09 独創的な物語
はっきり言って、話は進展しなかった。
タイオスは事実をよく知っているのに、客観的に状況を思えば、タイオスがとんでもない出鱈目を言っているようにしか聞こえないだろうと判断するしかない。
「何を信じたらいいのか判らない」
気の毒に、何も知らないところからはじまったハルディール王は、そう呟いた。
あのあと少年王は、決定権を持つ者らしく彼らに命令を下し、有無を言わさず彼らを席に着けた。フィレリアだけはほかの部屋で待たせたが、これは何もハルディールが少女に甘かったということではない。彼女はいまにも倒れそうなほど青い顔をしており、どんなことであれ、話ができる状態とは見えなかったのだ。
タイオスは正直に言って非常に馬鹿馬鹿しい気持ちだったが、こうなればもはや、ハルディールがルー=フィンから何ひとつ聞いていないことは明らかだ。数月前の、何が何やら彼自身よく判っていない出来事を大まかに少年に語るしかなかった。
賢い少年は黙ってそれを聞き、話が判りにくいところだけ質問を差し挟んで、とりあえずは否定も反論もせずに戦士の話を聞き終えた。
彼は自らのみならず、聞き手――フェルナーとルー=フィン――にも反論を許さず、とにかく聞くようにと言い、彼らもそれに従ったが、タイオスも従わされた。即ち、フェルナーの馬鹿げた話を否定反論いっさいなしで聞き終えなくてはならなかった。
それから、ルー=フィンのそれも。
彼らの話によれば、ヴォース・タイオスという男は、とんでもなく酷い男だ。
〈白鷲〉の栄光ほしさにミキーナを殺してその罪をヨアティアに着せ、その場でヨアティアの口を封じてしまうつもりだったが、生憎と取り逃がした。だがヨアティアが戻ってきて彼を糾弾することのなさそうなことを知ると、それで充分として英雄生活を満喫し、飽きて余所へ行った。
何も知らぬルー=フィンがヨアティア征伐の旅に出ていることを知ってほくそ笑み、親切面をして手助けを申し入れ、彼の悪行を知る者の滅亡を図った。しかも、当時カル・ディアで起きていた誘拐事件の犯人が何と彼だということにまでなっている。アトラフもタイオスの手の者で、ヨアティアを見つけて魔術を放ったが即死はせず、死の際でヨアティアはルー=フィンに真実を伝えたそうだ。
タイオスと会ったことを黙っていたことや、ヨアティアの死の詳細について嘘をついたことは詫びねばならず、処罰も受けようが、王が〈白鷲〉と信じる男がそうした人物であったことなど、言わずに済めば越したことはないと考えたため。ルー=フィンの話には、そんな言い訳も入った。
順番で行くと、そのあとでタイオスはオーディス氏とやらの商売敵に雇われて、彼の一家を皆殺しにしようとし、子供たちを取り逃がす。それがフェルナーとフィレリアであるらしい。
無茶苦茶だ。
あまりにも滅茶苦茶すぎる。
だがハルディールには、判らない。彼がフェルナーを信頼する理由は特にないが、少なくともルー=フィンのことは信じている。タイオスとルー=フィンの話が全く違うことは少年を困惑させた。
「タイオスは、フェルナー殿が……ヨアティアだと、言うんだな?」
「少し違う。フェルナーはフェルナーだ。ただ、ヨアティアの身体を乗っ取っている。幽霊みたいに」
「僕は幽霊じゃない」。そんな反駁を期待したが、フェルナーは乗らなかった。
「違うと言うなら仮面を取れと俺は言っている」
「そんな謂われもない疑いのために、大事な願掛けを中断することはできないな」
フェルナーは肩をすくめた。
「ヨアティアだって? 全く知らない名前だ」
「だが……確かに、声は似ているようだ……」
「陛下。私は、ヨアティアの死を見届けたとお話ししたはずです」
ルー=フィンが静かに口を挟む。
「陛下は……私をお疑いなのですか」
少しうつむくようにしながら、銀髪の騎士は言った。
「いや、お前がそのような嘘をつくとは、思わないが……」
「死んでなかったんだ。アトラフが、殺したように見せかけた。お前は騙されたんだ」
「アトラフというのはいったい誰なんだ」
「さっき言った、エククシアってのの手下だ」
俺のじゃない、とタイオスはつけ加えた。
「〈青竜の騎士〉か」
ハルディールはタイオスの話を思い出しながら答えた。
「陛下」
フェルナーが面倒臭そうに片手を上げた。
「このような馬鹿げた話をお信じに? 死者が蘇るだの、何とかいう男の身体に僕が取り憑いているだのと」
ふん、と彼は鼻を鳴らす。
「いまどき、子供だって信じるものか」
「だが、何故タイオスがそんな嘘をつく必要がある」
「事実を言っているだけだ」
げんなりと戦士は言った。
「俺だって信じ難い。だが事実なんだから仕方ない。フェルナーは死んでいて、その身体はヨアティアで、ルー=フィンは奴らの親玉の魔物に術をかけられていて、阿呆臭い出鱈目を信じ込んでる」
「また私を侮辱するのか」
「お前、だからな、あとで泣きを見るぞ、その台詞は」
「馬鹿げている」
フェルナーは繰り返した。
「物語としては独創的かもしれないな。物語師にでも鞍替えしたらどうだ、戦士」
「お前もいい加減にしろよ」
「この男は、金次第で何でもやる雇われ戦士だ、ハルディール陛下。僕の両親の商売敵に雇われ、彼らを殺し、僕とフィレリアを狙った」
「無茶苦茶だ」
「これはそうした男だと、私からも申し上げる、陛下」
「お前な」
「だが!」
ハルディールはばんと卓を叩いた。
「タイオスは、〈白鷲〉だぞ!」
「もはやそうではない」
「〈白鷲〉にその資格がなくなれば、護符は彼を離れる。タイオス、護符は?」
「ここにある」
少年王の信頼にほっとして、戦士は大理石製の護符を取り出すと彼に示した。
「〈峠〉の神を信じるなら、ルー=フィン、お前も」
「その紐だ」
若者は指した。
「護符につけられた橙色のその紐。それが護符を縛っている。元〈白鷲〉サナース・ジュトンのものだ」
「ジュトンの?」
「その男は、ジュトンの友であったキルヴン伯爵を言葉巧みに騙し、ジュトンの形見を譲り受け、彼の栄光を借り受けて神を謀っている」
それがルー=フィンの指摘だった。タイオスは天を仰ぐ。
「何つう、無茶苦茶だ」
そうとでも言うしかない。
「お前の神さんは、そんなことで謀られるのか、ああ!?」
「お前の業が深すぎるのだ」
「物は言い様だな」
何でもかんでもタイオスが悪いことになっている。腹が立つとか呆れるとかを通り越して、彼は脱力した。
「とにかく、だな!」
今度は戦士が卓を叩いた。
「何度も繰り返してるように、フェルナーがその仮面を取れば、俺の独創的な物語が真実だと判明する。その身体がヨアティアじゃないと言うなら、顔を見せろ」
「それはできないということと、できない理由をまた説明させるのか? 馬鹿戦士が」
「願掛けだとは聞いたさ。だがどういう内容の願掛けかは聞いてないぞ。まあ、どうせ出鱈目なんだからわざわざ聞く必要もないがな」
力ずくで取ってしまえば、早い。だがルー=フィンが彼とフェルナーの間にいる。全くもって、天才剣士を敵に回したくはないものだ。
「ハル。ルー=フィンに、俺の邪魔をするなと命じろ。ルー=フィンさえフェルナーをかばわなければ、その仮面を引っぺがしてやれる」
「しかし、願をかけているというものを無理にそのような……」
ハルディールは躊躇った。
「俺が間違っていたら土下座でも何でもする。――この」
彼は腰に手をやると、橙色の紐を解き、それを卓上に置いた。
「〈白鷲〉の護符にかけて。ハル、頼む」
「タイオス……」
少年王はじっと戦士を見た。
「――判った」
「よし。聞いたな、ルー=フィン」
騎士は苦い顔で、命令を受諾する仕草をした。
「よし」
彼はまた言うと立ち上がった。フェルナーが片手を上げる。
「力ずくで戦士に敵うはずがない。いいだろう」
「何?」
「見せてやると言ったんだ、タイオス」
声に――笑いが含まれた。
「何を」
何を笑うのか。何が可笑しいのか。
(……まさか)
疑念が、彼の内にすっと差した。
(まさか、同じ仮面だというだけで)
「さあ、見るがいい、ヴォース・タイオス」
勝ち誇ったように、フェルナーは金属製の仮面を外した。
タイオスはきゅっと唇を結んだ。
そこから現れたのは、タイオスの知らない、若者の顔だった。




