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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第4章

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11 信じてくれ

「おい」

 彼はルー=フィンを睨んだ。

「お前、ライサイから何を言われてる。それとも、青竜野郎か。あのヨアティア・フェルナーをここに滞在させて、どう」

「彼は、ヨアティアではない」

 静かにルー=フィンは言った。タイオスは口の端を上げた。

「は、ん。もう一度、言ってみろ。俺の目を見て、いまの台詞を」

「――彼は、ヨアティアでは、ない」

 素直にと言おうか、はたまた負けん気を燃やしてと言おうか、ルー=フィンはその言葉に従った。

「嘘だな」

 タイオスは決めつけた。

「お前は知ってる。あの仮面の裏にあるツラのこと。何で嘘をつく? 無茶苦茶を信じ込まされてることは判ったが、そのいまのお前でも、あれがヨアティアだとは知ってるんだ」

「何を、言っている。私は……」

「お前、嘘をつくのに慣れてないだろ。しかも憎き俺に対してだけじゃない、ここにはハルもいる。記憶を操られても、忠誠心は偽物じゃない。お前の王に嘘をつくことの躊躇いが、その緑色のお目目にはちゃんと表れてんだよ」

「何だと。この……」

「違うってか? あれは、この俺に両親を殺された可哀相な少年ですと?」

 タイオスはまるで挑発するように言った。

「お前は、ミキーナの仇を取り違えて信じてる。ヨアティアがいまわの際に真実を言いました? 死に行く人間が嘘をつくはずがありませんとでも? 普通に考えりゃ、まず疑う。これまでのあいつの行状を知っていればな。だが疑っていない。そのことはいいさ、そういう術なんだ」

 たぶんなとタイオスは言った。

「だが命を取り留めたヨアティアが……その身体がフェルナーを宿らせて何とか兄妹だと名乗ってここにいることに、お前はどんな説明を受けてるんだ? フェルナーが死んでるってことも判ってるんだろ? ガキの幽霊に身体をやってでも、もう一度故郷の土を踏みたいとでも言われたか? お前がヨアティアの罪を忘れてるなら、ヨアフォードの息子に同情するくらいは、ありそうだな」

「勝手な、出鱈目を」

「目が泳いだぜ。図星(レグル)か。少なくとも、近いな」

 またしても彼は決めつけた。

「判らんのは、フェルナーだ。あいつ、リダールの身体に固執してたくせに、あんな三十路親父の身体でいいのか? いや、そういうことじゃない」

 タイオスは手を振った。

「あいつの身体でいいなら、使えばいいさ。リダールを奪われちゃ困るが、ヨアティアなら完全に乗っ取ってもらっても結構だ。だが、そうじゃないんだろう? それでフェルナーが満足してるなら、おうちに帰って仮面をかぶりながらフェルナー・ロスムの続きをやればいいさ。だが」

 そうではない。何らかの目的を持って、シリンドルにまでやってきている。フェルナーが何か企んでいると言うよりは、ライサイ、エククシア、奴らだ。

「なあ、ルー=フィン。お前、いまの状態でいいから、いや、よくないが、とにかく考えてみろ。何でフェルナーはここにいる? 何をしにきたんだ? お前は知ってるのか、知らないなら」

 考えろと彼は繰り返した。

 ルー=フィンは黙った。だがその沈黙は、タイオスの言葉に従って何か考えているためではなかった。若き騎士は緑色の瞳を光らせて、戦士を睨むばかりだった。

「……タイオス」

「ああ、ハル」

 彼ははっとした。

「すまんな、お前を放っといちまって。だが、この阿呆をどうにかしてやらなきゃならんと思ってな」

「僕は、どちらを信じればいいのか判りません」

 少年は呟いた。

「ただ、あの仮面の下の顔はヨアティアなどではなかった。そのことは、事実です」

「ハル……」

 それを言われると、痛い。あれだけヨアティアだと言い立てて、いざあらわにされれば魔術を使っているなどというタイオスの台詞は、傍から見れば滑稽この上ないほど出鱈目臭い。

「今日はもう、休んでください。ルー=フィンも。戻っていい。明日また、同じ話をしてもらうことになるかもしれないが」

「何度でも」

 騎士は答えた。

「俺もかまわんが」

 タイオスは顔をしかめた。

「それはもしかしたら、アンエスカに、ということなんだろうな」

 客観的に見たってタイオスが怪しい話である。アンエスカが判定をどう下すかなんて、考えてみるまでもないような。

 だが、ここで断っても仕方がない。アンエスカがタイオスを引き落とす分くらい、ハルディールは修正してくれるはずだ。

(たぶんな)

 言い切りたいところだが、不安そうな少年の顔を見ていると、絶対とは言えそうになかった。

 ハルディールが不安になっているのなら支えてやりたいと思うものの、その原因が彼であってはどうしようもない。

「なあ、ハル」

 タイオスは頭をかいた。

「俺を信じてくれ。な?」

 ルー=フィンのきつい視線を無視して、タイオスはハルディールを見た。

「タイオス」

 少年はぎこちない笑みを浮かべた。彼の内には、かつてタイオスと旅をしたときの記憶が蘇っただろうか。

 あのとき、タイオスは言ったのだ。自分のような流れ戦士を容易に信じるなと。むしろ疑えと。そしてハルディールは言った。「もしタイオスが詐欺師であるなら自分を信じろと言うだろう」と。

「――信じたい、です」

 否ではないが応でもないその答えに、中年戦士は胃の痛くなるような思いを覚えた。


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