10 実に使える奴
くくく、とフェルナーは笑った。
可笑しそうに。
「さあ! どう言い訳をする!? 僕の願掛けを利用し、仮面を外せないのをいいことに、ヨアティアとやらだと言い立てて。見ろ! そんな男の顔じゃない。さあ、どうしてくれる!? まずは約束通り、土下座でもしてもらおうか!」
「この……野郎」
タイオスは両の拳を握った。
(どういうことだ)
(これがフェルナーであることは間違いない。声だって、ヨアティアのものに聞こえる。話し方の癖が違うから印象は異なるが、それも間違いない)
(となると、答えは)
「魔術だ」
戦士は言った。
「この野郎。魔術で、違う人間の顔に見せてる」
「言うに事欠いて、何という無茶苦茶を」
タイオスの台詞を使って、フェルナーは嘲笑った。
「僕の仮面を剥がしてどんな説明をするつもりかと思ったが、そんな出鱈目で陛下を納得させる気でいたのか? 愚かすぎるな、タイオス」
「てめえ、可哀相なガキだと思ってやっていれば、つけあがりやがって」
「おっと。今度は恫喝か。――お判りでしょう、ハルディール陛下。これは、陛下が思うような男ではないこと」
フェルナーは満足そうに笑いながら、再び仮面を身につけた。
「これで、僕の願掛けははじめからやり直しだ。どう責任を取ってくれる?」
「そんなことを言う割には、楽しそうじゃねえか」
苦々しく戦士は指摘した。フェルナーはやはり笑った。
「楽しくはないさ。可笑しいだけだ。お前の道化ぶりが」
「この……」
タイオスは歯ぎしりをした。
「……タイオス」
弱々しい声が、耳に届く。はっとして彼は振り向いた。
「ハル」
少年は、戸惑うような表情で、彼の国の神の騎士を見つめていた。そこには、もしかしたら、落胆もあっただろうか。
タイオスは胸が痛くなるのを感じた。
この少年に、こんな目で見つめられることのあろうとは。
「ハル。信じてくれ、俺は」
「もうこれ以上、名を汚すのはよせ、タイオス」
鋭く、ルー=フィンが言った。
「〈白鷲〉の名のみならず、お前自身の名も」
「くそ……」
彼は罵りの言葉を吐いた。何という分の悪さ。分が悪いどころではない。これではどこからどう見ても、タイオスが嘘つき妖怪だ。
「――申し訳ない、フェルナー殿。願掛けのことは、彼に代わって、私が謝罪をしよう」
「ハル! 謝る必要なんかない!」
「その謝罪、お受けしよう、ハルディール陛下」
まるで立場が上の者のように、フェルナーは言ってのけた。
「言ったように、タイオスは僕の両親の仇だが、シリンドルの法では裁けず、仇を討ったところで彼らが戻る訳ではない……もちろん、死者は戻らないから」
くっと、彼は笑った。
「この男に処刑や処罰をとは言わないが、同席も望まない。話の続きがあればまた明日にでもしていただこう。フィレリアも休ませたいことだし、僕は帰る」
すっとフェルナーは立ち上がった。
「もちろんかまわないだろうな? 王陛下」
形の上では許可を求めていたが、まるで決定権は自分にあると言わんばかりの口調だった。少しの間ののちにハルディールはうなずき、フェルナーは踵を返した。
「私は」
それからルー=フィンが、声を出す。
「お前に決闘を申し込む権利がある」
「断る」
素早くタイオスは答えた。
「臆するか」
「そういう問題じゃない。だが絶対に応じん。目を覚ましても俺と戦りたいと言うなら、まあ、手合わせくらいはしようや」
「目を覚ますだと。何を」
「自分は酔ってないと主張する酔っ払いに何を言ったって無駄だ」
「いつまで侮辱を繰り返す気だ」
「お前の目が覚めるまで」
タイオスは肩をすくめた。
(全く、冗談じゃない!)
(フェルナーだけなら、どうしようもある。ハルは俺を信頼してくれるだろう)
(だがルー=フィンがこれじゃ)
まるでヨアフォードの下で共闘――のふり――をしたときのようだ。いや、そのときのルー=フィンは、いささかタイオスを疑ってはいたが、それは「信用ならない」という程度であり「確実に敵だ」ではなかった。いまは、ミキーナの仇ときたものだ。
(ライサイ、そうだ、ライサイだ)
タイオスは思い出した。
(実に使える奴を使ったもんだよ。俺の信頼を落とすには、こいつが俺を貶めるのがいちばん)
(だが、まだ判らんぞ。何でこんなことを)
タイオスを悪逆非道な戦士に仕立て上げて、どうしようと言うのか。
(考えろ。奴らの狙いは)
(俺が奴らの邪魔をした、その意趣返しか? いや、そんなことじゃない)
(ルー=フィンの記憶をおかしくして、シリンドルに……帰した)
(狙いはシリンドルだ)
そう、思った。だが、判らない。
(シリンドル? シリンドルの何が狙いだ? この国には財宝なんかない。自給自足してる田舎町みたいな小国だ。あるのは……)
(あるのは、〈峠〉の神の神殿だけ)
余所になく、シリンドルだけにあるもの。それは〈峠〉の神への信仰だ。
しかし、それが何なのか。ライサイという魔物は、ルー=フィンとフェルナーを使い、シリンドルで何をしようとしているのか。奇跡がどうのと戯言を言っていたエククシア。そのことが何か関係しているのか。
(判らん)
(だがシリンドル、シリンドルだ)
(何も俺を貶めたかったんじゃない。俺がやってくるかどうかなんて、奴らには判らなかったはずだ)
偶然会ったサングからたまたまルー=フィンの帰国を知らされ、気になるから行ってみようと思ったのである。サングと会わなければ、その話が出なければ、「帰ったんならよかった」で終わらせれば、タイオスはここまでこなかった。
もしものこのことやってきたら信頼を失墜させてしまえという、その程度の魂胆かもしれない。
しかし、だとしてもそこまでだ。それ以上は判らない。




