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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第4章

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10 実に使える奴

 くくく、とフェルナーは笑った。

 可笑しそうに。

「さあ! どう言い訳をする!? 僕の願掛けを利用し、仮面を外せないのをいいことに、ヨアティアとやらだと言い立てて。見ろ! そんな男の顔じゃない。さあ、どうしてくれる!? まずは約束通り、土下座でもしてもらおうか!」

「この……野郎」

 タイオスは両の拳を握った。

(どういうことだ)

(これがフェルナーであることは間違いない。声だって、ヨアティアのものに聞こえる。話し方の癖が違うから印象は異なるが、それも間違いない)

(となると、答えは)

「魔術だ」

 戦士は言った。

「この野郎。魔術で、違う人間の顔に見せてる」

「言うに事欠いて、何という無茶苦茶を」

 タイオスの台詞を使って、フェルナーは嘲笑った。

「僕の仮面を剥がしてどんな説明をするつもりかと思ったが、そんな出鱈目で陛下を納得させる気でいたのか? 愚かすぎるな、タイオス」

「てめえ、可哀相なガキだと思ってやっていれば、つけあがりやがって」

「おっと。今度は恫喝か。――お判りでしょう、ハルディール陛下。これは、陛下が思うような男ではないこと」

 フェルナーは満足そうに笑いながら、再び仮面を身につけた。

「これで、僕の願掛けははじめからやり直しだ。どう責任を取ってくれる?」

「そんなことを言う割には、楽しそうじゃねえか」

 苦々しく戦士は指摘した。フェルナーはやはり笑った。

「楽しくはないさ。可笑しいだけだ。お前の道化ぶりが」

「この……」

 タイオスは歯ぎしりをした。

「……タイオス」

 弱々しい声が、耳に届く。はっとして彼は振り向いた。

「ハル」

 少年は、戸惑うような表情で、彼の国の神の騎士を見つめていた。そこには、もしかしたら、落胆もあっただろうか。

 タイオスは胸が痛くなるのを感じた。

 この少年に、こんな目で見つめられることのあろうとは。

「ハル。信じてくれ、俺は」

「もうこれ以上、名を汚すのはよせ、タイオス」

 鋭く、ルー=フィンが言った。

「〈白鷲〉の名のみならず、お前自身の名も」

「くそ……」

 彼は罵りの言葉を吐いた。何という分の悪さ。分が悪いどころではない。これではどこからどう見ても、タイオスが嘘つき妖怪(シャック・ハック)だ。

「――申し訳ない、フェルナー殿。願掛けのことは、彼に代わって、私が謝罪をしよう」

「ハル! 謝る必要なんかない!」

「その謝罪、お受けしよう、ハルディール陛下」

 まるで立場が上の者のように、フェルナーは言ってのけた。

「言ったように、タイオスは僕の両親の仇だが、シリンドルの法では裁けず、仇を討ったところで彼らが戻る訳ではない……もちろん(・・・・)、死者は戻らないから」

 くっと、彼は笑った。

「この男に処刑や処罰をとは言わないが、同席も望まない。話の続きがあればまた明日にでもしていただこう。フィレリアも休ませたいことだし、僕は帰る」

 すっとフェルナーは立ち上がった。

「もちろんかまわないだろうな? 王陛下」

 形の上では許可を求めていたが、まるで決定権は自分にあると言わんばかりの口調だった。少しの()ののちにハルディールはうなずき、フェルナーは踵を返した。

「私は」

 それからルー=フィンが、声を出す。

「お前に決闘を申し込む権利がある」

「断る」

 素早くタイオスは答えた。

「臆するか」

「そういう問題じゃない。だが絶対に応じん。目を覚ましても俺と()りたいと言うなら、まあ、手合わせくらいはしようや」

「目を覚ますだと。何を」

「自分は酔ってないと主張する酔っ払いに何を言ったって無駄だ」

「いつまで侮辱を繰り返す気だ」

「お前の目が覚めるまで」

 タイオスは肩をすくめた。

(全く、冗談じゃない!)

(フェルナーだけなら、どうしようもある。ハルは俺を信頼してくれるだろう)

(だがルー=フィンがこれ(・・)じゃ)

 まるでヨアフォードの下で共闘――のふり――をしたときのようだ。いや、そのときのルー=フィンは、いささかタイオスを疑ってはいたが、それは「信用ならない」という程度であり「確実に敵だ」ではなかった。いまは、ミキーナの仇ときたものだ。

(ライサイ、そうだ、ライサイだ)

 タイオスは思い出した。

(実に使える奴を使ったもんだよ。俺の信頼を落とすには、こいつが俺を貶めるのがいちばん)

(だが、まだ判らんぞ。何でこんなことを)

 タイオスを悪逆非道な戦士に仕立て上げて、どうしようと言うのか。

(考えろ。奴らの狙いは)

(俺が奴らの邪魔をした、その意趣返しか? いや、そんなことじゃない)

(ルー=フィンの記憶をおかしくして、シリンドルに……帰した)

(狙いはシリンドルだ)

 そう、思った。だが、判らない。

(シリンドル? シリンドルの何が狙いだ? この国には財宝なんかない。自給自足してる田舎町みたいな小国だ。あるのは……)

(あるのは、〈峠〉の神の神殿だけ)

 余所になく、シリンドルだけにあるもの。それは〈峠〉の神への信仰だ。

 しかし、それが何なのか。ライサイという魔物は、ルー=フィンとフェルナーを使い、シリンドルで何をしようとしているのか。奇跡がどうのと戯言を言っていたエククシア。そのことが何か関係しているのか。

(判らん)

(だがシリンドル、シリンドルだ)

(何も俺を貶めたかったんじゃない。俺がやってくるかどうかなんて、奴らには判らなかったはずだ)

 偶然会ったサングからたまたまルー=フィンの帰国を知らされ、気になるから行ってみようと思ったのである。サングと会わなければ、その話が出なければ、「帰ったんならよかった」で終わらせれば、タイオスはここまでこなかった。

 もしものこのことやってきたら信頼を失墜させてしまえという、その程度の魂胆かもしれない。

 しかし、だとしてもそこまでだ。それ以上は判らない。


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