬなど、馬鹿らしいからである。

 だが、眠れない。

 こんなのは、兄弟子アースダルにこてんぱんにやられて、眠気が痛みに勝てなかったとき以来だ。

『――タイオス』

『信じたいです』

 ハルディール少年の言葉はつまり、信じることができないという意味でもあった。

(もちろん、ハルは悪くない)

(ルー=フィンも……いったいどうしてかあんな状況に陥っちまったのは、あいつが馬鹿をやらかしたせいだろうが、それでも悪くはない)

(フェルナーは、判らん。利用されているだけとも思うが)

(悪いのは断然、ライサイだ。あの魔物め)

 連中の狙いは不明である。だが、タイオスに対する目的は明らかだ。

(俺をシリンドルにいさせたくないんだ)

 ハルディールが彼を追い出すか、それとも彼自身が呆れ、或いは憤り、または諦めてシリンドルを出るか、何にせよそうした意図があっての貶めに違いない。戦士はそう考えた。

 ならば、彼のやることはその逆だ。

 石にかじりついてでも、この国にいてやるのである。

(ヴォース・タイオス様をなめるなよ、クソ野郎ども)

 彼は品なくライサイと、そしてエククシアを罵った。

(それにしても、いったい)

 いったい、何のために。

(奴らの狙いは、何だった)

 彼は過日の出来事を思い起こした。

 誘拐事件。これは、よく判らなかった。金目当てと取ることもできるが、エククシアの言動からはそうした感じは見て取れなかった。

 その、エククシアの言動。

 タイオスの得た称号〈白鷲〉を神秘だなどと言い立て、その力を見たがる風情だった。彼を「幻夜」だかに殺すと言って、それっきり。

(関わりそうなのは誘拐よりこっちだな)

 「神秘」。〈白鷲〉に神秘を見たのなら、〈峠〉の神にもそれを見るやも。

(意味は判らんが)

 ライサイ。あれは人間ではないらしい。実際、タイオスも目にした。青みがかった銀色の鱗で覆われた顔をした――おそらくは身体全体も――人外。

 魔物。魔族と言ったりもするらしい。

 エククシアはその息子で、半人外。半分だろうと、魔物だ。少なくともエククシアは人外側として振る舞っていた。思い出したくもない、青と黄色の両眼。

 ヨアティアが死に、リダールを取り戻し、人外どもは去って、あの件は終わったと思っていた。いや、正直に言うならば何が何だったのか判らなくて、すっきり終わったという感じはしていなかった。

 やはり、終わっていなかったのだ。

 まず、ヨアティアは生きている。フェルナーが操るあの身体は、顔が違って見えたところで、ヨアティア・シリンドレンのものだ。あれが死体でないとも言えないが、ヨアティアを「消し炭にした」のはアトラフ。となれば、はなから殺してなどおらず、魔術で強制的な〈移動〉を行ったと思う方が自然だ。

 話をしているのは完全にフェルナーで間違いない。ではヨアティアの意識の方は、例の「墨色の王国」――色のない不気味な世界にでもいるのか。

 タイオスも二度、それとも一度連れられた場所。行かずに済むなら二度と行きたくないところだ。あの場所にフェルナーが六年間も囚われていたのかと思えば同情心も湧くが、ヨアティアには湧かない。ルー=フィンに言ったことは本音で、もしフェルナーがあの身体で満足するなら、それはそれでひとつの解決ではないかと思うくらいだ。

 しかし、ライサイが親切心でフェルナーに身体を用意してやったはずもない。

 奴らは、企みがあるから気の毒な少年を取り込んで、ここへ。

 だがその企みとは何か。判らない。堂々巡りだった。

 連中がシリンドルに神秘を求めたとして、何がしたいのか。「幻夜」というのが何であるのしても、まさか神様は殺せまい。あの「子供」ならともかく、神シリンディンに姿があるとも聞かない。

(向こうの出方を見るしかないか)

(とりあえず、フェルナーはともかくとして、ルー=フィンをどうにかせんといかんな)

 フェルナーの方は、判っていて嘘をついている。タイオスを嘲笑して。腹の立つことだ。

 一方でルー=フィンは、術をかけられている。演技でないことは明らかだ。意図的に嘘をついたときの判りやすさからして、一目瞭然というもの。

 もとより、ミキーナの件。ルー=フィンが事実を事実として理解しているならば、タイオスに敵対する理由はないのだ。

(敵対)

(あれは敵にしたくないんだ、まじで)

 共闘すれば、あれほど安心して背中を預けられる剣士を彼は知らない。逆に言えば、本気で背中を狙われたら最後だと思う。いや、背中ではなく正面でも。

(それにしても、思いもかけない流れになっちまったもんだ)

(記憶を乱される……か)

 曖昧だったリダールの記憶。塗り替えられたミヴェルの記憶。

 怖ろしい、と言ったのは当のルー=フィンだった。

『――記憶というのは』

『言い換えれば自分そのものだ』

 ルー=フィン・シリンドラス青年は、そんなふうに言ったのだ。

『過去に何をし、何と出会い、何を思い、何を得て、何を失ったか、それらの記憶が自分を形作る』

『それを操作されるなど』

『怖ろしい』

 そう言った若者が、記憶を乱されている。それも、ずいぶんと大きく。恋人の仇を取り違えるほどに。

(無茶苦茶だ)

 タイオスは苦いものがこみ上げるのを感じた。

(いったい、あいつに何があったんだ)

 タイオスと分かれたときは、ルー=フィンは至って普通だった。いや、いささか様子はおかしかったが、少なくともタイオスを仇と睨んできたりはしなかった。

 あのあとだ。彼に護符を返す代わりにキルヴン邸の庭先に置いていったあと、ライサイの術中に陥ちた。

 何があったのか。判るはずもない。

(どんなにとんでもない話でも、奴はルー=フィンに信じ込ませることができる。口先で騙す訳じゃないんだから、詳細に凝る必要なんかもない)

 たとえばタイオスが前国王夫妻を殺した――などという大嘘でも、ライサイの術にかかったルー=フィンは信じるだろう。ただ、これはハルディールとエルレールという、勘違いや覚え違いをするはずのない目撃者がふたりいる。ハルディールがルー=フィンがどれだけ心から信じていたところで、ルー=フィンの発言がおかしいということになる。

(実際おかしいんだが、それを知ってるのは俺だけ)

(……いや、フェルナーも知ってるわな)

 あの子供は何を吹き込まれているのか。生き返るための身体をやるとか、その類であることは考えるまでもない。そういうことではない。

(シリンドルでルー=フィンと)

(またはヨアティアの身体と、何をするように言われてるんだ)

 一部は、判るようでもある。明らかすぎるとも言える。

 だがやはり、何のためかは判らないのだ。

(ええい)

 タイオスはごろりと寝返りを打った。

(判らない、判らない、判らない尽くしだ)

 苛々する。これは、眠れないせいもあるだろう。

 いっそ起きてしまおうか、とも戦士は少し考えた。夜のシリンドルでも散歩して、気分を入れ替えて――。

 そんなことを考え出したときである。

 部屋の戸が、遠慮がちに叩かれる音がした。


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